5
●留×戦









「戦人ぁ、お前、二日で帰ってくるっていってただろうが」


帰ってくるなり留弗夫は唇を尖らせて文句を呟く。
戦人は少し首を捻り立てかけられた時計に目を向ける。時刻は11時30分。
二日後までには帰宅している。
「だから二日に帰ってきたじゃねーか」
「いくらなんでも遅い」
留弗夫は声に怒りの成分を含ませて呟く。戦人といえば眼の前の父親にこういった類で怒られたという記憶がないので何処かむず痒いような気恥ずかしいような複雑な心境で「わるかったよ」とだけ小さく呟いた。
その言葉に満足したかのように留弗夫は頷く。
「分ったならいい」
戦人は一息つき後ろを向いてからボストンバックを机の上に置いている。上着を脱ごうとした所で留弗夫は戦人に後ろから抱きついた。

「うをっ??!!」

戦人が驚き声を上げたが気にせずに留弗夫は赤い髪を掻き揚げ首筋に目を向ける。
顔をつけて鼻から息を吸い込み匂いを嗅ぐ。
『女物の香水の匂いは・・・・しないな』
首筋から肩にかけて覗く肌も凝視。事情の痕、といったものもついていない。
そのまま脇腹に手を伸ばすとびくりと戦人は体をあげた。
「っ!」
それらの確認をして戦人の反応を楽しんだ後で留弗夫は身を離した。
「な、ななにすんだよ、いきなり・・・!」
驚きで戦人が目を丸くして留弗夫を見ていたので留弗夫はついついと力なく緩む頬で「別に?」と短く答えた。
戦人はそんな父の不振気な態度に眉を寄せている。


基本的に留弗夫は人を信用しない。
それは会社の部下達などは信頼はしていたが。
そこは当り前だ、自分を信頼しない人間に部下がついていこうなど思わない事だろう。
しかし、信用はしない。
血が繋がっている親兄弟がまず出来ないのだから無理な話だ。
だから実の息子である戦人の言う事だって何一つ信用していない。

だからこそ今、改めて満足していた。
『しかし、他人の家のシャンプーの匂いがするな』
そこで気分が酷く崩れる。自分の物が知らない所で何かするのは気に食わない。表情には出さないが。
「おう、そうだ風呂わかしておいたぞ、入ってこい」
さり気なく呟かれた言葉に戦人は目を丸くする。
「へぇ、親父が?珍しいじゃねぇか」
「俺だってそれぐらいできるってことだ」
胸を張りながら笑う留弗夫に呆れたように苦笑した。
「じゃあ、まぁ先に入るぜ?」と入浴の用意を初めながら廊下の方へと姿を消した。

 それを確認した後で留弗夫は戦人の荷物を実に正々堂々と開けた。
中にあった衣服などを豪快に辺りに投げ飛ばしながら荷物を漁る。
『コンドームの類もなし』
それを確認した後で服に包まれた物を見つける。
開くとビデオケースが一つあった。表紙を確認するとAVの類だが実に一般的なものだった。
『趣向も特に変な方向じゃないみてーだな』
AVの表紙のそこそこ整った顔立ちの胸がやけに大きい女を留弗夫はじっと見た。
成る程、若いのが好みそうなタイプだ。
『しかし、お前の方がよっぽど可愛い顔してると思うぜ?』
なんだか留弗夫は愉快になりくっくっく、と喉奥で笑った。

すると風呂場の方で「ぎゃああああ!!!!!!」と声があがった。
振り返ると廊下が響き、裸の戦人が勢いよく扉を開けた。

「お湯があっちぃーーーんだよ!!熱湯じゃねーか!!よく見りゃ煮え立ってたしよ!!!俺を茹で殺す気かよ???!!!!!」

顔を真赤にして捲し立てる。
髪が濡れているので桶にお湯をくんで頭からかぶったのかもしれない。
特徴的な髪が下に下がって整った顔が目立つ。中世的、とまではいかないかもしれないがどちらかというとやはり妻似なのだ。
戦人は留弗夫が手にしている物に目線を持っていき「うをぉおおおおおおおお???!!!!」と再び声を上げて叫んだ。

「お、おおおお・・・・お前、何してやがるぅうううう????!!!!!」

走りより、その手からビデオを奪い返す。
 もう、羞恥とか熱さから出る荒い息を吐きながら涙目で留弗夫を睨んだ。
留弗夫はといえば口を歪めてニヤニヤと戦人を見るばかりだ。

「別にいいじゃねぇか男同士なんだから気にするこたぁーないだろう?」
「そういう問題じゃねーだろうが?!まず勝手に人の荷物を漁ってんじゃねーーーよぉおおお!!!!!!」

叫びながらビデオをボストンバックの中に入れ込む。
そして投げ飛ばされた自分の衣服やらを見てかき集め始める。

「なんなら一緒に見るか?」
「冗談!なにが悲しくてクソ親父様と一緒にAV鑑賞しなちゃいけねーんだよ!」
「いや、鑑賞じゃなくて」
留弗夫はにやにやとした目つきのままでじっくりと戦人を見た。



「見ながらやったら興奮するだろう?」



ぴたり、と戦人の手の動きが止まった。
そしてゆっくりと留弗夫に向き直った。

「・・・・・・・・・・は?」

唇が紡いだのはその一言だけだった。

濡れた赤い髪から雫がポタリと畳みに落ちた。
風呂場の換気扇の音がカタカタと聞こえる。
近くで自動車が走る音が近づき遠のいた。

留弗夫はねっとりと熱の篭った目で戦人を見た。
体格はいいが太っているにも痩せているわけでもない。
そこそこ引き締まってスタイルもいい。
顔つきは全然いける。寧ろ酷く好みな部類に入る。

一歩、足を近づけて戦人の頬に手を伸ばした。
戦人の目が大きく揺れて酷く困惑した顔つきで留弗夫を見ていたので覗き込むように背中を屈めてやる。
戦人の口がゆっくりと何かを紡ごうと開いたのでその腕を強く掴む。
指に力を込めていき留弗夫はやけに冷えていく頭で爪を立てる。
戦人が苦痛に歪めた顔にぞわぞわと背筋が震えそうになった。
「、戦人」
声をかけると困惑したままの戦人が縋るように目線をあげてきた。

「それこそ冗談だろうが?」

そう、笑いかけてやると戦人も吊られるように、しかし酷く乾いた笑いをこぼした。
そしてその後で、机を強く叩き留弗夫を睨みつける。
「今までの中で一番最悪な冗談だったぜ!!!」
叫んだ後で背中を向けて再び風呂場の方へと向かった。
蛇口が回る音が響いて水を勢いよく流す音が聞こえた。
留弗夫は豪快に笑いころげる。
笑い疲れた後で畳みの上に横になった。


そのうち戦人がタオルを首にかけて出てきた。
距離を置き座るので留弗夫は横になったままで畳を這って近寄る。
戦人が目線を留弗夫に向けたのを見計らい腕を伸ばし頭を畳みに押し付ける。
そしてゆっくりとその匂いを嗅ぐように息を吸い込む。
自分と同じ安物石鹸の匂いだ。

「よし」

留弗夫は非常に満足そうに言葉を落とした。
そこで下でもがいて手をばたつかせている。
あ、これじゃあ息が出来ないわなぁ、と暫くぼんやりと観察してみる。
このまま抑え続けたら死ぬな、こいつなどと考える。
そのまま暫く見続けた後で押さえ込んでいた体を離してやった。

「よし、じゃねぇえええよ!!!!」

自由になった途端上半身を勢いよく起こし叫び、
その後でごほごほと咳をしながら呼吸を繰り返している。

「・・・・なんなんだよ!さっきから!!凄ぇ不愉快だぞ!!」

理解不能の父親に戦人は食ってかかるが留弗夫は静かに戦人を見ている。
その視線に不気味なものを感じたのか戦人は気圧され口を噤む。

留弗夫は自覚さえすれば後は所詮、自分のペースに持っていけばいいだけの話なのだと理解する。
再び手を伸ばし輪郭を撫でるように女に触るかのようにゆっくりと熱を込めて触れる。
ピリリ、と電流が走ったかのような感覚。そんな触れられ方をされた事がないのでただ困惑。

「なぁ、戦人ぁ・・・・・・・・」

口を開きつつ間をつめる。






「お前だけをみてやろうか?」








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