協和に懺悔に
●嘉音+ベアト
●ベアト×戦人
●戦人と嘉音の友情フラグをたてようというだけの話










 




魔女は歌を歌っている。
歌詞の内容は日本語どころか恐らく人の言葉ではないのだろうという変な確信があった。あるいは異国の地の言葉であり失われた太古の言葉。廃れた文化に混じった言語だったのかも知れない少し信じられない事だが聞いていて不快なものではなかった。
いや、それ所か、
嘉音はその先を考えるのが嫌で静かに自分の今の主人と対面している男を見た。
男も思いは一緒だったのか何も言わずに黄金の魔女、ベアトリーチェの方向を見ている。

右代宮戦人。

その手が止まっていたので歌が止む。
交わる視線に魔女は首を僅かに横に傾けた。

「嘉音、審判はお前に任せていたはずだが?」
その言葉に嘉音は口を開く。
「戦人様、手が止まっています」

「いっひっひ、うるせーよ嘉音君。焦らせるなよ?
前はこうやって端、海辺にいた所を殺されたからなぁ・・・ここは慎重に行くぜ・・?」

戦人は言いながらクイーンを動かす。
ベアトリーチェはその動いたクイーンをすぐさまに倒す。
「おっと、慎重に動いた結果がこれか?くっくっく・・・ならば何も考えぬ方がいい勝負が出来るのではないか」

戦人は答えず、駒の一つがとられた事により疼く体に身を震わす。
右目でゆっくりと駒を見る。

「人間如きが魔女に適うわけないであろう?」
凶悪に歪んだ顔に戦人はそれ以上に嫌味な笑いを零した。
いっひっひっひと実に楽しそうに口の端を吊り上げている。

「?何がおかしい」

魔女は不快そうに眉を寄せた。
戦人のその手は味方のラインピースの影に隠していたナイト。
魔女のキング前にその駒をぶらつかせた。
「・・・アンブッシュ、まぁ序盤の有名なはめ手だよな?」

戦人は実に楽しそうに右目を細めて表情を歪めた。
楽しそうに笑う。

「いっひひひひひ・・・・・おいおいおい・・・・人間如きが魔女に適わないって?逆だろう?
魔女如きが人間様にに適うわけねーんだよぉおお!!!」

魔女の唖然とした表情に戦人は高らかに叫び満足気に笑う。
嘉音はそれを後で見ながら最近右代宮戦人も何処か魔女に似た笑みをするようになったと思った。

「ほら、自らキングを撤退させろよ、それぐらいは許してやるぜ・・・黄金の魔女、ベアトリーチェ様ぁあ・・・・???」

にやにやと笑いながらキングをぶらぶらと揺らしながらベアトリーチェに向ける。
しかしベアトリーチェは少しも動じない。それ所か酷く馬鹿にしたような蔑みの目で戦人を見た。

「・・・・」

戦人は見覚えのあるその表情に若干の不安を覚えた。
その背後から嫌な音がした。
窓の外、戦人は何事かと身を乗り出そうとしたがしかし身に取り付けられた鎖がそれを許さない。
伸びきった鎖が直線に貼り戦人の進行を止めた。
僅かに見える景色で真里亞が山羊の使用人にその小さな腕を強く握られているのが見えた。
戦人はぱくぱくと口を開け閉めしている。
「なんでだよ、勝ったのは俺だろう??俺がようやく勝ったんだろう??なぁ、なぁベアト??これは一体なんなんだベアト」
ベアトリーチェはたっぷりと含ませ笑いをした。
「答えてやれ、嘉音」
言われて嘉音は一歩足を進めて戦人をみた。
今までの傲慢な態度は何処へいった右代宮、そう思いながら。

「クイーン」
「はぁ?!」
「戦人様がクイーンをとられたのでクイーンが砕かれます」
嘉音は先にこのチェスのルールを言える事が出来たらよかったと思ったがそれは許されてはいなかった。
戦人に睨みつけられなんとも居た堪れない気分にはなったが。
この男の目に自分は恐らく非情に映ってしまっているのだろう、と少し残念な気がしてならない。

魔女は戦人の手を掴み今だその手に掴まれたナイトに触れる。
そしてそのままその手は滑り喉仏を摩った。戦人の動揺がよくわかるようにと。

「くっくっく、キングぅうううう??男が女を盾にしたら世話がないなぁあああ・・・・。
ほら、早く終わらないとそなたが勝ってしまうぞ、クイーンがいないままこのゲームは終わりを告げるぞ」
「・・・・っこの!!卑怯者!!!!」

戦人はチェス盤に飛びつき見えにくい視力で相手の駒と自分のコマを動かす。
震える手で急ぎ動かし自分の駒を相手の駒食わせていく。
そして相手のキングにて自分のキングを殺させた。

チェスの駒と駒とがぶつかる小気味のいい音がかちりと耳に響いた。

戦人は荒い息をつき地面に膝をついた。おそるおそる震える身で窓の外を眺めたが時はもう遅かったようだ。
苦痛に顔を歪ませながらも戦人自身も緩やかに呼吸を止めて糸が切れた人形のように地面にずるずると落ちた。

栄誉ある自殺を魔女は楽しそうに眺めた。

「卑怯者・・・・?くっくっく・・・何をいっておる。
勝つことは何も難しい事ではない自分で決めたルールであろう。親族を疑わない、親族を殺させない、魔女は否定する。自らで自らの首を絞め続けているのはそなたの方ではないか・・・・」

静かになったそれに問い掛けながら手を這わす。
まだ暖かい感触はつい先程までそれが息をして魔女を見て魔女を相手に思考していた事の何よりの証拠であった。
手を這わせ乱れた服の下、鎖骨に歯を立てガジガジと歯を立てた後で魔女は暫く何かを考える。
先程はあれほど煩かったというのに随分と静かになった唇に指を当てて自らの口をつけた。

触れるだけの静かな口付けであった。

魔女は自分の行動に疑問を抱いたのか眉を寄せて不思議そうな顔をしていた。首を捻っている。
何かを確かめるようにもう一度その身に手を這わせたが答えは見つからなかったらしい。
身を離して立ち上がる。

「片付けておけ」

魔女は静かに後にいた嘉音に命令を下しふらふらと扉から出てどこかへ行ってしまった。


嘉音は静かに頭を下げてその物体に近づく。
布で汚れた回りの床を拭いていく。
その際にちらりと戦人だった物をみた。嘉音はこの男に大きな借りがあった。
いつか返したいと思っているのだがその機会は中々訪れない。
それ所か心境をどんどん悪くさせてしまっている限りだ。
せめて、と暫く考えた後で戦人の顔を拭いてやろうとした。目を見開いたまま静かになっているその顔に近づいて気づく。

「・・・・ぁ」

嘉音は小さく呟いた。
借りを返すならば、これがいい、と嘉音は一人納得した。

『人間についての基準なんていくらでも良く考えられ手際よく整えられる事が出来る、人が人として人に人と認めて貰う為に必要な事もそれ同様だ』
だから、これでも別にいいだろう。
と、嘉音は思った。

『最後は・・・・海辺だった』

 床を片付けた後で嘉音は外に出た。
 長すぎた残暑は流石に息を潜め夕方に差し掛かる頃には肌に感じる程の冷たい空気が支配していた。
最近うみねこのなく声がしないなぁ、と朱志香がやけに気にしていたのに気づく。
ああ、確かに随分ともう聞いていないな。両方の声を、寂しくなる。
やっかいだと思った、家具でなくなるのは。人間になるという事はとてもやっかいな事だと思った。
今まで動かなかった思考がダムが崩壊したかのように頭の中で回りとぐろを巻く。
悲しくなればぼろぼろと涙が溢れて悔しくなれば胸が痛い。嬉しくなれば頬が緩む。
本当に余計なものだと思った。


でも、それが酷く愛しい。


嘉音は歩く。
海辺なら尚更。気温は低くなっていた。
湿ったの風が乱暴に吹き荒れ黒髪を嬲る。嘉音は無表情であるがその淡麗な顔を僅かに歪ませ細い肩を震わせる。
しかし、身を屈めて砂浜の広大な砂山に手を這わしはじめる。
さらさらと指の間から落ちる砂をなぞり、無表情に淡々と無口に何かを探しているようだ。

日が完全に落ちるか落ちないか、その紺色が黄昏色を食いだした頃に嘉音に影がかかる。
ふらふらと歩いているその姿は明らかに黄金の魔女に違いはなかった。ぶつぶつと口で「右代宮戦人、右代宮戦人」と言葉を呟き続けている」その姿を遠めにぼんやりと眺めているとその魔女がこちらに気がついた。
肩を震わせながらケラケラと笑う。

「・・・家具、こんな所で何をしている、床の片付けは終わったのか???」

魔女は微笑み嘉音を見る。
夕暮れに照らされて染まる姿に彼女が実態としてここにいるのだという事を再認識させられる。
右代宮家が子供達に語る幻想の類ではない。
自分達の産みの親と言っても過言ではない男に召還されし黄金の魔女は確かに其処にいる。
その証拠に魔女は彼を家具と罵り、その艶やかで美しい口唇からは想像もつかない程の酷く汚い言葉の数々を這いつくばってる嘉音に投げ掛けはじめたのだから。
もうこの魔女に徹底的に屈服し、この魔女をこうやって具現化してしまっている自分に今更言葉を投げかけて楽しいのだろうか。
と、ぼんやりと考える。
『違う、考えないように僕に構うことで誤魔化しているのか』
魔女は嘉音が無反応に作業を続ける為その顔が醜く凶悪に歪んでいく。


沈黙とは、魔女にとっての最も酷い侮辱であった。



その作業中の手を魔女は足で緩やかに踏み付けて嘉音に顔を近付ける。

「嘉ァアアアァ音ンンッッ??嘉音、嘉音〜…??…聞こえないわけないよなぁああああぁぁ??んんッッ?……それともお前の愛しの朱志香の悲鳴や紗音が壊れる音ならあるいは届くか…?」

嘉音はゆったりと顔をあげその睨むように挑むように魔女を見た。


視界による認識。


魔女の顔が満足そうに吊り上がる。
「お前は今や誰の家具だ。いってみろよ」


「…黄金の魔女であるベアトリーチェ様の忠実な家具です」
はっきりと男にしては細い声で告げた。
否定しようもない。
「その割には些か態度に表れが出ていないのではないかぁあああ・・・???」
魔女の言葉に嘉音はそれもそうか、と思いその証拠だと言わんばかりにベアトリーチェに向き直る。
その片足を両手で包む。

魔女は眉を吊り上げ面白そうに家具がどのような行為に出るか見ている。

嘉音は靴をゆるりと脱がし陶器のように美しい白い足の爪先に口をつけていく。
滑らかな肌の感触に目を細めながら足の指と指との間にその紅い舌をチロチロと子猫が水を呑むかのように這わせていく。
くちゃくちゃと音を立てさせながら丁寧に舐めていく。

予想以上の忠誠の証に魔女の顔が愉快そうに歪む。
暫くそうさせて魔女が「もうよい」と声をかけた所で嘉音は頭を下げたままで身を離す。
魔女はその指通りのいい黒い髪を撫でてやり耳元にそっと語りかけてやる。



「つまらぬ」


一言呟いた後に魔女は深い溜息をつく。
は嘆くような声で嬉しそうに顔をめいいっぱい吊り上げてはいるが。
「それはよかったです、ベアトリーチェ様」
その言葉にベアトリーチェはその足でその身を蹴り海側に嘉音を落とした。
波が上がりその身体にかかり嘉音を濡らす。

「これと同じ事を前回の右代宮戦人にささせてやった」


魔女はぼそりと呟く。
「そしたら、あいつめ、歯をたててな・・・・この妾の足に・・・」

くっくっく、と喉奥で笑いながら手で顔を隠して大きな声で高らかに高らかに笑った。
「何故、こんなにも愉快なのかわからぬ!
くっくっくっくっく・・・!!傍にいればいるほどに高揚感が湧き上がる、わからぬ、行った所で快楽しか生まれない交わりで狂いそうになる!触れたくて仕方が無くなる!なんなのだ、あの男は・・・やりすぎてしまって仕方が無い・・・!!」
ベアトリーチェははーはーと荒い息を吐き興奮で肩を震わせた。
大きく開いた目が手と手との隙間で見えた。口元は楽しげに歪められており堪らない、と言った表情だ。

嘉音は冷たい水の温度を肌に感じながら静かに黙って魔女の口から漏れるその言葉を聞いている。
随分と女や愛を語っていたという魔女にしては信じられない言葉だと思う。
本当に気がついていないのだろうか。

魔女はぼんやりと顔をあげる。何かを思いついたような顔だった。
日は沈みかけておりその足取はどこかエーテル麻酔をかけられた患者のようにふらふらと再び歩き出した。
魔女はひょっとしたら先程の最中自分が歌を歌っていた程上機嫌だったのにも気がついていないのかもしれない。


嘉音はそれを見送った後で再び砂浜に膝をついた。
さらさらと日が昇り仕事の時間になるまでずっとそこでそうしていた。
館に帰っても魔女の姿は何処にもなく広い広すぎる館に動いているのは嘉音しかいなかった。
ぼんやりと足を進めながら命じられていた仕事を一人黙々とこなしていく。

今までも主人に使える喜びなど感じた事がなかった嘉音だったが今は矢張り寂しいと感じる。
そう言った意味では、主人に喜んで貰う事を生きがいとしていた郷田の方がよっぽど片翼の鷲を身に纏う資格があったのだろう。

嘉音は仕事が終えると魔女と戦人がチェスを行っていた部屋によった。
依然そこに横たわる戦人とそれを何処か虚ろな目で眺め続けるベアトリーチェがいただけだった。
頭を下げてそっと扉を閉めた。

嘉音は再び浜辺に出て砂浜の上に手を這わせ続けた。
数時間後、日の光が再び上る頃に手に確かな感触。
目を見開き、壊れ物であるそれを宝物をみつけた子供のようにそっと掴み朝日のきらきらとした光に照らした。
嘉音は安堵と喜びから非常になれない口の端で非常に慣れていない笑みを作って喜んだ。




「失礼します」
嘉音は扉を開くと夜が更ける前と全く同じ光景がそこには広がっていた。
一心に戦人を見て口をぼそりぼそりと動かす魔女と静かなる死体。
どうやら嘉音は魔女よりは先に自分の気持ちに気がついたようだ。
嘉音はその光景に気にも止めずに足を進ませ深く礼儀正しく綺麗なお辞儀をしてその横に屈んだ。
そこでようやく魔女が嘉音の存在に気づき「・・・何をしておる?家具??」と顔を上げた。
嘉音はそれに答えず無表情に空っぽなそこにぎゅうぎゅうと手を押し当てていた。
嫌な音がしつつ、半分は潰れてしまったが、本来の指定場所にそれを収める事が出来た。
『人間になるには、人と関わるには、自分から動くという事だ』
嘉音はその達成感を胸に抱き、実に嬉しそうに微笑みながら戦人の手を取り握りその冷たい温度に対して忠誠の意思を表し唇をつけた。
粗野でやかましい、自分よりも体格のいい不敵の男。


「戦人様、いつか受けたご恩を少しお返しさせて頂きました」


ぐるん、と戦人の目が動く。
両方の目が揃った状態の戦人はぴくりとその手の端を動かした。
戦人は嘉音のその行動にびっくりしたように目を大きく開いた。
先程、嘉音が入れたほうではない目で嘉音を見てまだ回りきっていないであろう頭で嘉音を捉えてゆったりと口を開いた。



「ひっひ・・・それは・・・・どうも」



見えにくかったから助かったぜ?と戦人は笑った。








恐らく、これがきっかけで使用人と彼は友人にだってなんにだってなれるのだ!










協和に懺悔に








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