●嘉音×戦人
●EP2沿いの話














「お目覚めですか、戦人様」


戦人は答えず今だぐわんぐわんと揺れる頭で前を見た。眼の前にいるのは祖父に仕える自分達を『家具』と呼ぶ使用人のうちの一人。この前まではあまり会話という会話すら交わした事がない人間だった。
窓の外は夕暮、時間にしてついこの前までは親族達と楽しく食事をしていた時間帯だな、と推測。
嘉音や紗音、他の使用人達が飾りつけたであろう美しい薔薇庭園が夕暮の強い光で赤く染まっている様をみながら今は一体誰が世話をしているのだろう、と考えた。

「心配しなくてもちゃんと世話はしてますよ」

目線で気がついたのか嘉音は答えた。
『・・・そんな時間あるのか?』
戦人の本当に答えて欲しい事はそこではない。
戦人は嘉音を少しだけ見たが彼の無表情は崩れない。
舌打ちをした後で戦人は座っている椅子から上半身を僅か前に傾けた。
ぜー・・・と息を吸い込んで戦人は体に力を入れて手足を強く前へ動かす。


鈍い音が、金属音が部屋に低く響く。



鳴るのは金属と金属が重なる音。
戦人の手足は一定場所から動く事はない。



布が裂け肌を傷つけても鎖の感触を気にも止めずにそれを繰り返す。

嘉音はやはり無表情でその様を眺めていた。

『やっぱり、びくともしねーな・・っ』

額から流れた汗が目元を伝う感触、戦人が荒い息を吐きながら力つき肩を落としていると嘉音の声が聞こえた。


「まるで猛獣みたいですね」

戦人は僅かに顔をあげて髪に隠れがちの目で嘉音を見た。

「・・・でも、獣でも繋がれて何日もすればそれが無理である事に気づきます」

嘉音は変わらず抑揚のない声で戦人の目を真直ぐ見ながらはっきりとした声で告げる。
言いながら机の上にある香に手を伸ばし火をつける。
紫色の煙があがり部屋に甘い匂いが立ち込める。
吸い込めば痺れが走り頭の中が麻痺していくのを感じる。

「嘉音くん・・・その匂い消してくれ」

ようやく戦人が口を開いた。
嘉音は少しだけ口元を緩めて表情を和らげた。

「戦人様、申し訳ございません。貴方に従う権利が今はありません。ベアトリーチェ様に戦人様が暴れたら焚くようにといわれていますので」
「いっひっひっひ、さっきから俺は獣以下だとでもいいたいのか?」

掠れた声で笑う戦人に嘉音は首を横に振る。
「諦めてほしいだけです。戦人様はベアトリーチェの大切な客人ですので」

だからって24時間鎖に繋いで監視し続けるその神経がわからねーよ。
戦人はもう声に出す事も億劫な事柄に息を吐く。
最後にまともな食事を取ったのはいつだろうか。
最初は口元まで彼が運んでいたが何度も跳ね除けその手に噛み付いた為、今は食欲を問われる事もなくなった。
トイレの方だけは繋がれた鎖を伸ばしてもらいこの部屋に備え付けられたとこに行く事を許されてはいたが。
其処まで考え戦人は鈍く咳こむ。
部屋を充満しつつある煙を吸い込んだため、肺まで満たす甘い匂いが回り思想が上手く纏まらない。


「僕はベアトリーチェの命令に従うまでです」

戦人はその言葉に改めて嘉音の顔を見る。

こちらを見る目は険しくその目の下には酷い隈が出来ていた。
どちらかというと彼の方が寝ていないかもしれない。
家具、家具、家具、と罵られていた彼の姿を思い出す。
何も反論せずに静かにその足に口付けをする姿。


「あの、魔女に・・・差し出されるぐらいなら、舌を噛み切って死にたいと思ってる俺の気持ちはどうな、る?あの魔女にいいように使われて悔しくないか?」
呂律が回りきっていない言葉で告げれば嘉音は目線を戦人に向けた。

「・・・僕は家具ですから、戦人様の気持ちは察しかねます。ただ・・」

嘉音は近くに置いてあった鉈を手に取り戦人に向ける。
戦人はそれが怯えの対象であると頭の中では分かっていつつもそれに応じた反応が出来ない。
頭が鈍い、重い。
嘉音は鋭利な切っ先を器用に使い戦人の襟首のボタンを切り落とし始めた。

カラン、カランと乾いた音を立てボタンが床を跳ねる。

「・・・嘉音・・・くん、なに・・やってんだ」
ようやく口を開きぼんやりとした口調で聞けば嘉音顔がやけに近くにあった。
「悔しいと思わないわけではありません」
冷たく硬い金属の感触をゆったりと肌に感じる。
どくどくと対応するかのように戦人は自分の心臓の動きを耳にする。
嘉音は身を乗り出し戦人の膝の上に膝を乗せ、苦痛で眉を寄せるのも構わずシャツを開く。

「あの魔女に一泡ふかせましょうか」


目を伏せて申し訳なさそうに頭を下げた後で嘉音はゆっくりと肌に手を這わせる。
背筋がぞわぞわと泡立つ感触。
「・・っぐ」
言葉に出し静止を促すが嘉音は無表情で戦人に触れてくる。
嘉音は決して力がある方ではない。しかし今は体は拘束され体力もない上に鼻腔を擽る匂いのせいで頭が酷く鈍い。

「魔女の楽しみを僕が奪う事で」

嘉音は言いながら眉一つ動かさずに戦人の首筋に口をつけて吸い上げる。
「っっん・・・・」
戦人が身を動かせばじゃらりと鎖がなった。
整った中世的な顔。黒い瞳が近い。それを確認した次の瞬間にはその口が覆い重なっていた。
「ん・・・・っっっ」
苦しげに呻いた後で戦人はその下唇に歯を立てた。

嘉音は痛みで目を細め、鉈の柄で戦人の腹部を強打し薙ぎ払い距離を置いた。
荒い息を吐きながら信じられないものを見る目で戦人を見ている。
ぼたりと唇から落ちる血を見て嘉音は袖で血を拭う。

「本当に、獣みたいですね・・・!!」
「いっひっひっひ・・・うっせー・・・よ」

痛みで顔を青ざめながらいそれでも戦人は笑っている。
嘉音から目を離さずに。

「・・・・魔女にやられて悔しいから、仕返しを考えたり、そうやって反撃に動揺したりする、」

動揺しているのか驚きでまだ目を丸くしているその姿を見て戦人はぼんやりと口を開いた。

「・・・・・嘉音くんの、どこが家具なんだよ」

ぼそりと、本当に思った事が口から零れた。
痛みのお陰とでもいうのか思考は幾分クリアになってきている。
その中であの魔女に言ってやりたかった。

「嘉音くんは人間だよ、人間じゃねーか・・・・」


戦人が考えていると鈍い音が響いた。
目線をあげると嘉音が手を顔で押さえていた。
「お、おいどうしたんだ、どこか痛いのか」
戦人が思わず声をかけると嘉音は戦人に手を回していた。
そしてその肩に顔を埋めている。

「おい、嘉音くん・・・」
「・・・朱志香様を殺した疑いを掛けられた時もですが・・・」
「?」
「どうして、」
「え?」


「どうして貴方は僕の欲しい言葉を知っているんですか・・・?」



語尾が少し震えており声は湿っていた。
戦人はぎょっとしてその背を見る。
『・・・まさか泣いてんのか?』
おろおろとどうすればいいのか、戸惑う。
手足を拘束されて、自由を奪われて監視しつづけられた彼に恨み辛みがないわけではない。
しかし、分かっているのだ、彼には彼なりの何かがあり仕方なくベアトリーチェに従っているという事は。


その考えに至ってもう一度「嘉音くん・・・」と呼びかける。
嘉音は顔をあげ身を放した。
その目に涙などなく、いつも通りの無表情の何処か不機嫌そうな顔に違いはなかったが。

「お見苦しいところをお見せしました」

嘉音はそう告げると戦人から距離を取り鉈を拾い座り込む。

「・・・外してはくれないのか」
「・・・人質がいますので」

その一言で彼の現状を理解して戦人は文句を言うのを諦めた。

そしてぎらぎらと濁った目で再び戦人の監視をはじめる嘉音に溜息をついた後、戦人は再び手足を動かしはじめた。
肌が裂けようとも肉に食い込もうとも、
此処にいるわけにはいかないのだ。
彼もまた、自分を逃がすわけにはいかないという。

二人の人間がお互い無言で片一方は椅子に縛られたまま
一人は命令に縛られたままいつ終わるか分からない時間を神経を張り詰めさせながら過ごしている。


なぁ俺達二人は魔女に放置プレイされているんじゃないかな。
などと言ってしまえば彼は逆上してしまうだろうか。


戦人は考えながらもなんとなくあの魔女ならやりかねないな、と

深い溜息をついた。

















第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!