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●留弗夫+戦人
●×よりなので要注意
●少し捏造
「あなた」
留弗夫はぼんやりと薄目を開けたら今は死んでしまった自分の妻が笑い掛けていた。
妻、明日夢がゆったりとした口調で喋り掛ける。
紅い髪を耳に掛けながら「ねぇあなた」と呼ばれる。
中性的で如何にも良家の娘と分かる品のある美しい顔立ち。優しい笑み。
しかし留弗夫はそれを酷く煩わしいものをみるように横目だけで映した。
『・・・最初から気乗りしない結婚だったんだよな』
何が原因かと言われればそれといった答えなどあげられない。
だからか留弗夫の好色ぶりは結婚後も収まる事はなかったし家に帰れば必ずいる彼女の存在に次第に苛立っていた。
嫌いではなかったと思う、ただ煩わしかったのだ。
一人の女に束縛される事が嫌だったのか単に彼女と質が合わなかったのか。
愛を問われればそんなものは何処にもないと笑っていた事だろう。
『…いや、一度だけあったか?』
あれは何時の事だったか。
『一度だけ、この女に欲情した事があった』
「貴方は会うの久し振りでしょう?」
霧江が笑いながら留弗夫の横を歩く。
その言葉に自分に反感を持ち家を出てずっと亡き妻の実家のほうに身を寄せていた息子の事を思い出す。
これが再婚相手の霧江とは定期的に会っていてその上、仲がいいときたからおかしな話だと留弗夫は思う。悪魔で気に入らないのは自分だけだという事か。
周りの親族が不幸な目に合い実の父親として引き取る事になったが、
最後に顔を合わせたのは三年ぐらい前か?
留弗夫が指で年月を数えていると霧江がそんな横顔を覗きこむ。
「これからはちょくちょく帰ることにするって」
「なんだぁ、あいつまだあっちに居座る気なのか?」
「服とかが残っているみたいよ」
どう考えたって言い訳だろう、それ。
留弗夫は言葉を飲み込むが霧江には伝わってしまったらしい。少し苦笑させてしまった。
ぼんやり思いながら待ち合わせの場所まで歩く心中は何処か複雑だった。
朝、留弗夫は久しぶりに妻の夢を見た。
夢というよりは思い出。
今は霞んで声すらまともに思い出せなかったというのに随分と鮮明に。
「いたわ」
霧江の言葉に目線をあげる。待ち合わせ場所に一人の男が立っている。
目についたのは鮮烈な赤色。
心臓が嫌な感じにどくりと高鳴った。
「戦人くん」
霧江に呼ばれたら向こうに立つ男の肩が揺れてゆったりと振り向いた。
ああ、あれが戦人か。
そう思うと同時にその横顔が、髪の色が留弗夫に朝、夢にまで出た妻を彷彿させた。
心臓が嫌な音を立てている。昔から顔立ちは妻似だとは思っていたが。
子供の成長期を立ち会わなかった親としてはその変化に戸惑いを覚えていた。
「おぅ、霧江さん!」
しかしその顔が二カッと陽気に笑った為その面影がぐにゃりと歪んだ。
妻のその様な顔を留弗夫は見た事がなかった。
凝視しているとその視線に気付いた戦人が怪訝に眉をよせた。
「親父もいたのかよ」
その一言でようやく記憶の中にある息子と目の前に立つ男が重なる。
「これから世話になる親になんて事いうんだよお前は」
子供の頃のようにその耳を引張ってやる。
「いたたたた!!やめろって、」
手を離せば戦人は少し不機嫌そうな顔をしつつも自分の立場をわきまえているのか口の端を少し上げて笑った。
「…中身は全く変わってねーな」
「たりーめだろ?二年や三年で変わるかよ」
戦人に苦笑する。
図体だけでかくなりやがって。
言葉に出そうとしたが戦人の目線が留弗夫の首筋に止まった。
「?」
戦人は少し睨む形で背中を向けて「じゃあ…いこうぜ、」と呟いて歩き出す。
『まだ恨んでんのかねぇ?俺を』
当たり前と言えば当たり前の事を考えながら留弗夫は足を進め出した。
明日夢がにこやかに笑いながら手に洒落た子瓶をちらつかせる。
真赤な液体が入ったそれは昔、留弗夫が気紛れに妻に贈ったマニキュアだ。
赤を含んだ筆が留弗夫の足の小指に垂らされる。足がびくりと動き彼女の手がずれて手の上に赤色がついてしまっていた。
「知っている?男性の足の小指に赤いマニキュアがついてる意味」
寝ぼけたままの頭は回らない。留弗夫はただ首を横に振る。
「この男は浮気をしていますっていう意味らしいわ」
クスクスと笑いながら細く冷たい指先が留弗夫の足を撫でる。くすぐったいような感触を感じる。
あの日の彼女はいつもと少し違った度重なる自分の浮気についに怒りも頂点に達してしまったのだろうか。
『確かに足の小指なら塗られた本人は気付きにくいだろーな・・・・。。
行為の時とかで服を脱ぎ相手の女が気づけばそれなりに雰囲気は悪くなりそうだ』
浮気相手が塗っていれば妻にその存在がばれてしまうだろうし、妻が塗れば私は気がついているぞという相手への威圧にもなるだろう。
「今回はそういう目的じゃないの」
彼女は微笑む。
「教えてあげるのよ」
なるほど、相手にこれは自分のものだという警告をするという事か、
ぼんやりと口に出せば彼女は首を横に振った。
「だって可哀相でしょう…」
「お前がか」
即座にそう聞いたのは自分でも罪悪感があったからか。
「いいえ」
首を振る。
そしてとびっきり汚い物をみるかのように目を細めた
「貴方なんかに騙されている浮気相手が…可哀相でしょう?」
酷い皮肉だと思った。
彼女は赤いインクがついた手で唇を擦った。
口紅をつけたように赤く染まる口唇、
その様は酷く煽情的であり蠱惑であった。
起き上がりその両手を掴みベッドに強く押し付けた
普段纏めている髪が散ばり挑発的に歪められた目が普段の彼女とは違う雰囲気。
顔を近づけ乱暴に口付けを交わした頃にはもう完全に呑まれていた。
後にも先にも突き動かされる衝動のみで妻を押し倒した事はなかった気がする。
「留弗夫?」
呼ばれて目を開ける。
気がつけば霧江の肩にもたれ掛かっていた。
ここはまだ車中。どうやら転寝をしていたらしい。
そんな留弗夫を見て霧江はクスクスと笑う。
「疲れているの?」
理知的な顔立ちが上品に微笑んだ。
妻の夢を見ていた、などと口が裂けても言えないな、などと苦笑。
「う…ぅ〜…、、」
その時、後ろから盛った猫のような声があがり振向くと戦人が窓際で蹲り丸くなっていた
。
「うをぉお・・・・・!!!!・・・・ぶつかる、ぶつかる、ぶつかるーーーーーーーー!!!」
「お前、まだ乗り物駄目だったのか?情けねーな」
「こんなに早くなかったら車ぐらいなんともねーよ!!早いだろう!これ、はやいだろぉおおおおお・・・・!!!!!」
戦人は青い顔で悲鳴をあげる。
言われてみれば確かに少し速度が高い気はするが。
車でこれなら10月に集まる親族会にいく時の船や飛行機はどうするものやら。溜息混じりに考えていると車が自分達の屋敷に止まった。
ブレーキ音と戦人の悲鳴が重なった。
留弗夫はやっとついたと伸びをする。
まだ車内にいる戦人を流石に心配になり「おいおい大丈夫かよ」と車内を覗き込み声を掛けた。
その時、
戦人の腕が伸びてきて留弗夫の頭を近くに引き寄せた。
戦人が口を開ける。
「首筋」
耳元で呟かれた。
「あ?」
「跡がついてるんだよ」
言われた直後、意味をすぐさま理解して留弗夫は首筋を抑えた。
シャツをずらし車のバックミラーで自分の首筋を確認した。
そこには薄く、しかし明らかにそれと分かる赤い跡。
急いでシャツを寄せて隠す。
「霧江さんはここ一週間は俺と行動してたからそれは違うよな」
「…やけに詳しいじゃねぇか戦人」
半笑いの留弗夫に溜息をつく。
「誤魔化すなよ」
視線を逸し車の外で待っている霧江を見る。
「霧江は気付いてると思うか?」
声を下げて戦人に囁けば戦人は軽蔑の交ざった目で「知るかよ」と答えた。
「あー・・・でもあの人は勘が鋭いからな」
付け足された言葉に血の気が引く。
「今は霧江さん一筋じゃなかったのかよ」
「一筋だよ」
即座に答えれば戦人は諦めにも似た大きな息をついた。
信じられねぇ、という顔をしている。
「信じられねぇ」
あ、こいつ言葉にもだしやがった
留弗夫はシャツを上げつつ戦人を見た。
早々と歩き出しながら霧江の横を歩きだしていた。
久しぶりの家につきぽつりと「何も変わっていないな」と呟いた戦人の言葉が家を指すのか自分の事を指したのか留弗夫には分からなかった。
霧江が戦人に優しく「お帰りなさい、戦人くん」と微笑めば何処か複雑そうな顔をしつつも戦人は口の端を吊り上げて笑った。
霧江は昼になれば作ったお粥を持って縁寿のもとへと持っていく。
季節の変わり目のたびに風邪をこじらせてしまう彼女に付き添ってやるらしい。
やけに大きい机の上に二人分だけの食事が並ぶ。
使用人達は誰も無口。
六年ぶりに食卓に父と息子が揃った。
血が繋がっている者同士が顔を向かい合わせている。
『髪はあいつ似、目もあいつ似、鼻は・・・俺似だな。口はあいつ似』
時折盗み見ながら肉にナイフを入れる。肉汁が溢れて皿に落ちソースの上に油が浮かぶ。
備えられたポテトを磨ったサラダにつけて食べる。
『体格はいいけどよ、なんだ・・・まだ組み敷けそうだよな』
手を纏めて直ぐに何かに結びつければ抵抗も押さえ込める、嫌がり声を出そうとするならばシーツを噛ませればいい。首筋が弱いのはあいつと同じだろうか、それならもう一度みてみてーな、あいつのよがってるところ、
などと一頻り考えた後に
『何かんがえてんだ、俺は。こいつは戦人だろうが』
先程まで考えていた事を静かになかった事にした。
お互い料理のマナーは完璧で後はカチャカチャと食器と食器が重なる金属音だけが響いている。
だから回りの音を敏感に耳に入れてしまう。
針時計の針の音までが煩い。
留弗夫が再び目線を向けたならば今度は戦人の射抜くような目と合ってしまった。
戦人の細めた目には侮蔑が入っている。
「言わねーよ」
「あ?」
「だから、霧江さんにはいわねーから、そんなねっとりと見るなよ」
そう答えた後に戦人はスープを掬い口に運んでいた。
「だけど軽蔑はするぜ〜・・・?」
「軽蔑、かよ」
「いっひっひっひ尊敬はできねーだろ?」
口の端を意地悪に吊り上げる。
『性格は、俺、似だな』
嫌な話だ、などと考えながら留弗夫はナイフを深く食い込ませた。
あとはこれといった会話もなく食事を終えたら戦人は持ってきていた小説を開き目を通している。
お前が小説ってガラかよ、と言ってやろうかと思ったがそこから会話を広げられる自信は今はなかったので留弗夫はソファーに身を沈ませていた。
どのくらいそうしていただろう。
まどろみに浸かりつつあった意識がぼんやりと覚醒していく。
目線を下げると足元に赤い髪が目に入り自分の下にあった戦人の顔と目があった。
「なぁーにやってんだよお前は」
頭が回らない。
最近仕事関係や色々とあったせいで寝不足なのだ。
戦人はその問いかけに答えずただ手に持った落た子瓶をちらつかせる。
心臓が跳ねた。
真赤な液体が入ったそれは昔、留弗夫が気紛れに妻に贈ったマニキュアだ。
何処でそれを、
言葉が出る前に戦人は笑う。
「なんだ、起きたのかよ、」
つまらなそうに呟きながらも足を掴んだままで離そうとしない。
赤を含んだ筆が留弗夫の足の小指に垂らされる。
足がびくりと動き彼の手がずれて手の上に赤色がついてしまっていた。
「知ってるか?男の足の小指に赤いマニキュアが塗られてる意味」
「しって・・・・・る」
「なんだ、つまんねーの」
丁寧にぺたぺたと狭い面積に筆を落とす。
「いひひ…可哀相だから教えてやらないと駄目だろう?」
「…可哀想…ってお前がか」
いつかの風景と重なる。
「?なんで俺なんだよ」
そうだ、これは自分の息子なのだ。誓いを裏切った事に罪悪を感じる相手ではない。
留弗夫は落ち着け、と自分に言い聞かせる。心臓が早鐘のように早くて仕方ない。
「…ああ、霧江か」
首を振る
「霧江さんもだけどよ、」
そしてとびっきり汚い物をみるかのように目を細めた
「親父なんかに騙されてる人がさ…可哀相だろう?」
赤がついた手で口を擦った。口紅をつけたように赤がつく。そのままの顔で戦人はにやりといつか何処かで見た様な優雅なそれでいて邪悪な笑みをみせた。
背筋がゾクリと世俗的な欲望の熱で震えた気がした。
その手を纏めて何処かに縛り付ける為に留弗夫は自分の手を伸ばした。
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