●戦人×真里亞












そういやぁ雲はでてたなぁ。



まずったなぁ、などとぼんやり思いながら戦人は空を見ながら諦めに似た溜息をついた。
人の憂鬱をそのまま空に敷き詰めたかのように雲は重苦しい灰色をしており雨音は酷く跳ねた水飛沫で足元は白くなっている。
真里亞の表情が曇っていたので自分がこんな事では駄目だな、と戦人は頬の端を吊り上げた。
「ずぶぬれだなぁー真里亞ー!」
気持ちを少しでも吹き飛ばすように明るく笑いかけながら真里亞の頭を撫でてやる。
「うー真里亞も戦人も、ずぶぬれー」
真里亞がそんな戦人に続くように空を見上げて唸ったが心なしかその声には元気がない。
その栗色の髪から水が滴っている。

他の従姉妹達と黄金の財宝を探していた所、手分けして探そうという案になった。
ジャンケン組み分けし分担して真里亞と林の中を検索していたが真里亞が奥へ奥へと誘うものだから雨が振り出しても館までかえれなかった。

『流石に兄貴達も戻ってるよなぁ〜』

戦人は頭を掻きながらどうしたものかと空をもう一度見つめる。
「雨やまない」
真里亞の声に答えるかのように激しい雨音は激しくなる一方だ。おまけに遠いとはいえ雷の音まで聞こえはじめている。
外にいるのは危険、ここで少し待つ方が懸命だな、と思い真里亞の手を握る。予想以上に冷たい感触。

「ここからゲストハウスまで戻るのも一苦労だしな」
呟きながら雨宿りをしている礼拝堂の扉を押した。僅かに動いた扉に戦人は驚く。

「ん、なんだ鍵とかかかってねーのか?」
真里亞がその事に対して眉を寄せたが戦人は気にせずに扉を開く。
蝶番の軋む音と密封されていた部屋独特の匂いを感じながら。
彼の祖父が魔女の為に作ったという其処は使われた事がないと聞いていたが埃が積もっているという事もなく綺麗だった。
「中の作りも凝ってんだな」
中に入りつつ目線を様々な所に向ける。長椅子、蝋燭台、ステンドガラス、シャンデリア教会に縁がなかった戦人にはどれも珍しいものだった。
しかし、あまりに好きになれそうにはない。
 無神論的実存主義者を名乗り信仰を馬鹿にするわけでもないが戦人はあまり神などの類は信じていなかった。
『現実主義者、っていうよりは自分の目で見えるもの意外は信用できねーんだろうな』
何故そうなのかと自分で考えてみれば単純な理由だった、自分の父親が目で見えるもの意外信用するなと小さい頃に言い聞かせてきたからだ。
『あいつの影響ってのも嫌な話だぜー・・・』
適当な椅子に真里亞を座らせればその肩が震えており体温が低くなっている事に気づく。
「お、おい真里亞・・・・」
少し焦ってきた戦人は使える物がないか教会の奥まで行く。
卓上に飾られているテーブルクロスを見て使える、と判断した戦人は上手い具合に引張りそれを持って真里亞の頭を拭いてやる。

「うー・・・」
「動かすのは得策じゃねーよな・・・・。真里亞ぁー・・・気分どうだー・・・?」
真里亞は大きな目をゆったりと細めてふるふると頭を振った。
戦人はおどおどと額に手を当てた。そこだけ酷く熱かった。
雷の音は一段と大きくなっている。窓の外に目を向ければ木が傾いている。
『外にはでれねー・・・』
どうにかしないと、戦人は真里亞を横に寝かせた後で自分のスーツを丸めて枕の代わりにおいてやる。

見ている事しか出来ない、というのは嫌だ。
ええっと濡れた服着せたままだと体温下げて駄目なんだったっけ?????
とりあえず赤い紐を引張り服を緩めていく。
その時に真里亞が熱にうなされて小さく言葉を漏らす。
なんだかとてもいけない事をしている気分になる。そこで戦人は手を止めて深呼吸をした。
「真里亞・・・いいか?俺はお前のために服を脱がすぞ??」
「うー・・・・・、真里亞のため?」
「そうだ、お前のために!俺はお前の服を脱がす!!」
決してやましい気分じゃねー!何しろ俺にそんな趣味はねーからな!!!
本人に、というよりは自分に言い聞かせる為に宣言した後でシャツに手をかける。
それにしても本当に弱っている。本当に早く着替えさせたほうがいいのだ。
楼座の職業柄というべきか、凝った可愛らしい服を着せている、と思いながらもフリルのついた服を脱がしていく。
我知らず喉がごくりとなったのを振り払うように左右にひくとようやく真里亞の肌が見えた。
一瞬そこで戦人の目が見開き言葉を失った。白く細い柔肌についた所々の痣。
なんだ、これ、とか、真里亞に訳を尋ねようとしたが戦人は我に返り下着状態になった真里亞の上から濡れていない布でその体を巻いてやろうとする。

「うー・・・戦人、下着、気持ち悪い」
真里亞の言葉に手が止まった。
「は、はぃいいい・・・?」
「下着も、濡れてて気持ち悪い」
真里亞の訴えるような目線に気づかないように目線が泳ぐ。真里亞は今にも泣き出しそうな表情で気持ち悪いを訴えている。

「・・・・っ〜」

戦人は意を決したように真里亞の下着に手を掛ける。
端と端を摘むように出来るだけ肌に触れないようにと。
しかし雨でぐっしょり濡れて肌にぺっとりとついている為なかなか上手くいかない。仕方がないので肌に触れていく。冷たい滑らかな肌の感触。

「真里亞、その、足、もう少し・・・ひろげ・・・てくれないか・・・」


うがぁああああ!!!
自分で自分の言葉に泣きそうになる衝動を押えつつ
戦人は震えそうになる声でなんとかそれだけ告げると真里亞の膝がゆったりと動く。
戦人は息を吸い込んだ後でその爪先まで落として足にかかった小さな下着を横に置いた。下半身も拭いてやった後でシーツで真里亞をぐるぐるに包み上げて大きく息を吐いた。
息をついた後で自分もベストを脱いでシーツを身に纏う。
奥の部屋に暖炉があったのをみつけたので真里亞を抱き上げて移動し火をつけた。
少しずつ温まってくる部屋の温度に安堵の溜息を落とした後で戦人は額にかかった真里亞の髪をよけてやる。
長い睫、苦しそうな表情。体温を少しでもわけてやるかのように抱き寄せる。
「・・・・なぁ、真里亞」
体に出来た痣の事をぼんやりと聞こうかと口を開く。
真里亞はそれに気がついたのか横目で戦人を見る。
無言の重圧に彼女が喋るな、と言っているのを理解する。
戦人は口を噤み真里亞の顔を撫ぜた。

「災難だったな、真里亞が死ぬかと思ったら怖かったぜ」
話をかえようと語りかけながら頭を撫でる。
「うー、災難じゃないよ、真里亞は死ぬのは怖くない、魔女が黄金郷につれていってくれるから」
真里亞がなんて事ない、という風に答える。
またその話か。戦人は溜息をつく。真里亞の言う魔女の話やら黄金郷の話は信じられない。しかし弱っている真里亞の話を否定するにもいかないし下手な事をいっても此処には助け船を出してくれる兄の姿もない。
「それは凄いな。じゃあ真里亞に怖いものなんてないのか」
戦人は肯定こそが正解と言わんばかりに真里亞の話にのってやり笑いかける。
「うー・・・真里亞にも弱点はある」

真里亞はぼそりと呟いた。
その時一際大きな風がふきがたがたと窓を大きく揺らした。びくりと戦人の肩があがる。驚きで礼拝堂の中を見回したが特に変わりはない。
時間感覚が狂っていて分からないが今は何時くらいなのだろう。
戦人はぼんやりと思いながらも真里亞を抱き寄せる。


「それで、真里亞の弱点ってなんなんだ?」
自分の中に生まれた恐怖を誤魔化す為に真里亞に先を促した。
しかし真里亞から答えは返って来ない。
疑問に思い真里亞の顔を見ると真里亞は虚空をじっと睨んでいた。

「言わない、他の魔女が聞いているから」


きっぱりと宣言された。戦人はその方向を見るがやはり其処には何もない。

「他の魔女って・・・ベアトリーチェか?」

真里亞が信仰する魔女の名前を呟くが真里亞は首を横にふるばかり。
「違うよ、ベアトリーチェじゃないベアトは今忙しいの」
猫などが時々何もない空間を見てじっと動かなくなる事がある、あの時の同じような感覚。何もない。わかっているのにただ不安が背中に張り付いている。何もない空間をみながら真里亞は楽しそうに口を歪め続ける。
「魔女ってそんなにいるのかよ」
苦笑いで聞けば真里亞は上半身を起こして戦人の顔に自分の顔を近づける。その一指し指でゆったりと戦人を指差す。
「いるよ、沢山。戦人には見えないだけ、きひ、きひひひひひひひひひひ・・・・・!!!!」

不気味な笑いを零しながら真里亞は頬を歪めて笑った。
戦人は眉をよせてその声を聞いている事しか出来ない。
「じゃあ俺が退治してやるよ」
「無理無理、戦人じゃ無理だよきひひひひ」
「わかんねーだろう、真里亞ぐらい守ってやれるよ」
「無理、皆死ぬよ戦人も真里亞もママもでも悲しむ必要もない」
「だから、人の神経を逆さ撫でするような縁起でもねーこというんじゃねーよ!!」
戦人が怒っているという事は一目瞭然で真里亞は肩を寄せて怯えたように目を強く瞑っていた。
だから戦人の方がその過剰な反応に驚いてしまった。
怒る気力などもうなかった。
「・・・ママは真里亞が死んでも悲しくない」
「・・・・俺が真里亞が死んだらすっげー悲しいぜ」
真里亞の目は驚いたように戦人を見ていた。
戦人は構わず声を続ける。

「真里亞が死んだら、すっげー悲しいぜ、悲しい・・・・ああ、きっと凄く・・・・・・」
少しでもそれを証明しようかと真里亞の頬を撫でていた。
顔をやけに近づけてその瞳を覗き込んでいれば真里亞は鼻先に軽く唇を落として子猫が甘えるように身を寄せてきた。

人の死など
見慣れた所でその事実に慣れる事などないのだ。
戦人は体験をしたからこそそれがよくわかっていた。
それがまた親しい者や親族であるなら尚更だとも思った。
それでも言ってしまえば真里亞とは六年前。しかも当時の真里亞は3歳。初対面に近いといっても過言ではない間柄かもしれない。
でも
今、眼の前で不気味に笑うこの少女が死んだら戦人は自分が大きく悲しむ確信があった。


「だから、頼むから、そういう事いうなよ」
戦人の言葉に真里亞は答えなかったが沈黙を肯定と受け取り戦人は真里亞の細い肩を抱きしめて丸くなった。熱源を求めて強く、その小さな項に顔を埋めて何処かいい香りのするその匂いを吸い込み肺を満たした。
頭の芯がじんと甘く心地よく痺れていた。
その存在を確かめるため、我知らず撫でていた頬を近づけて口と口とをつけていた。
ぼんやりと『俺ってロリコンだったんだな』と悲しくなりながらももう一度戦人は口をつけた。真里亞と言えば意味がわかっていないのか戦人のその行動に不思議そうに首を傾けるだけだった。ゆるゆると触れるだけのキスを繰り返した後で戦人は
「真里亞、俺が全部なんとかしてやるから安心しろよ」
そう呟き真里亞をもう一度抱きしめた。





『うみねこの声だ』


ぼんやりと戦人の意識は覚醒する。
気がつけば空は先程の天気が嘘のように晴れていた。

「真里亞、真里亞」
優しく名前を呼びかけその肩を揺すったがまだ調子が出ないのだろう。
戦人は自分の背に真里亞を背負ってゆったりと林の中を歩き始めた。
地面がぬかるんでいるので足を滑らせないようにと振動で真里亞を起こさないようにとゆっくりと。

ようやく遠くにあった本家を前に戦人は安堵の息をついた。
心配をかけただろうか、早く真里亞をベッドで寝かせてやりたい、郷田さんに頼み込み暖かいスープの一つでも出して貰おう、など色々考えながら扉をゆっくりと開いた。





「・・・・・・・・・・・・え?」






鼻腔を掠ったのは古びた鉄のような匂い
目線に入ったのは広間と出て行く時とは違う圧倒的な違和感。
ホールには赤黒い色がぶちまけられておりその床には見知った人間が数人横たわっていた。
その中には郷田もいたし楼座もいたし譲治や自分の父の姿も混ざっていた。

戦人は呼吸の仕方も忘れて呆然と立っている事しか出来なかった。


「うー・・・・」
真里亞が背中でごそごそと動くのが分かった。

思わず見るな!と叫ぼうとした戦人だったが真里亞は小さな手を伸ばして何故か戦人の目を隠した。
戦人の視界は真暗に染まる。


「真、里亞?」
「だから真里亞は言った、戦人には真里亞を守る事は出来ないって」

そして真里亞はゆっくりと手を離した。
再び映りこむ景色。惨劇の様子。
その中で先程と違うのは一人の女性が立っている事だ。
彼の祖父が廊下に掲げた肖像画の女がその姿格好そのままの姿で佇んでいる。
真里亞はもう一度戦人の目を隠す。
戦人は膝をつき、がたがたとその身を震わせている。
荒い息を吐きながら今見たものの正体を思い出そうとしているのその頭を優しく撫でてやり真里亞はゆっくりと手を再びどけた。



そこには魔女の姿はなかったがやはり死体が転がっているのだ。
じんじんと感じる空気、その打ち捨てられた物体を見る。気配がないというだけで、異様な物があるというのに。空気そのものは軽い。


「戦人はいつだって見ている事しか出来ない」


もう期待なんて真里亞はしないよ、辿りつけるその日まで今日みたいに傍にいてくれたらもういいから。
真里亞は優しく囁いて血溜まりの中で膝をつき震えている戦人の首に手を這わせて優しく抱き寄せた。





















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