前、拍手文







「僕は最初はただの箪笥だったんです」

「・・・はぁ」

戦人は何処か間の抜けた返事を返した。
自分を家具と呼びそれ以上も以下も何も語ってくれない使用人に変に興味を持ってしまいつけまわして彼に昔の話をしてくれと頼み込んで数十分。
彼はいつもの無愛想な顔で諦めたように息をついて戦人に告げたのだ。
「・・・わかりました」・・・と。
お茶菓子の用意までして更に「誰にも邪魔されぬように」と言いながら扉に鍵までかけた。
わくわくしながら彼の言葉を待っていてようやく聞けた第一声がそれだった。
嘉音は戦人の間の抜けた表情など気にもせずに口を再び開く。

「僕を丁寧に拭いてくれたり手入れをしてくれていたのが紗音、姉さんでした。
彼女も元は家具でしたが彼女は優秀でしたのでもう一人で歩いたり会話をする事が可能でした。しかし彼女も不慣れな分、作業に手間取ってしまいそのせいで奥様にお叱りをうけてばかりでした。僕はそれを不憫に思いました。姉さんの手助けがしたい。そう強く思いました。そしたら僕には手が生えてきました。
そのおかげで彼女が届かない場所に手を伸ばす事が出来るようになりました。
次に足が生えてきました。そのお陰で僕は彼女の手の回らない所を手伝えるようになったんです」

淡々と黙々と語り続ける。
まるで真実を喋るかのように迷いなく。

「それは・・・凄いな」

戦人は思わず呟いた。
冗談かどうかを図りかねているのだ。
何よりもこんな饒舌な嘉音見るのは初めてだった。
まるでいつもの嘉音とは違うような印象をうける。

「次に目が見えるようになりました。姉さんや朱志香様、お館様、自分が生きていく世界を映す事が出来るようになりました。口が出来ました耳ができました。こうやって僕は人間に限りなく近い形状になったんです」

なんとなく想像する。すると眼前の嘉音に辿りつく。
言葉が喋れる、足がある手がある。

「というか、もうそれは人間じゃねーのか・・・?」

人間とどう違う?

思わず聞いた言葉に嘉音の光がない瞳と視線がぶつかった。
自分を見ている筈なのに何処か焦点がずれており何もない空間をみつめている。何処か背筋に冷たいものを感じながらも戦人は嘉音から目が離せなかった。


「いえ、僕はまだ家具です」

そういって嘉音は自分の心臓を指差す。

「此処が、どれだけ願っても手に入らない。魔女の力を借りでもしない限り永遠に」

『魔女・・・?』
戦人がその言葉が引っかかり嘉音を見る。
「朱志香様にも申し訳ないと思った事でしょう、この家具は」
何故そこで朱志香が出てくるのだろう?などと考えているとその目がようやく戦人を見た。

「譲ってくださいませんか?」
「は・・・・え?」
「戦人様のそれを僕に譲って下さいますか??」
嘉音は非常に整った顔立ちの顔を僅か横に傾けて語りかけてくる。
「戦人様、僕は、貴方のそれが欲しい」
嘉音が迷いもなく一歩足を近づけ戦人との間合いをつめた。
驚き立ち上がり、足を一歩下げたならば嘉音が一歩つめる。
そうやって一歩一歩下がっていけば扉に背がついた。
「他の誰でもいいわけじゃないんです。あの魔女すらも固執する貴方のそれがいいんです」
後ろ手でその扉を開けて逃げてしまおうかと考えた戦人だが扉には先程、嘉音が鍵をかけてしまっていたので開かない。
「っ」
近すぎるその距離に息を呑む暇もなく戦人は思わずドアを背に倒れこむ。
嘉音は戦人を見下ろす。相変わらず無表情のままで膝を折り、戦人の足を掴み倒し間合いを詰める。
男にしては細い手が戦人の胸に触れる。
シャツに皺を作るかのように撫でる。
「・・・っ」
びくりと肩をあげた。服の上から体を掴むようにしっかりと強く。
嘉音は口の端を吊り上げていた。
そして顔を近づけ息が当たる距離触れるか触れないかの瀬戸際で戦人を見た。
「お、い・・・嘉音く、ん・・・!!」
思わず戦人は息を深く飲み込んだ。
「戦人さま」
掠れた声で名前を呼ばれた。体格も背も自分よりも小さいはずの彼が大きな化け物のように見えた。


「嘘ですよ」

その言葉に戦人が間の抜けた顔をすれば嘉音はあっさりとその身を引く。
そして尻餅をついている戦人の手を取り立たせてズボンについた埃を払ってやる。
「・・・僕と姉さんは福音から選ばれ此処に奉公にきているにすぎません」

「じょ・・・冗談かよ〜!俺、まじで焦っちまったぜ・・!」
戦人が先程の失態と気づいた事を誤魔化すように無理に明るい笑い声を上げた。
「申し訳ございませんでした。あまりにも戦人様が退屈にしてらしたようなので。お気に障ったならば謝ります」
「いや、まぁ・・・俺が悪かったよ」
苦笑いをしながら戦人は頭をかく。嘉音は時計を見て戦人の顔を見る。
「・・・すみません、時間なので行きます」
「あ、ああ・・・邪魔して悪かったな」
「いえ・・・では失礼いたします」

恭しく頭を下げた後で嘉音は歩き出す。
その時に普段あまり使わないその部屋の隅に蜘蛛の巣がはっており嘉音は過剰にびくりと肩を震わせてそれを避けるように出て行った。







戦人は今だ強張った顔でその後ろ姿を見送った。




心臓がどくどくと早鐘のように鳴り響いている。
嫌な汗が止まらない。
荒い息をつきながら戦人は動けなかった。
触れられた嘉音の手は異常に冷たく体温はなく、目は何処までも濁っていた。何より彼はそれだけの会話中に一度も瞬きをしていなかったのだから。









綴るの言葉はビオローレ






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