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●留弗夫と戦人
●仲良し家族ごっこ








泣いたりなんてしていない
それほどの我侭だったとも思っていない
ただ望みをたった一言いっただけだ、と戦人は思う。












『なぁ、俺、もう18なんだぜ・・・?』


戦人は眼の前に広がる光景に眩暈を覚えた。
色とりどりの風船が宙を舞っている。
ピエロがマラカスを空中に投げてそれを回りの子供達が釘付けになっている。
ジェットコースターが近くを通りその大きな音と人々の楽しそうな悲鳴が鼓膜を震わせながら遠ざかっていく。
この小さな遊園地のマスコットキャラが楽しそうに戦人に近づいて入園記念プレゼントですと陽気に踊りながらその頭によく分からない獣耳がついた帽子を被せてネズミの鼻がついたマスクをつけて去っていった。
今でも死にたくなるような顔をしている戦人の横で似たような顔をしているのはびっしりとスーツを着込んだ数年ぶりに見る、今は離れて暮している留弗夫だったりする。
同じように獣耳が生えている。
そんなファンシーな格好をした男二人仲良く遊園地の入園口の前で佇んでいた。
『ひっでーーーーこれはひっでえーーーーー』
オールバックのいかつい長身の中年の頭にファンシーな獣耳。
組み合わせにより異物とみなされまさにグロテスク。
堪えきれなくなり、大きな声で戦人は気が済むまで笑った。
しかし留弗夫は苦い顔をして近くにあった鏡を指差した。
其処に映る自分も大概酷い組み合わせだった為、留弗夫が次に「わっはっはっは」と人目も気にせずに声を出して笑った。
そしてお互い正気に戻り重苦しい息をついた。

『大体、何が悲しくて親父と二人っきりでこんな所にいないといけねーんだよ?!』

戦人は帽子を脱ぎ、くしゃくしゃに丸めて鞄の中に乱暴に詰め込んだ。

「おい、クソ親父・・・・」
「なんだよ」

げんなりした顔で遊園地の中を見ながら口を開く。

「俺は霧江さんにデートに誘われてきたんだぜ?なんで其処に親父がいるんだよ、お呼びじゃねーぜ??」
「へぇ、霧江に手を出そうとはいい度胸じゃねーか戦人ぁ・・・?男らしく育っているようで俺は嬉しいぜ?」

留弗夫は笑顔を引き攣らせながら戦人を見た。
そうやってお互い悪態をついた後で再び溜息をついた。

戦人としては非常に気まずいのだ。
意図して合わないように過ごしたこの数年間の事を思い出しながらどうすべきかと考える。

「右代宮留弗夫様ですか?」
と、成す術もなく佇んでいる二人の下に従業員の一人が声を掛けてきた。
「奥様から電話がきております。サービスセンターまでお越しください」
笑顔で案内されるがまま留弗夫は歩き出す。戦人もそれに伴ってその背中に続く。
背丈が近くなったせいか目線が変わった背中を見ながら静かに目を細める。
建物の中で受話器を片手で持っている従業員からその受話器を受け取り留弗夫は会話を始める。
その後ろから聞こえる途切れ途切れの会話から、戦人は事の経緯を理解する。
どうにもこうにも家を飛び出して以来ほとんど顔を合わせる事がない父子を見かねて何か仲直りの機会を、と考えた彼女なりの配慮だったらしい。
しかし肝心の本人が車が渋滞に巻き込まれたらしく遅れてくるとの事。それまで二人で楽しむようにと念でも押されたのか留弗夫は溜息をつきながら受話器を置いた。

「おら、行くぞ」
「は?」
「好意を無駄に出来ないだろうが」

戦人は嫌な顔を崩さなかったがその言葉にも確かに一理ある。
いらない気を使わせてしまったという点においては申し訳がなかったと思うし何より後から霧江もくるのだ、と思いなおす。

「いっひっひ、しかし、親父と遊園地って、不自然きわまりねーな」
いつもの自分の調子に、と、茶化すように言えば自分の父であるその男が大きな掌でわしゃわしゃと頭を掴んできた。
「昔、連れてきてやった恩も忘れてんのか、お前は」
「何年前の話だよ」
しかも一回だけだろう、恩着せがましい男だな
口には出さずにスキンシップの為の手を払い除けて軽く睨んだ。
「あーあ、ほんと、可愛くなくなったな」
とこっちのその反応をにやにやと嫌な笑みを浮かべて実に楽しそに横を通りすぎていった。
どうやら留弗夫は開き直って楽しむ事にしたらしい。
普段、忙しい身だ。折角とれた休日を無駄に潰したくはないのだろう。
戦人は暫くして先程撫でられた頭に手を伸ばして触れてみる。

『?・・・嫌、じゃねーよな・・・別に』

不快感がない事に疑問を覚えつつも不思議そうに首を捻った。

とはいえ男二人、アトラクションに乗るのは流石にむさ苦しい。
楽しむ術もなくただぼんやりと賑やかな一角を歩き回って適当な出店で食べ物を買い適当に座ってもそもそと食べはじめた。
あつあつのホットドックを頬張りながら折角の遊園地もやっぱり父親ときたって面白くもなんともねーなぁなどと考えていた。
「おい戦人、次はどこ見に行くか」
しかし、留弗夫はパンフレット広げてそんな事を聞いてきた。
まさかと思ってその表情を盗み見る。少し頬が緩んでいる。

『・・・・・・楽しんでやがる』

戦人は何か見てはいけないものを見てしまった気分になり留弗夫の言葉を簡単に返した後で眼の前のホットドックに集中した。

展覧会など見てみるだけで確かに見所ある物は多かった。
しかし戦人はどうにもこうにも物足りない。
そんな戦人の心境を見透かしてか留弗夫が適当に空いているアトラクションにその背中を押して無理矢理並ばせた。
戦人も一つくらい乗っておくべきかと自分が並んだ乗り物に目を向けて、

凍りついた。

なに、あの高さ。


どう考えても絶叫形、見上げる程の高さまでゴンドラがあがり其処から一気に地上まで叩きつける寸前を何度も繰り返している。
どう考えても楽しむというよりは痛めつけているようにしか見えない。呆然としているうちに人ごみに流されてそのままシートに座らされる。ガタガタと動き始めた機械に「っひぃ、?!」と口から言葉が漏れる。戦人の口から悲鳴が漏れるまでそう時間は掛からなかった。










「うー・・・・死ぬ・・・・ーーーー・・地面が、・・・・地面に、うをぉおお・・・・・・・・・・・・・・・」
「うっせーよぉ、恥かしい悲鳴あげやがって、横で待ってたこっちの身にもなれよ」

休憩室で横になって今だに呻いている戦人を見ながら留弗夫は溜息をついていた。お前が無理矢理並ばせたんだろうが、などと思いながらもそれも出来ない。
その間にまた電話があったのだろうか、留弗夫が呼び出されて戦人は休憩室に一人になった。
他の利用客はいない。
外から賑やかな声が聞こえるというのにその空間だけ酷く無口であった。
一人になり、思い出す。
ここも狭い遊園地だが昔、一度だけ連れてきてもらった遊園地はもっと小さかった。母が生きていた頃に一度だけ初めて家族で連れてきてもらった遊園地。面倒臭そうな顔をしつつも背を屈めて戦人の手を握っていた留弗夫、その反対側には笑顔の母。

確かに俺達は親子だったんだよな。
戦人はぼんやりと思う。
色とりどりのペンチで飾られている天井を見ながら肩の力を落とした。



「おとぉさぁああーーーーーんん!!」


外から聞こえた声にびくりと肩をあげて窓の外から光景を覗く。

男の子が泣いていた。その向こうには父親と思える人物がどんどんと歩いて遠ざかっている。

「おとぉさぁああん・・・・・」

男の子がぼろぼろと大粒の涙を流しながら口をだらしなく開けて泣き始めた。
戦人は考えるより体が動く。
外に出て駆け寄ろうと身を起こしたとき、その前に父親が振り返った。仕方なさそうに近寄り、その小さな体を抱きしめて「我侭を言ったお前が悪いんだぞ?」と苦笑いで諭しながらその背中を摩ってやっていた。




安堵したと同時に戦人は気分が悪くなっていた。
どくどくと心臓が嫌な音をたてている。
もうこれはさっきの乗り物のせいだけではない。
『ああーーーくそ、嫌な事思い出しちまった・・・!!!』
頭を無造作に掻いた後で再び横になる。
いつだったか何日か留弗夫が家を開けた時があった。
その時のいい訳は仕事が立て込んでいるとの事だったが。
服を取りに一度帰ってきた留弗夫に「いかないで」と声を掛けた事があった。
泣いたりはしていない
我侭なんて言っていない
たった一言だけ。
しかし振り返りもしないでそのまま玄関から遠ざかっていく後姿を今でも覚えている。

『そうだよ、俺はあの男が嫌いなんだろう?あああ、そうなんだろう??』

自分に言い聞かせる。
なのに何故またこうしてまたふざけあっているのか。
その背中についていく事も頭を撫でられたのも一緒に食事をするのも少しも不快でないのか。

『俺の中で親父に対する感情はごちゃごちゃになっているんだ』

あれから一度会ったか会わなかったかぐらいだった。
子供の時の楽しい出で止まっている節がある。

『でも、騙されるかよ。いつ切り捨てられるかわかったものじゃーねぇ』

ふとそこで考える。

『・・・あれ?ってことは何か、俺はまた裏切られるのが怖いから親父を嫌っていたいだけなのか』




それって結局は好きって事なのか。




「なんて嫌な話だよ」
本当にもうご勘弁願いたい。

憎んでも憎みきれない。
あんなに長い事距離をとっていたというのにこんなに簡単に埋まってしまっている。
戦人は自分の意地とはその程度だったのだろうかと考える。

「・・・・・・・・・くそ」

戦人は息をつきながら目元を抑えた。


「戦人」

名前を呼ばれて視線をあげて思考が停止した。
留弗夫が帰ってきていた。ぐらりと頭が揺れている気がした。
返事をかえさずにいると横に座って頭を撫でてきた。

やめろやめろ。そんな父親らしい事するんじゃねーよ。
叫びたい衝撃に駆られつつも成す術もなくその感触に身を任せてしまっている。

「気分まだ悪いのか?なんなら服を着崩しとけ」
そう言って手を伸ばして襟元のボタンを開けられる肌が外気に晒されて少し寒い。
「や、めろ」
小さく呟かれた言葉に留弗夫は手を止める。その顔が少し驚いている。その表情を見て戦人はようやく自分が泣いている事に気がついた。

「おいおい・・・俺は男の慰め方なんてしらねーぞ?」

留弗夫が面倒臭そうに呟きながらも背を摩る。
「吐いた方が楽になれるんじゃねーか」
んー?と顔を近づけさせてくる。
それに答えずにいると留弗夫は立ち上がる。
「っと、霧江がつくらしいから迎えにいかねーと・・・ちょっと待ってろよ」
「ああ、さっさと行けよ」
力なく言葉を返した後で留弗夫は「動くなよ」と頭に手を置いて再び出て行った。

『霧江さんは好きだぜ、頼れる姉のような存在だし。昔も今もちっとも変わらずに霧江さんが好きだ・・・・』
今日だって霧江に出かけようと誘われた時、凄く嬉しかった。
戦人にとってそれが恋だとかどうだかは判断がつかなかったがそれでも親愛の念を抱いている。
だから、父をとられた、などと思った事は一度もなかった。
ただ、その男に置いて行かれたくなかっただけだった。
その背中を見送りながら戦人はぼんやりと呟く。

「行くな」

完全に見えなくなったというのに誰も立っていない入り口を見ながら。


「い・・・行くな、行くな、行かないでくれよぉおおおお・・・・・・俺を・・置いていくなよぉおお・〜〜〜・・・・・・・」


一人消え入りそうな声で誰に言うわけでもなく声を押し殺して、でも大声で、しかしやはり静かにぼろぼろと悔しくて泣いた。
外からは愉快で楽しいカーニバルの音。賑やかなファンファーレが耳に響いて遠くなって消えていった。
一生許さないし許されるわけがないし許すつもりももうないんだろうな、などと考えながら。










暫くした後でいつも冷静な霧江が息を切らして走り込んできた。
「戦人君、大丈夫??」
心配そうな顔で聞いてきた。
しかし戦人は背を起こしており、普通に座り込んで笑いながら片手を上げてそれに答えた。
「おっ霧江さん」
にかっと笑っている戦人に霧江はほっとした顔をした。
「留弗夫さんから気分を崩しているって聞いたんだけど・・・」
心配そうな顔をしたままで近寄ってくる。
「あ〜・・あのクソ親父が大げさにいってただけっすよ、全く俺の株を落としやがって、何考えてんだか」
笑っていると後から留弗夫が出てくる。
「お前なぁ、女の前だからって格好つけやがって」
頭を軽く叩かれる。
「泣いてたくせによぉ」

ぼそりと面白くなさそうに呟かれた言葉に対して戦人は、

立ち上がり、

「泣いてはねーよ、」

と短く答えて笑った。



あとの戦人のするべき事は三人仲良くぶらぶらと園内を歩いて楽しんで別々の家に帰るのみだった。















(キャンキャン一人でやかましく吠えて唸って、後は無力に傷つき疲れはてるだけ)






あきゅろす。
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