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●ベルンと戦人
●薄暗い話












彼女は最初に告げた。
雨が止んだらこの旅は終わるらしい。











揺り籠に乗っているようにガタゴトと音と共に揺れる体、人々が椅子の上に座り疲れている顔をしている。
窓の外からは黄昏時の独特の色が見えた。流れていく町内に帰路に立つ人の群れ。
床に使われている木材から独特の木の匂い。人の匂い。
人々は最近寒くなってきたからかコートを首の方まで寄せて身を縮めている。

戦人はそこで自分が今何処にいるのか気づいた。
『・・・路面電車?』
聞き覚えのない駅の名前が呼ばれて人々が足を揃えて降りていく。
学生服を着た少年や腰の曲がった老婆、誰もが立ち上がり料金箱の前で並んでいるので戦人も此処で降りるべきなのかと立ち上がろうとした。
しかし、自分の向かい側に座っている少女が微動だにもしないので座り直す事にした。
少女は手に一冊の本を持っている。酷く場違いな豪勢で、しかし品があるドレスが揺れた。
本を置いて戦人の視線に答えたのだ。

「降りないのか?」
「此処は終着点じゃないもの」

長いゆったりとした黒髪を揺らして彼女は微笑んだ。
戦人はその言葉に小さく「そうなのか」と答えて少女と二人電車の中に残った。二人だけ乗せた電車が鈍い音を立てて動き出す。
回りの風景がゆったりと流れていく。
そこで開いた窓から花弁が飛んでくる。戦人が振り返れば大きな桜の木が見えた。路面電車が横を通りすぎた為風圧により花弁が舞い上がり春の嵐を起こす。
気温はまだこんなにも寒いというのにアンバランスな風景に戦人は口を開く。

「桜なんて随分と久しぶりに見た気がするぜ・・・・」
「そうね貴方は永遠に昭和61年の10月5日より先の未来を見る事なんて出来ないものね」
「いっひっひ、本当、ひっでー話だよな」

自分の言葉に戦人は改めて彼女の姿をゆったりと脳裏から蘇らす。
口は開き「ベルン」と彼女を示す単語を落とした。
「なぁに?」
ようやく呼ばれた自分の名前にベルンカステルはくすくすと楽しそうに笑っていた。
「・・・隣に座ってもいいか?」
ベルンカステルは何も言わずに少し席をずれた。それを肯定と受け取り戦人はベルンカステルの横に腰を下ろす。
肩を並べて座ると触れた所からじんわりと熱が伝わってきた。
魔女にも体温があるのか、と戦人は何処か不思議な気持ちになった。
ガタゴトと二人を揺らしながら電車は走っている。

「私には一つの夏はあったわ」

ベルンカステルが少女のあどけない声音で一言ぼそりと告げる。
電車が動く煩い音に掻き消されずにはっきりと聞こえる。まるで別次元から聞こえているようだ。

「どんなに短くなってもそれでも私には一つの夏は用意されていたわ」

蜩の音が煩くて、気温がどんどんと上がってくる。男の子が転校してきてからは更に楽しく部活と言い仲間と遊び回っていたそうだ。
一日中泥だらけになったり森の中を意味もなく探索してみたり宝探しといってゴミ山を気をつけながら歩きまわったり、まだ冷たい川に入り水の掛け合いっこをしたりたまには町に下りて買い物を楽しんだり。駅前で来るか分からない待ち人を待ってみたり。
戦人は眼の前のやけに大人びた少女がそうやって無邪気に笑って遊んでいる所を想像しようとした。
しかし上手くそれが出来なかったので仕方なく「それは楽しそうだな」と呟いた。ベルンカステルは小さく微笑んで頷いた。
「そんな初夏を繰り返し繰り返していた」
懐かしそうに語られる言葉に耳を貸している。
「でも貴方には二日しかない。キングはすでに追い詰められていて貴方にはルークもビショップもナイトも与えられていない」
その言葉に戦人は目線を横に向ける。その時に尻尾が少し揺れているのに気づく。
『この尻尾は本物なのか』
考えて触れてみようと手を伸ばしたのだが魔女がその前に口を開いた。


「それでも抗うように私は貴方に言い続けるわ」
「なんでだ」
「退屈なんだもの」

クスクスと彼女は笑っていたが何処か恨むなら恨めと言われたような気がした。

戦人はなんと返したらいいものかと考えていれば窓の景色が変わった。
骨の色をした墓標が一面に並んでいてその間に花が咲き誇っていた。

「少し歩きましょう」

魔女が立ち上がりブザーを押す。
短い音が響いて次の駅で電車は止まった。
ベルンカステルが降りたので習って戦人も駅を降りた。
スカートを揺らしながら歩くそのゆったりとした足取りに歩幅を合わせてついていく。
途中で人間の形をしていない人々が手を振っていたので戦人は少し怖くなり我知らず彼女の服を掴もうとしたが伸ばした手は尻尾を掴んでしまった。
「みぃっ!!」
ビクンっとベルンカステルが肩を震わせた。どうやら神経があるらしい。
肩越しに睨まれたので戦人は慌てて手を離した。

暫く歩いてベルンカステルは無造作に立てられた墓標の前で足を止めた。
ポケットから色とりどりのオハジキやビー玉を取り出してぱらぱらと零している。

「なにやってんだ」
「お供え物よ」
「知り合いの墓なのか」
「私のお墓」

ベルンカステルはそう言った後で戦人の目を見る。
「知り合いも埋まっているわ、まだ終わっていない惨劇を繰り返している彼らのお墓、私が見つけるたびに埋めているの」


戦人は黄金の魔女が死者を冒涜する行為をしていた事を思い出す。
死人を辱めるなと泣きながら叫ぶ自分の前で楽しそうに目に刻めと何度も殺し続けられた事を覚えている。
同じ魔女でも随分と違うものだと戦人は思う。

「あんたはあいつに比べたらまだ優しい魔女なんだよな」
口から勝手に言葉が出ていた。優しい魔女ってなんだよ。自分で自分の言葉に疑問を覚える。
その時風が吹いたので戦人はその行方を追うように回りを見渡した。
無数の墓標視界の端から端まで続いていた。
ベルンカステルは少し悩んだように眉を寄せる。

「優しいのとは少し違うわ。これは私が私の気を晴らす為にしている事だもの」
「そうかぁ?そこらへんに放りだされているよりちゃんと供養してもらったほうが嬉しいと俺は思うぜ」
「これは彼や彼女らが望んだ事じゃないのよ?勝手に私が死体を埋めているの。酷く無駄な事なのよ」

はっきりと言い切られた言葉に戦人は言葉に詰まる。
ベルンカステルは何も言わずに歩き出した。
再び駅に電車が止まる。
先程とは違う駅員が帽子を脱いで挨拶をしたので戦人は手を調子よくあげて返事を返した。
再び古臭い路面電車ががったんがったんと音を出して動き出した。
やっぱり乗っているのはベルンカステルと戦人だけだった。
ごとごとと揺らされながら墓標が遠くに見え出した頃に戦人はようやく口を開いた。

「じゃあ、俺は頼んでおいてやるよ」
会話が今までなかったので魔女は先程の話の続きだとわかってくれたようだ。
「俺が死んだら俺をあそこに埋めてくれ」
魔女は無言だった。戦人は構わず続ける。
「貴方の死体はいつだって破損が多すぎて埋める所の騒ぎじゃないわ。本当に彼女に愛されているわね」
いっひっひ、といつものように笑いながら戦人は椅子に背を深くつけた。
確かに、毎度毎度、骨の灰まで愛されているようだ。
「じゃあ残っている所で欠片でいいさ。頭でも、腕でも、足でも、目でも残っている箇所を埋めろよ」
「・・・・わかったわ。約束してあげる。場所は?どこがいい?」
「場所って言ってもな・・拘りがあるわけじゃねーし・・・どこでも好きな場所に・・・」
言いかけて戦人は少し考え込む。
「ああ、そうだな、どこでもいいけど、出来たらあんたの隣がいい」
行儀悪く座る戦人はのんびりとした口調でゆったりと喋る。




「そしたらもう、寂しくないだろう」




ベルンカステルは仏頂面。
大人びた少女の顔で首を横に傾げて見せた。
「あら、私は寂しいなんていったかしら?」
「いっひっひっひ」
戦人は答えずに肩をあげて笑うばかりだった。
たかが人間には過ぎた発言だっただろうか、と考えながらも。

自分が地面に埋まる想像をする。
薄暗い場所で頭上からパラパラと砂が降ってくる。
それを身に受け止めながらゆったりと青い空に別れを告げていくのだ。

『それだけで、十分寂しいよな』

ベルンカステルは大きな目でじっと戦人を見ている。戦人は気づかないふりをしながら窓の外を眺め続けていた。
やがてぽつぽつと雨粒が窓を叩き始める。
海が見えた。海の中に知らない町の明かりがぼんやりと灯っていた。幻想的だなぁ、と思いながらも何処かでこんな話を聞いた事があると戦人は記憶を辿る。
手元が何かにあたる。見れば先程ベルンカステルが読んでいた本だった。片手で摘んで題名を見る。
『宮沢賢治の注文の多い料理店。・・・これじゃねーな』
振り出した雨に戦人は思い出しベルンカステルに向き直った。


「雨がやんだら、この旅は終わるわね」


ベルンは呟いてゆったりと戦人に手を伸ばした。
頬を撫でる手の体温は冷たい。
ゆったりと顔を伝う落ちる肌の感触。
その存在を確かめるような動きに戦人は身を任せる。
だからその魔女の手が自分の首に回されて頚動脈をぎりりぎりりと押し始めても抵抗の一つ見せなかった。
路面電車はまだ揺れている。
椅子に横たわって受ける重圧に耐える。


息が吸えない、呼吸が遠い。


ベルンカステルがゆったりと笑いながら「ほら、油断なんてしたら駄目よ、私も魔女なんだから」とクスクス笑っていたが。
それでも、その口調は恨むなら恨めと、自分の罪を責めてほしいと語りかけているかのようだった。
今、自分の身に起こっている事が永遠の拷問なら彼女の身に起こっている事はなんだろう。永遠とらわれている。
『なんで俺が、なんでこの魔女が、・・・・なんてもう考えるのも疲れた』
代わりに手を伸ばしてその小さな身をぎゅっと抱きしめた。ベルンカステルの動きが止まった頃には雨があがっていた。

電車が終着点だと言いながら聞き覚えのある駅の名前を告げて止まった。
旅が終わったのだと名残おしく戦人は理解して咽ながら身を起こした。





魔女の姿はもうどこにもなかった。























四十五分たちましたから。





題名引用「銀河鉄道の夜」から一文。

『もう駄目です。落ちてから四十五分たちましたから。』

カムパネルラの父親の台詞から









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