2
●拍手からの素敵ネタ引用
●留+戦
●三日がすぎました。









手が伸びる。
頭の上に重みがかかる。その手の温もり血が通っているのだな、と当り前の事を認識する。

しかし次に吐かれる言葉は紛れもなく空気による重圧。

お前は無能だ、恥かしくはないのか。

その呟かれる言葉が決して優しくはない。
嘆くように失望されたように刻み込ませるように呟かれる。
親が子供に対して注意する類のものではなく、覚えておけと、自分と言う人間を無能であると認識させる為の言葉であった。
昔のこの男はユーモアセンスもあり気丈で気さくな男だったと使用人達が語るが。
留弗夫が知る限りの彼とは掛け離れており、嘘だろう?と言葉をよく落としていた。
この男は自分の家族が、正確にはその自分の血が嫌いなのかもしれない。

一度父の寝室を覗き見した事がある。
誰かの名前を呼んで呻き顔を掻き毟って懺悔をしていた。

まぁ別に俺には関係ないわな。

留弗夫はそうぼんやりと思いながら自分が無能だと言われたその足で楼座の部屋を叩く。
楼座はおそるおそる部屋の扉を開ける。
先程、留弗夫が金蔵に叱られたのを知っていたからだ。どうせ八つ当たりに来たに違いないと諦めの目をしていた。
だから、出てきた楼座の頭を留弗夫は撫でてやった。
楼座の目がきょとんと驚きに変わる。それを見計らった上で口をゆっくりと開いた。

お前は無能だ、いいか無能なんだ。

膝をつき留弗夫は幼い妹に教え込むように語りかけてやった。
泣きそうに歪むその顔が背筋が震える程に快感だった。
それが家での最高の憂さ晴らしだった。

憂さ晴らしだった筈なのに。

何故だろう、鬱憤は溜まる一方だった気がする。








留弗夫が目を覚ましたら目元が濡れていた。
「あ?」
声をあげてごしごしと目元を拭く。

やけに低い天井と汚い天井。
何がどうしたのだと覚醒しきれていない頭でぼんやりと上半身をあげた。
しかし記憶は確からしい。
「・・・・戦人」
呟いて眠り眼で辺りを探すが見つけたのは小さな机の上に焼いたパンとスープ。
食器は水につけておくようにという走り書きがあるのみだった。
『・・・汚い字だな、おい』
紙を手に取りぼりぼりと頭を掻く。欠伸を噛み殺しつつとりあえず洗面所に向かった。
台所の床は留弗夫が歩く事にぎしぎしとなっていた。
蛇口を少し捻っただけなのに勢いよく水が飛び出しあちこちに跳ねた。
それを何処か静かに眺めた後で顔を洗った。
長身の留弗夫にドアの高さは狭く普通に立って背伸びをすれば手が天井にあたりそうだった。

畳みの匂いがするな。
ぼんやりと思いながら留弗夫はここ数日間、着続けて少しくたくたになったスーツを着込んで外に出た。


春なのに、春だからか。
町には余ったるい匂いが充満しており吸い込めば鼻の奥が少しツンとした。

留弗夫が歩く横をランドセルを背負った小学生達が声を出して桜吹雪の中をかけていく。誰もが誰しも少し早歩きで掛けていく。
その様子を眺め戦人が出て行ったのもあれぐらいだったかと思いかえす。

二人での生活が始まりもう3日が立とうとしていた。

初日以来、戦人は気まずいのか留弗夫が朝目覚める前に出て行き、留弗夫が帰ってくる前にもう布団に入りこんでいた。
『飯、作るっていってただろうが』
そういう空気を作ったのは自分にも関わらず留弗夫は少し拗ねていた。
夜にはご丁寧に敷居と言わんばかりに布団の間に折り畳みの机が立ててこれ以上こっちに来るなという意思表示。
避けられているのは事実だろう。
『・・・まっさかぁ、実の息子に本当に手を出したりするかよ』
あの日の夜は気の迷いというか、ほんの悪戯のようなものだ。
と留弗夫は首を縦に振り一人納得する。


ただ、

『 俺が必要だってわからせてやるんだよ 』


あの日の戦人の言葉が耳について離れない。
それはそうか、あのくらいの小学生だった子供が母親を亡くしてそしてその父親がすぐに再婚ときて、それに腹を立てて家を飛び出したというのに止めもせずに迎えにもいかなかったのだ。必要とされていないと思うのは当り前だろう。
『出て行って丁度よかった、とでも俺が思っているとでも思ったのかね』
少し考える。じゃあ、あの時自分は何を思っていただろうかと。

『あー・・・・似たりよったりか』

どうにも・・・何処か人として何かかけているような気がしてならないな、と留弗夫は息をついた。

生温い風が吹く。
『春はあまり好きじゃねーな・・・』
追憶に欲情をかきまぜたり、頭を鈍らせるくせに動けと責め立ててくる。
忙しない。胸奥から葛藤が湧き上がり抱かせる。

鈍重な草根をふるい起すのはいつだって春の雨だ。

何かを始めなければならない季節なのに、始まるという季節なのに、留弗夫一人が終わった事柄の為だけに足を進ませていた。

『・・・今日は早く帰るか』
そしてあいつと話をしてみるか。

そう思い立ち留弗夫は足を少しだけ速めて歩き出した。









「は?あるわけねぇーだろう」

帰ってきてからの一言目がそれだった。
留弗夫は眉を寄せる。
戦人は小さな机で皿一人分の皿を置いて胡坐をかいて夜飯を食べている最中だった。
『こいつ、俺がここ数日スーパーの冷えた惣菜しか食べてねぇってのに』
留弗夫は食べている戦人に近づきその肩に手を回す。
その際にビクリと戦人の肩が揺れたが気にしない。

「・・・ねぇってことはねぇーだろうが、お前、疲れて帰って来た父親の分はなくて自分の分だけ作ってるってのはどういう了見だ。あぁ???」
「うっせーーーな、親父がいつ帰ってくるかなんて俺がいちいち把握してるかよ」

横目で留弗夫を見る。
「・・・大体、なんで今日はこんなに早いんだよ」
明らかに想定外だったと言わんばかりの言い草である。
留弗夫は少し一泡ふかせてやったという気分になりにやにやと笑いながら戦人に視線を合わせる。
「俺の為につくしてくれるんじゃなかったのか?」
「何様のつもりだよ」
戦人は深い溜息をつき呆れたように留弗夫を見る。
「右代宮留弗夫様だ」
即答すれば戦人は意地が悪い笑みを浮かべた。
「いっひっひっひ、親父様にはもう右代宮を名乗る資格もねーんじゃねーか?」
戦人にしてみれば冗談を交えた言葉だったのだが留弗夫の表情が険しく固まったをの見てその言葉は失言だったと気がついた。
「おい、本気にすんなよ・・・???」
慌てた様子で皿を置いて戦人は留弗夫に向き直った。
留弗夫は軽口で変えそうと口を開くが言葉が出ない。数回空気を噛み締めた後で無口に口を閉ざしてしまった。

『お前は無能だ』
右代宮家において。父親において、上に立つものとして。
全てにおいて、それは正しい、正しかったよ、と言ってやりたくなった。
『本当に俺は、右代宮を名乗る資格を失っちまったな・・・・』
静かになった留弗夫を見て戦人は暫し無言だったが急に立ち上がり台所の方まで歩いていく。
「戦人?」
台所からラップをかけられた炒飯が差し出される。
「・・・なんだ俺の分もあるじゃねーか」
「後で捨てようと思ってたんだよ」
深い溜息をつかれる。
留弗夫は無言でそれを受け取り木製のスプーンで口に運ぶ。
もしゃもしゃと食べる。
戦人は興味なさそうにその様子を見ている。
「んだこれ、具材の大きさばらばらじゃねーか」
口を止めてぼそりと呟く。
「味付けも単調だしよ」
「そりゃぁあんたの舌はこえてるだろうよ」
戦人は味の評価に関しては対して気にはしてなかったらしい。
想定内だと言わんばかりに溜息をついて食べかけだった自分の炒飯を口に運びだす。
暫くお互い、無言。

留弗夫はもう一口食べた後でよく噛み、飲み込んだ。

「・・・・・でも美味いな」

その口元を綻ばせて静かに笑った。





畳みの上にぼとりとスプーンが落ちた音がした。
留弗夫は音の方向、戦人の方へと視線を向ける。

戦人は目を大きくさせて驚いた顔をして留弗夫を見ていた。
留弗夫はその表情に不機嫌そうに眉を寄せる。

「ぁあ?んだ、その顔は」

戦人は口をぱくぱくと数回、開閉した後に歪に笑う。

「・・・・誰かさんが気持ち悪い顔してたから吐き気がした」
「なんだ、そりゃ」

留弗夫は変なやつだと思いながらも炒飯を食べる。
『いや、冗談抜きでうめーよな』
ぱくぱくと夢中になって食べる。
これが長年の週間というか、また上品に食べている。

留弗夫はふと、褒めてやろうか、などと考えて戦人の頭の上に手を優しくぽん、と手を乗せてやる。
戦人がその温もりに上目遣いで留弗夫を見上げた。

随分と目線が近い。
その姿が妹と重なる。
不安そうに何をされるのだろうかと、置かれた手の優しさから期待を込めている、あの目だ。
いや、どちらかというと自分とその父親だろうか。
不安を感じながら相手の次の言葉を只ひたすら待っているのだ。

「・・・・親父?」

戦人がいつまでたっても動かない留弗夫に声をかける。
留弗夫は我に返り、苦笑い。
重ねる必要はない、自分はもうそうする必要はないのだから。

「うまかった」

留弗夫はもう一度言う。
「わ、わかったって!あんまり何回も言うなよ・・・!!」
戦人は顔を背けて「恥かしくなるから」と言葉を付け足す。
留弗夫は苦笑して腕を伸ばして戦人を引き寄せた。
戦人は口で軽く「触るなよ」と悪態をつきつつも抵抗はしなかった。


夜、敷居をのけて同じ時間にお互い了承をとり電気を消した。
たてつけが悪くてどうしても少し開いてしまう窓から冷たい空気が流れ込んでくる。昼間は暖かいが夜になると冷え込んでしまうのは仕方が無い。
寝返りをうてば戦人の顔が近かった。
そういえば敷居がなくなっているな、などと考えながら眠りにつく。















『俺は無能だ、けど、今はそれでいい』
無能であれば無能な程、息子が喜ぶらしいから。



これは、これで、罪滅ぼしにはなるのだろうか。



何の、という考えにいたるまでに留弗夫の意識は完全に落ちていた。









NEXT



第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!