.
●捏造です。
●留弗夫×戦人














雨が降っていた。

薄暗く狭く寒い玄関先でぽたぽたと髪の毛から滴った水が落ちる音が聞こえた。
戦人は扉を開けていつまでも中に入ろうとしない留弗夫を見ていた。
「雨が」
ぽつりと留弗夫が言葉を落とす。
戦人の後側には部屋の端がもう見えてしまっている。
扉一枚開いただけでもう部屋全体が見えてしまうというその状況が留弗夫には信じられない。
その部屋の端である硝子戸に伝う水滴までもが見える。
それらを見ながら留弗夫はもう一度口を開いた。

「雨が降っていたのに誰も向かえにこなかったんだが」


心底不思議そうな言葉に戦人は酷く間の抜けたような顔をした。

「はぁ?なにいってんだ、当り前だろうが」

留弗夫は目をぎょろりと戦人に向ける。
戦人は口を開いた。


「あんたの服にはもう鷲の印は刻まれてねーし。右代宮家の御令息でもなければ事業の社長でもなんでもねーんだからよ」



雨音がざーざーと耳につく。それなのにその声はやたら綺麗に留弗夫の耳に残った。
古びた階段が雨粒に叩かれる音とか雨で部屋にこもった古臭い廊下の木の匂いやらそれら全てが戦人の言葉と共に留弗夫にこれが現実であると脳にゆったりと刻み込んでいくのだ。



米国の巨大企業が留弗夫の会社を権利侵害で訴えた。
法律にぎりぎりの勧誘商法や隙間商法など、財をなすためにやった無茶の報いが今頃きたのかという事なのか。
和解する為の巨額な金は用意出来ずに会社は倒産。
今は事後処理に追われる多忙な日々の繰り返し。
仕方なく家は差し押さえさせた。
霧江は縁寿の世話もあるし落ち着くまでは実家の方へと身を寄せるように説得してきた。
とりあえず、留弗夫はこの狭いアパートに今日から住む事になったのだ。


留弗夫は畳みの上に座りぼんやりと壁の方向を見ていた。
昔、出張中にホテルが取れなくて仕方なく入ったカプセルホテルのあの狭さに比べればまだ人が生活できる範囲だとは思うし分ってはいるのだが、この空間で本当に大の男と図体のでかい息子が生活が出来るのか、それが疑問であった。
雨に混ざって風が吹けば大げさにがたがた揺れる窓枠に留弗夫は「おお・・・」と思わず声を落とし壁に背をつけると壁も薄いのかやけにその音が響いた。
その一方で、てきぱきと留弗夫のスーツをハンガーにかけて真新しいタオルを留弗夫に投げて濡れた廊下を雑巾で拭いている戦人。

「なにぼーっとしてんだよ」

 戦人が呟けば留弗夫は立っている戦人を見上げる。
「いや・・・・」
何か言うべき言葉があるだろうか、と思案してみたが特に思い浮かばず留弗夫は煙草でも吸おうかとポケットを弄った。
「部屋の中で吸うんじゃねーぞ、匂いがたまるんだからな!」
煙草のケースが出てくる前に戦人は抗議の声を出した。「それぐらい、わかってる」と短く返して煙草を取り出す。くたーと水を含み灰色になっている箱。
雨でしっかりとしけっていた。

「いっひっひ、残念だったな」
戦人が笑う。それを首だけ振り返り手を伸ばしてその耳を引張る。
「いっ!いててててて!!!なにすんだよ!!!」
「戦人ぁ、人様の不幸は笑うもんじゃねってことだ、あぁ、わかるな??」
「わかった、わかったから離せよ!俺はこんな狭い所で親父とむさ苦しくじゃれあいたくねーぞ!」
そう言い留弗夫の手を払い除ける。留弗夫はつまらなそうに口を尖らせている。
戦人は子供みたいな大人に溜息をつく。
「っち、元気じゃねーか」
「ああ?落ち込んでいてほしいのかよ、お前は??」
「そうじゃねーよ」
戦人は溜息混じりに言葉を返す。そこで思い出したように留弗夫を見る。
「風呂、そろそろ沸いた頃だぜ、入ってこいよ」
「なんだ、新妻みたいだな、お前」
留弗夫の言葉に戦人は心底嫌そうな顔をした。
「気色わりぃこといってんじゃねーよ・・・・・・」
噛み付くような言葉に留弗夫は笑いながら「なんなら一緒に入るか?」と言葉を落とした。
戦人はぴたりと動きを止める。
「どうやって?」
嫌、じゃなくてどうやってという言葉に疑問を覚えて留弗夫はすぐ横にある風呂場を振り返る。
異様に狭い桶がある。

「・・・・なんだこれ」
「風呂だよ」
「嘘吐けよ。足がのばせねぇぞ、これじゃあ」
「でも風呂だっていってんだろ」

留弗夫は眉を寄せて「おいおい、まじかよ」と言葉をおとした。


シャワーがついている事は救いだったがそれでも肘やら膝やらがしがしと当たる。物凄くあたる。
身動きがとれないじゃないか、と温いシャワーを浴びながら思った。
雨で冷えていた体にはありがたい。
体が温もりながらぼんやりとあがった湯気が充満して回してある換気扇に吸い込まれていく様を見ていた。

『・・・・・・・・・あいつ、なんで俺の所に残ったんだ?』

ぼんやりと今更ながらの疑問を浮かべた。霧江のもとへ行くというのも明日夢の親族の方へ世話になるという手段もあったはずだ。服も家具もあちらの方へ残しているはずだし何もこんな狭いアパートについてくる事もない。
何よりも数年間も自分が嫌で家を出て行った戦人がついてきた事が留弗夫には意外で仕方なかった。
吐いた息が湯気と混ざって見えなくなっていく。
換気扇のかたかたという音とシャワーの水が出る音と外の風の音が全て混ざりあい不協和音を奏でながら緩やかに留弗夫の耳にこびりついて離れなかった。

風呂からあがると「ん」と戦人がオニギリを置いた皿を顎で示した。
留弗夫が小さな机の上にのったそれの前に座り込む。

「明日はもう少しちゃんとしたもん作るから今日はそれで我慢しろ」

言われて言われるがままにもしゃもしゃと留弗夫はオニギリを口にした。
中身は何も入ってなかった。

「って、お前、料理なんか出来るのか?」
「はぁ?それぐらい出来るっての、こう見えても世話になってた身だからな。
自分の事は自分でやってきてたんだよ、俺は。逆になんでそんなに何もできねーんだよ、親父は」
戦人が呆れたように呟く。
「こういった身の回りの事はどうも苦手でね。ずっと誰かにやらせてきた生活だったからな」
その言葉に戦人はすぐには答えなかった。呆れているのだろうか、とその顔を覗きこむと静かに唇が動いた。
「なら、俺が今出て行ったら今度は本当に困るな」
ぼそりと、いつもの戦人らしからぬ小さな声だった。留弗夫は少し驚いたように戦人を見る。

「あー・・・・やる事もねーし、もう俺は寝るぜ?」
戦人はいきなり立ち上がり背伸びをした。その時に天井からぶら下がっていた電灯に手が当たりびくりと慌てて手をさげていた。
揺れる明かりの下で留弗夫は随分と成長した戦人をただ静かに見上げていた。




薄暗い部屋の中でスタンドライトの灯りだけで留弗夫は処理の書類を書いていた。
流石に睡魔が激しくなってきたので少し眠るかと布団の方へ行く。
横には霧江や明日夢ではなく自分の息子である戦人が眠っていた。
その寝顔は明日夢にも似ているし、昔の厳格な父親の姿にも似ていると思った。
用は自分にも似ている。
遺伝子ってすげぇななどと考えながら間近で眺める為にその体を跨いで上から見上げる。
酷く間近に吐息を感じた。
こんなにも近くにいた事は戦人が本当に子供だった頃以来だろう。
手を伸ばしてなんとなく額に触れる。身動きはない。深い眠りである事は見れば分った。


『なら、俺が今出て行ったら今度は本当に困るな』

戦人の言葉が脳裏に浮かぶ。
六年前、戦人が出ていった時に留弗夫は確かに困った事など何一つなかった。
あの時に霧江と再婚していなければ広い家や使用人はいたとはいえ二人の生活する事になっていたのだろうか。
などと思う。
戦人がいなくなれば、どうなる?
人がいない空間というのを留弗夫は想像が出来ない。
確かに子供の頃は人はいたが一人のような感覚はあったが。
想像すると喪失感を感じた。それを拭う為に留弗夫はゆったりと戦人の覆いかぶさった。
『こいつは・・・・俺のものだろう?』
感じた重力に戦人の整った顔がぴくりと動いた。
外から聞こえる雨の音を聞きながら留弗夫は構わずに温もりを感じる為に首筋に顔を埋めてその肌を舐めた。自分と同じ安物の石鹸の匂いが鼻についた。

「・・・・っぅ!?」
戦人が起きて声を出す前に口を押し当てて声を消す。
「んっ・・・んーーーーーっ??!!」
手を掴み深く口内を舌で犯し舌と舌とを深く絡める。
暫く、そうやって口の中と戦人の反応を堪能しつつ手を伸ばして服の隙間から手を入れて直接肌に触れていく。
程よく鍛えられた硬い腹筋をなぞり体を少し絡める。
口を離すと戦人は荒い息を吐きながら顔をそむけた
「あーーーくそ!!信じられねぇ!!」
戦人は捨てるように言葉を落とす。
「いくら人恋しいからって、実の息子に手を出すか、普通?!
好色だとは思ってたけどここまでとは思わなかったぜ!!!」
服の袖で口を拭いている戦人にどちらかといえば留弗夫の方が驚いているようだった。

「・・・・だったら激しく抵抗しないお前はなんなんだ、なぁ、戦人」

留弗夫の言葉に戦人は依然上にのっている留弗夫を強く睨む。

「しらねーよ!」

吼える戦人に留弗夫は薄暗い中で戦人の顔をじっと見ていた。
戦人は隠しきれないと観念して留弗夫の顔を見る。

「・・・・わからせてやるんだよ」
「はぁ?」

言葉の意味がいまいち分からない留弗夫の表情を読み取ったのだろう、戦人は声をあげた。

「俺が必要だってわからせてやるんだよ」

その言葉に留弗夫はようやく理解した。
ああ、そうか、これは六年前の本来あるべき続きなのかと。
明日夢が死んだ後、残された自分の本来縋るべき相手。

「一人じゃ何も出来ないクソ親父様、俺は必要だろう?」

戦人は今まで復讐だと言わんばかりに意地悪く諦めたように笑う。
そんな大声で笑えば隣に聞こえるだろう、とかなんだかんだ思いながら手を伸ばす。

「戦人」

留弗夫は静かにその名前を呼ぶ。手が頬に触れた。
「っひっひっひ!しかし、ざまーねぇなぁ。なさけねーな!!大の男が、身の回りの事一つできねーなんてよ!俺の方がよっぽど大人じゃねーか」
苦しそうに笑いながら戦人は耐えれないといった風に背を屈めて留弗夫の服に手を掛けて笑っている。

「戦人、」

留弗夫の何度目かの言葉に戦人は笑い声に咳がまざりはじめた。

「ああああ!!くそ!!本当に、ざまーーーーーみろだ!!!」

背に背中を回して留弗夫は「あー・・・・」と言葉を落としてから戦人の顔を覗きこんだ。







「悪かった、」







それがなんに対しての謝罪だったのか、あまりにも遅すぎた謝罪であるのか、呟いた本人にも区別はつかなかったが。
戦人は顔を歪めた。
図体もでかくなった、顔付きも随分と変わった。
それなのに6年前の泣顔と全く同じでぼろぼろと涙を零して悔しそうに戦人は声を押し殺して泣いていた。

雨音の方はいつの間にか止んでいた。















(そこで彼ともう一度家族になりました)




あきゅろす。
無料HPエムペ!