.
●魔女×戦人
●相変わらず過去捏造













宇宙ねこの話






右代宮戦人は実に六年ぶりとなる六軒島の訪問を楽しんでいた。
昔の自分の中の記憶と照らし合わせながら何が変わった何が変わらないを確認しながら幼い従姉妹の真里亞と歩回っていた。

無駄に多い部屋は前は大勢いた使用人達が住み込みで働いていた時のもの。
今は使われていない部屋がほとんどだった。なんでも祖父の気が触れてきた頃から皆、館を離れ始めたらしい。
確かに、静かなのに変わりはないが賑やかではない。
部屋の主がいないならと戦人は堂々と部屋の中に検索。
部屋の一つ一つの作り同じものだったが掛けられている絵や置いてある家具が違ったりする。


『・・・お』

いくつめかの部屋でそれを発見し戦人の表情が少し明るいものとなる。
「うー・・・戦人どうしたの?」
後ろをちょこちょことついてきていた真里亞が少し首を横に捻って聞いてきた。
戦人は口の端を僅かにあげて真里亞の顔を見る。
「みろよ真里亞、蓄音機だ」
うっすらと埃の溜まった機械に指を這わせて戦人はレコードを手に取る。
「結構古いタイプみてぇーだけど・・・動きそうだな」
外国人のスタイルのいい女性が傘を持っているパッケージデザイン。
円盤を取り出し台の上にのせて針を動かす。掠れた音の後に円盤が回り音が鳴る。
聞こえる曲は穏やかなメロディと英語。これもまた古いものだという事を感じる。
『流石、お叔父様こういう所はいい趣味だ』
西洋かぶれも利になるものだと戦人は思う。
自然と体を揺らしながらリズムを取っている真里亞に苦笑する。
「音がいいな」
暫く戦人は椅子に座って穏やかな気分でそれを聞く。
『・・・ん?』
しかし暫くしてそれが覚えのあるメロディだと気づく。何処で聞いたのか、思い出そうと考える。
「あー・・・ここで、か」
ぼんやりと六年前の記憶を思い出し呟く。
島に来て早々、乗り物酔いで体調を酷く崩した時に使用人のうちの一人が看病をしてくれた、その後ろでこの曲が流れていたのだ。
彼女は優しい顔をした初老の使用人。
蓄音機そのものは祖父のものだがこの部屋の主だったその使用人が自由に使っていた。
おやつ時になどにも彼女が好んでこの曲を流していたのを少しずつ思い出してくる。
熊沢に比べればまだ若い方だったが姿が見えない事から引退したのだろうか。
戦人は気になり真里亞に聞いてみれば彼女は動きをぴたりと止めてあの魔女関連の話をするときの嫌な笑みを見せた。


「うー、彼女はやめたんじゃないよ。魔女に食べられたんだよ」


戦人の顔が少し険しいものになる。気分の良くない言葉だ。
「おい、真里亞・・・。冗談でもそういうことはいうなよ。俺が世話になった人なんだからよ」
「真里亞、嘘ついてない、本当だよ、彼女は食べられたの、きひ、ひひひ、ひひひひひひひ」
彼女が魔女好きなのはもう承知の事だがそれにして性質が悪い。戦人がその頭を叩けば「あ、痛」と頭を抑える。
その大きな瞳にうっすらと涙を溜めて何か抗議したそうな顔でみてきた。
真里亞の口が開こうとした時だった。


「ニャー」


猫の鳴き声が部屋の中に響いた。
驚いて後ろを振り返り見てみれば窓枠に真黒な美しい毛並みをした猫が立ってこちらを見ていた。

「猫?」
この六軒島は祖父の屋敷しかない。住民も親族だけだ。
この島に何故、猫がいるのだろう。
『朱志香が飼いはじめたのか?』
暫く猫の独特なビー玉のような目と見詰め合っていた。
その空気を壊したの猫。一鳴きした後で優雅にそして真直ぐと戦人の方向へと歩いてきて足に体を擦り付けはじめた。
「うお、おおお・・・・」
くすぐったい感触に身が震える、その毛並みと暖かい感触に戦人は何処か感激したように言葉を落とす。
「なんだ、人懐っこいな」
頬を緩ませながら猫に触れようとすると猫は大人しく抱き上げられた。膝の上に乗せてみるが逃げる気配すらない。
「真里亞、みろ猫だ、ほら猫」
先程までの真里亞に対しての嫌悪などとうになくなり戦人楽しそうに真里亞に手招きをする。
しかし真里亞はその瞳でじっとその猫を見ている。
猫が戦人の上を爪を立ててよじ登り顔をザラザラとした獣特有の舌で舐める。
「いっひっひっひ、くすぐってーよ」
戦人は笑いながら猫の顎下を撫でてやり艶やかな毛並みを触る。猫は喉下でごろごろと音を立てている。しかし猫の動きがいきなり止まる。
不思議に思って眺めているといきなり顔に飛びついてきた。
「うをっ!!」
椅子が傾きバランスを失い戦人ごと後ろに倒れこむ。
驚いているその顔に足を乗せ猫は戦人の口付近を舐めはじめ、そのまま舌を潜りこませてきた。
「んっっ?!」
戦人が肩をびくりと上げて反射的に手を出そうとした、が、猫相手を振り払うわけにもいかずされるがままに口内を蹂躙されていく。柔らかな肉球の感触、猫はその口に自分の顔の半分を突っ込んでくる。
「んわ、まひゃあ、ふはけろ・・・!!」
真里亞、助けろ、と言いたいのだが言葉にならない。
猫とそれはそれは濃厚なキスを交わしながら戦人は涙目で真里亞に助けを求める。
しかし真里亞は何も言わずにじっとただ猫の方を見ていた。
「は・・・っ・・・ぅ・・は・・っ」
酸素を吸おうと口を開くがその僅かな隙間から毛が入り込み喉にへばりつき息が出来ない。
「〜〜〜〜〜〜〜んぁっ!!」

これは、やばい・・・!!!

流石に、戦人は手を出して猫を掴み上に上げた。
猫は抗議の鳴き声をあげたが呆気なく掴まれてくれた。

ぜーぜー、と荒い息を吐きながら戦人は咳き込む。
「真里亞助けてくれよ・・・」
「うー?戦人困ってた??」
「・・・もう少しで走馬灯を拝めるところだったぜ??」
毛玉を吐きながら戦人は疲れたように息をついた。
「戦人、今日は、優しい?」
真里亞が微笑みながら猫を受け取り呟いた。
「ぁあ?俺はいつだって優しいぜ?」
そう言葉を返すと猫が立ち上がり真里亞の首下の赤いリボンに噛み付き引張り解いてしまった。
真里亞がきょとんとしていると猫はそのまま真里亞の膝から降りて窓枠に立つ。
一度だけ振り返った後に窓から飛び降りてしまった。
真里亞が呆然としていたのは束の間。

直ぐにリボンがとられた事に気がついて火がついたように泣きはじめてしまった。
「うーーー!!うーー!!真里亞のリボン!!!!真里亞のリボン!!!ママが選んでくれた真里亞のリボン!!」
「わ、待ってろすぐにとってきてやるから、な??」
戦人は慌てて真里亞の頭を撫でてやりそのまま猫を追いかけて窓枠に身を乗り出し外へ飛ぶ。
近くで庭の手入れをしていた紗音が突然窓から出てきた戦人に驚き「戦人さま?!」と声をあげたが「おお紗音ちゃん、今急いでるからまた後でな!!」と言葉を落とし横を通りすぎていく。
黒猫の後ろ姿を追う。
また戦人はこんな事、前にもあったような気がする、と六年前を思い出す。
気分が悪くなり部屋で寝込んでいる時に猫が窓から入り込んできた。
その時その猫はその毛並みに触らせてもくれない高貴でプライドが高いものではあったが。
猫は母が大事にしていたブレスレッドを口に咥えて逃げ出してしまった。
ふらふらと弱った体で追いかけた気がする。

『それで、確か』

猫を追いかけ戦人は森まで入ってきた。
近くには川が流れておりその川辺の石に立ち猫は六年前と同じように戦人を待っていた。

『それで・・・・どうなった?』

荒い息を吐きながら戦人は猫を見る。
また、猫も戦人を見ている。


六年前はよろよろと猫に近づこうとした、その時に後ろから声が聞こえて普段は優しい顔をした初老の使用人が焦った顔で静止を呼びかけた。
そして戦人の前に立ち涙を零しながら猫に頭を下げた。

『魔女様、魔女様・・・・戦人様はまだ幼いのです、お食べになるならどうかこの老婆をお食べ下さい、戦人様には手を出さないで下さい』

猫がゆっくりと口を開いた。
「誇り高き家具。よかろう、お前の心意気を称え妾は金輪際、右代宮戦人に手を出さぬ」

猫は女の声でそう告げていた。
六年前の戦人はそこからの記憶がない。
無意識に今まで思い出さないようにしていたのだろうか。

そして今、眼の前にその猫がいる。真里亞の赤いリボンを咥えてこちらを見ている。
戦人は今自分が嫌な汗をかいている事に気づく。

猫は後ろ振り返り再び逃げようとしたのだが猫は足を踏み外したのか川へ落ちてしまった。
小さな水飛沫が上がり猫が悲痛な声で「ニャーニャー」と足をもがかせている。
化け物に見えていた存在がただの小動物に戻った。

『そうだ、あんなの記憶違いだ、猫が喋ったりするものか!』

少し迷いつつも意を決して戦人は猫の為に川へ飛び込んだ。
海から続いているだけあり川の水は塩辛く、重く、冷たい。必死に水の中をもがき猫のその小さな体に手を伸ばした。



その瞬間

猫が水の中で動きを止めて戦人を見た。
そして口を開けていく、その大きな口は猫の体より大きく開き戦人を飲み込めるまでに膨れ上がり、そして、
















「うー!うー!戦人、お帰り!」
部屋に帰ると真里亞が両手を広げて出迎えてくれた。
戦人はまだ何処か回りきれない頭で椅子を引いて座る。全身ずぶ濡れで体は冷えて冷たかった。
音楽はまだ鳴り止んでいない。つけたまま出てしまっていたのを思い出す。


「おれ、」

食べられなかったっけ?

ぼんやりと考えながら真里亞が持ってきたタオルを素直に受け取りその柔らかな感触に顔を押し付ける。手にはいつの間に取り返せたのだろうか、赤いリボンが握りしめられていた。真里亞に渡すと彼女は嬉しそうにその濡れたリボンに頬を当てて微笑んだ。
『猫、』
溺れてしまったのだろうか、
心配になり真里亞に答えを聞くために目線を向ける。真里亞はその場にいなかったというのに。
小さな魔女は何処か大人びたふうに余裕のある笑みを向けて戦人の手からタオル取り頭を包んで

拭いてやる。
「きひひひひ・・・・大丈夫だよ、戦人」

・・・何が大丈夫だというのだろうか

「魔女はあんな事で死んだりしないから」

「ま、じょ」


戦人が口を開き言葉を落とす。
六年前の記憶。
あの後、がり、ぼり、ごり、と行儀が悪い食事風景と音が耳に響いていた。
曖昧すぎる記憶の中で老婆に噛み付いていたのは猫ではなかった筈だと思い出す。
それが何だったか、もう少しで思い出せるという時に、ガチャリと音が響いた。
先程自分が入ってきた扉が開き其処から戦人と同じで水辺に落ちてしまったかのようにずぶ濡れになった女が入ってきたのだ。
 それは肖像画で見た事のある女であり六年前の封印していた記憶の女であり。
彼女はいつもはきっちりと纏めている髪を落とし軽装は濡れて体に張り付きその形のいいラインを浮き彫りにしている。
ぶるぶると猫のように身を震わせ戦人の前まで椅子を引き腰を下ろす。
膝と膝が触れ合う距離に、思わず戦人が足を引いたが細く白い素足は伸びて逆に戦人足に絡ませた。
真里亞から戦人と同じようにタオルを受け取り髪から水分を抜き取るように拭く。

そして顔の水滴をふき取りはじめ、その間から見えた青い、青い、美しい瞳は戦人に対して妖艶な笑みを向けた。

「礼を言うぞ、戦人」

女が身を乗り出し吐息が当たる距離で口を開いた。

「妾を救おうとしてくれた心意気に・・・・のぉ?」









戦人は息を吸い込んだ。



「この、うそつき」


魔女にはそれが一体何に対してだったのか心当たりが多すぎたがそのどれもが彼の心の古傷を抉りまたは新しく傷つけたのだと知りとても愉快そうに笑った。



古く穏やかなメロディだけが部屋の中に流れ続けている。



















うそ!うそ!
くちから
ほのおだってはく
こうかつで
ずるがしこくて
そしてゆうがでうつくしい
ばけものの
はなし!!












あきゅろす。
無料HPエムペ!