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●微グロ















建物の中は暗かったが部屋の外の景色は広く渡る青空が広がっていた。
波や灯台の様子を見る為に作られただけのコンクリートの無機質な建物だった。
中に置いてあるのは鉄部分が錆付き座席部分から綿がはみ出しているような古いパイプ椅子が一つ。
 戦人は壁に背をつけて腕組みをして眼前のその窓から入り込んだ鳥の群れを見る。
 群れに統一感はない。
 見た事のないような鮮やかな色の鳥からカラスやら雀やら、よくもまぁ集まったものだと酷く不思議な光景だった。
 その後に外から聞こえてくる波の音に視線を外に向けたりぼんやりと時間の経過を耳に聞く。
 そして改めてゆったりとしかし確実に浸透し、それが事実と眼の前に広がる光景を頭が理解していくのを待った。

「俺が・・・・勝ったんだよな」

誰に言ったわけでもない、只の独り言としてあるいは自身に確認させる為に戦人は口に出して呟いた。
 その声に建物内にいた鳥の群れが一同に動きを止めて知性の伺えない目で戦人を見た。
 複数の目が戦人を捕らえたが戦人は特に気にはしない。
「・・・・・俺が、勝ったんだよな」
もう一度呟くと一斉にバサバサと羽が擦れる音がして鳥達が浮上、その横の窓やドアのない扉から羽ばたいていってしまった。
後に残ったのは一つの物体。
目に映るのは薄暗い室内の中で横たわる豪勢な中世ヨーロッパの貴族が着るようなドレスを着崩して上半身にかけて晒された裸体。
元より陶器のような白い肌は更に血の気を失い本当に作り物かのように青ざめていた。
 鳥達がたかっていたので所所、無残な姿ではあったが、乱れた金髪と一流の彫刻家が作った作品のように完璧に均整がとれた人間離れの美しさはそのままだ。
 
『当り前だ、相手は魔女だ』

 戦人は彼女の美しさを前に非常に無感動に足から頭までを眺めていた。
 その胸には彼の祖父の持ち物であったナイフ。趣味のものだったのだろうか丁寧な銀細工が施された短剣が突き刺さっており戦人の足元にまでその赤い液体が流れていた。
 鼻につくのは血独特の銅臭い匂い、ではなく、甘ったるい果実が腐り落ちる寸前の糖分の匂い。
あの鳥達はこの匂いに誘われて来たのだろか。

魔女を殺した。魔女はもういない、もう犠牲者なんて出ない。

 ならこの勝負、俺の勝ちじゃないか。
 ぼんやりと思いながら息をつく。
 でも、いや、それも可笑しい。
 微動だにしない魔女を見て戦人はでもおかしい、と繰り返す。

 そもそも魔女を認めていないのにある意味最もその存在に対して殺すという最大のアクションを犯したこの事実は如何だ。
 でも刺し殺したのは確かなのだ。
手に残る弾力、肉に己が持つ刃物を埋め込む捻り込む感触、全てが生々しく手に残っている。

「ベアト・・・・・」

カーテンが揺れて視界が覆い隠される。
疑問ばかりが頭の中でぐるぐると回り出す。両手で静かに視界を隠して再び手を降ろした時に戦人はまた、あの部屋、魔女とゲームを行っていた場所に座っていた。
自分を含めた親族をチェスに盤の駒に見立てて行われるゲーム。
此処に再び座っているという事はやはり魔女は生きているのだろうか。
かたりと椅子が揺れて戦人は我に返ったように顔をあげた。

「ベアトリーチェ?」

名前を呼んで顔をあげたがその視界に入ってきたのは大柄な老人。眉を寄せて戦人を睨む自分の祖父の姿だった。
「え・・・・あれ?」
祖父は非常につまらないものを見るかのような視線を戦人にちらりと寄越した後はチェス盤を見て深い溜息をつきつつ駒を手にとり動かした。
「なんで、あんたが此処に?」
戦人の言葉に金蔵は厳格な顔の皺を更に深めた。

「それもわからぬか、愚か者」
一言ぼそりと呟き駒をおいた。
盤の駒の位置を見る。老人に非常に不利な位置に置かれていた。
「早く動かせ」
説明もなしに先を促される。
戦人は意味も分からずに混乱する頭の中で手を伸ばして駒を一つ手にとった。
こうして無言のチェスが始まる。
会話という会話もなく室内にコトコトと駒が置かれる音だけが響く。
 子供の頃の怖い人間という印象が染み付いているからだろうか。
戦人はやけに緊張する手で駒を置いていた。
眼の前の男の目線に嫌な汗をかく。
それを誤魔化す為に戦人は口を開くことにした。
「・・・あの魔女はもう死んだ」
 使ってないほうの手は変な緊張で汗でぐっしょりと湿っていた。気づかれないようにズボンで拭いて相手を睨みつけ続ける。
「残念だったな。魔女はもう蘇らない」
戦人は口の端を吊り上げて祖父に告げてやった。
祖父の目が戦人をゆっくりと見た
「・・・・勘違いもここまでくると失望しかない」
呟かれた言葉に戦人は目をぎょろりと睨むように向ける。
金蔵は大きな大きな皺くちゃの手で片方顔を失望に嘆くように隠した。
深い絶望を味わった人間のように重い溜息を吐き続ける。金蔵に戦人の怒りが募る。
立ちあがり机を荒々しく叩いた。
「だ ま れ 」
金蔵を睨みながら戦人は口を開く。
「魔女は死んだ、だからッ俺が勝ったってことじゃねぇかッッッ!!!」
老人は静かに首を横にふる。
「あんたの、あんたのせいでこんな事になったんだぞ、ああ?お祖父様よぉお???その事に対しての俺達への謝罪はねーのかよ!!」
感情が昂ぶる、止められない苛つきが頭を支配する。
「なんであんな目にあわないといけない・・・俺達が何をしたっていうんだよ・・・!!!」
痺れる自分の手の熱を感じながら戦人は項垂れた。

『俺は・・・・あと・・何回死ねばいい』

暫くの間、室内に沈黙が落ちる。戦人の目線がきつく金蔵を睨んでいたが老人は静かに立ちあがる。
「もうよい、お前と喋る時間は無駄だとわかった」
そう吐き捨てると椅子を引いたままで踵をかえした。まだ勝負の途中であったのに。
「待て・・・!!俺はまだあんたに言いたい事が山ほどあんだよ!!」
戦人が尚も食いかかろうとした。金蔵は足を止めて背中を向けたままだ。

「だから、それが終わりなのだ」
そう呟いた後に再び歩き出し扉を開けて彼は出て行ってしまった。
「〜〜〜っなんなんだよ・・・!!」
戦人は静かに呻いた後で落ちるように椅子に腰を下ろして深い息をついた。

「右代宮戦人」


 入れ替わるように聞こえた声に戦人は顔をあげた。
今度こそ間違いないそこに立っていたのは黄金の魔女だ。
 
酷く楽しげにたっぷりと間を置いて口の端を吊り上げていく。

「・・・・いっひっひっひ、なんだやっぱり生きてやがったのか」

戦人は可笑しくなり腹を抑えて笑いだしたかった。
魔女は口の端を吊り上げたまま一歩、二歩と戦人に近づきその座り込む戦人のネクタイに指をかけた。

「んだよ」

戦人がぶっきらぼうに離しかけるのだが魔女は何も言わない。
いつも饒舌な魔女のその様子が不気味でならない。

「・・・・何か、喋れよ」

言葉をかけるが彼女はゆったりと戦人の頭一つぶん低い位置から彼を見ている戦人は少し焦る。
脱がされていくシャツに、露出した肌が外気にあたる。
上半身ぐらい肌蹴ても別に男だから戦人としては恥じらいなどないのだが。
「・ぅ・・ぁっ」
細くて長い白い指筋から這い上がっていき喉仏を摩る。
ぞくぞくと震える背筋に戦人は小さく呻いて目を細めた。
「おい・・・ベ、アトリーチェ、」
切羽つまった声でその名前を呼べばベアトリーチェは喉奥でくっくっくと笑う。
ようやくかえってきたリアクションに戦人は安堵息をつく。
ベアトリーチェがいつものように自分に触れてくる。
その慣れた手つきに戦人は悔しいが何処か安堵を覚えている。

低い体温も、青い目も。
肌にしっくりと来るのだ。

「戦人、骨にこびりついた肉も綺麗に剥ぎ取り食せ、味が気になるならスープに入れてじっくりと煮込め。骨は砕いてオブラートに包んで飲み込むがよい、髪と歯は削ぎ落としたならばそこの窓から投げ捨てよ、」

歌うように流された言葉に戦人はすぐに返事を返せなかった。


「は?」

たっぷりと間をあけて紡いだ言葉にベアトリーチェは喉奥でくっくっくと再び笑った。
空色の目を細めてまるで愛おしい存在をみるかのように戦人を見ている。

「食い残すでないぞ、」

沈んだ声で呟かれた言葉のあとにベアトリーチェは戦人の肌を触る手の動きを再開させる。
体を動かそうとしたがその上半身を赤い服を着た数人の少女達が手を伸ばして押さえ込んできた。
柔らかい感触に強く手を跳ね除けようとするのを阻まれる。するすると伸びてきた無数の白い肌は戦人を優しく拘束していた。

ええぇええっ、っと。
寧ろ食われそうなのは俺なんですけど?!

 そう叫びたくなるのを抑えて戦人は抵抗をやめる。
ベアトリーチェの行動を静かに見ている。
「・・・っ・・っ」
ベアトリーチェは戦人の膝の上に乗り足を広げて椅子ごと絡める。
下半身をくっつけて上半身を近づけて戦人を間近で見ている。
「・・・ふ・・っ」
胸があたっているがあまり嬉しくない事態だ。

「俺は、お前の事なんて信じてないっていってるよな」
呟く言葉にベアトは首をあげる。
「その俺が、お前を食べるとかするわけないだろうが」
魔女はなにも答えない。
「大体、お前なんて食ったら腹壊しちまうだろうが、そんなおもてなし、俺はごめんだぜ」
いっひっひ、と嫌な汗が流れるのを感じながら告げるとベアトの表情は固まった。
「分からぬか、そういう意味で食せといっているわけではない」

先程から何度も問い掛けられている「分からないか?」という問い。
戦人は不快に眉を歪めてただただ魔女を睨みつける。
「可哀想に、そんな事もわからぬか、本当に哀れな男だなぁ」
魔女は出来の悪い子供にも分かるようにゆっくりと膝をついて頬を両手で包み込んでその目を見て諭してあげるように言葉を紡いだのだった。


「妾に勝つとはそういう事であろう?」







ばさばさと音が響いて戦人が気がついたらカーテンが揺らめいておりそこは無機質な建物の中だった。
荒い息をついて戦人は目を大きく開けたまま固まっていた。
其処には祖父の姿も少女達の姿も、生きて動いている魔女の姿もない。

『なんだ、さっきの』

はやる動悸を耳に聞きながら眼の前にある唯一の現実であるベアトリーチェと名乗った女の死体だけを眺めている。
物質として確かにそこにある存在は動いた後すらない。
気づくとまた鳥達が群れており彼女を食していた。
無遠慮に突かれている彼女を見ると苛々が募った

「・・・これぐらい・・・!!自分で跳ね除けろよ!!!!」
戦人はパイプ椅子を掴む、そして鳥に向かって振り跳ね除ける。
たかっていた鳥達が音を羽を羽ばたかせる音を響かせ飛び立っていく。
戦人は残った死体を前に膝をつき手を地面につく。

「なんなんだよ・・・・・」
ゆっくりと口から声を落とした。

もうすっかりと日は沈んでおり二日目の夜、魔女が復活するであろうその日が訪れようとしていた。

どうしろっていうんだ。

『・・・・・・・考えろ、思考をとめるんじゃねぇよ 俺』

戦人は頭を掻き毟りながら懸命に思考する。

魔女は死んでいる、
でもその存在はそこにある。
辿りつく答えは。


「だから簡単ではなないか」

横たわるその物体が静かに口をあけた。
びくりと戦人は肩を揺らした。

「妾を信じずに妾を殺したのだ、存在そのものを否定するには証拠は隠滅させねばなるまい???なぁあああ???戦人ぁあああ????」
横になったままで目を瞑ったままで、ベアトリーチェが告げる。
戦人は怯えが混じった目でベアトリーチェから距離をとり荒い息を吐きながら彼女を見ている。
魔女は静かに立ち上がり凶悪に顔を歪ませた。
「だからそなたのこの中に隠せば良いではないか」
優しく腹を摩りながらベアトはうっとりとした口調で告げた。
 
ぞわりと全身の毛が逆立つような言葉をさらりと言ってのけた。

「もう苦しいのだろう?苦しいだろう??そろそろ楽になりたいだろう???」
ベアトリーチェは高く笑いながら戦人に近づく。
「これさえ隠せばもう魔女はいない。そなたの勝ちだぞ」
戦人は何もいえない、答えられない。
固まった表情で魔女を見ている。
やがて、時間が経過して、ベアトはゆっくりと溜息に似た息を吐いた。




「おめでとう、戦人、またそなたの負けだ」


魔女は鳥に体を突かれた後で胸からは血を流したままだった。
しかしその表情は戦人を見下したままでけたけたと不気味に笑っていた。
結局、縋りつくように戦人は手を伸ばして彼女の頭を抱きしめて「ありがとう。くそったれ、」と毒づいた。
それだけを告げるとベアトリーチェは背中に手を回して首筋に顔を埋めて無表情になり、次に穏やかに口の端を緩めて笑った。


建物の中は薄暗く部屋の外の景色も薄暗く広く渡る紺色に広がっていた。
戦人は外から聞こえてくる波の音やら鳥の声につられて外を見てみたりとぼんやりと時間の経過をその耳に聞いていた。そして改めてゆったりとしかし確実に浸透し、それが事実と眼の前に広がる光景を頭が理解していくのを待った。

青いなぁ。

 とても綺麗に雲が千切れ千切れに、薄暗い室内で豪勢なドレスの女を緩やかに抱きしめて抱きしめられていた。



「お前が嗚咽を零し吐きそうになりながらも妾を愛おしそうに食す姿が見たかったというのに」
「本当に悪趣味だよ。お前・・・・・・」


戦人はそう言いつつも無言で魔女を抱きしめ続けていた。
きっともう逃れられないのだ。








When all the wiches might be seen
(魔女に会える夜)






題マザーグース一文より引用

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5000HIT記念小説アンケート

1位ベアバト

:細やかなる事で幸せを感じる二人
:鳥葬
:お任せ
:乙女ベアト背伸び戦人

ネタ拝借
以下勝手な解釈。


あきゅろす。
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