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●DV
●楼座小説













楼座は優れた音楽家が嫌いだった。
特に死後に認められた音楽家が嫌いだった。
音楽家に限らず偉業を成し遂げた人物を尊敬こそはしたが死後の話となれば惨めなだけだと思っていた。


『正しき者の唇は静寂を告げ
真実を告げず苦難にただ耐える。

いつか皆に認められ謝罪の言葉を聞き大きなその掌で頭をたっぷりと撫でて貰う為に』


幼い楼座は大きなクマの人形を片手に引き摺りながら広く大きな廊下を歩く。
その足取りは見知った家だからこそ確かでそして遠慮のないものであった。
遊んでいても怒られない部屋に辿り着くと楼座は柔らかく微笑み今まで引き摺っていたクマの人形を丁寧に座らせ彼女のお気に入りのマグカップを前に持ってきてゆるやかにお茶会にご招待するのだ。
時折金色の蝶が紛れ込んでくる事もあるそのお茶会はいつも賑やかで楽しい。
「おかわりはいかが」
楽しげに笑いながらクマの返事を待っていると外から騒がしい声が聞こえた。
姉である絵羽が友人を連れて帰ってきたのだ。
そして絵羽は楼座を見る。自然と楼座は肩に力を入れる。
楼座はこの年の離れた姉が苦手で嫌いだったのだ。
絵羽の友達達は楼座を見て眉を寄せている。自分達がこれから遊ぶ空間に彼女がいる事が不満のようだった。
しかしそれは楼座も同じ。今自分がこの部屋を先に使っているのだ。後からきた姉に譲りたくはなかった。
絵羽は知ってか知らずかそんな彼女を見下ろしながらクマの人形の頭を撫でて彼女に微笑んだ。

「ほんとうに楼座は、、、、」













「本当に真里亞は一人遊びが上手いな」

楼座は自分の心臓が大きく跳ねたのが分かった。
眼前には六年ぶりに見る立派になった甥の姿。

「い  ま、なんていったの」

戦人は真里亞の方見ながら微笑んでいる為に楼座の声が今震えているとかその目が驚愕に開かれている事に気がつかずに苦笑するように笑う。
「ほら、俺なんて誰も相手してくれなかったらその場で暴れて大人を困らせたりしてた気がするしよ。その点、真里亞は一人でもちゃっかり自分のしたい事して楽しんでるだろう。偉いなぁって」
 朗らかに笑うその顔に悪意はない。
自分が、いや真里亞が褒められているという事に気づくのに楼座は時間を要してしまった。
「?どうしたんっすか」
返事が返ってこない事を疑問に感じた戦人が気遣いの声をかけた。楼座は慌てて取り繕うように穏やかな笑みを浮かべた。
「いや大丈夫よ」
「本当ですか?顔色も悪いですよ。気分が悪いなら夏妃伯母さん辺りに薬もらってきますけど」
「うん、本当に大丈夫だから。ほら、真里亞もちらかしたら戻しておきなさいよ」
その言葉に真里亞は振り返り素直に首を縦に振る。
 戦人は「じゃあ次は俺と遊ぼうか〜!!」などと笑いながら席を立った。

楼座は座り心地の良い椅子に深く腰を埋めながら重い溜息を吐く。

紛れもなくこの家は自分が生まれ育った家ではあるが嫌な思い出しかない。そう思ってしまう。
意地悪な兄弟と自分を家具と主張し自分を決して助けてはくれない使用人達。
 そしてそんな境遇にある自分を哀れむどころか酷く矮小なものをみるかのように見下す父の姿。
完璧でなければならないのだ。
それが無理ならせめて右代宮の名前に恥じぬ人間にならなければならないのだ。
努力はした。生きた必死に生きてきた。
それなのにあの娘ときたら


「きひひひひひひっひひひっひ・・!!!!!!!!!!!」


ぞわりと背筋が冷えて自分の頭が真っ白になっていくのを感じた。
娘の笑い声に目が見開いていく。
目線を向けると戦人が驚いたような顔をして自分の娘を見ていた。
 可笑しな者を見るあの独特の目つき。
恐怖。人に見られるという恐怖を感じる。戦人は6年ぶりに来た為に真里亞のあの異様な一面をまだ知らなかったのだ。

「馬鹿だね、戦人。あのね。魔女は、ベアトは・・・」

楼座は知らぬうちに立ち上がりその娘の小さな腕を掴んでいた。
「え、あ。叔母さん・・・??」
「ごめんなさいね戦人くん。ちょっと真里亞に用事があるの、思い出したの」

微笑みながら戦人の返事を聞かずにその腕を引張り適当に近くにあった部屋まで引き擦り込む。

「痛い・・・!!手・・・痛い・・・・」
真里亞の抗議の声など耳には届かないと言わんばかりに楼座はその手を強く引く。
扉を閉めた後で娘を見た。真里亞はびくりと大きく震えて大きな自分によく似た容姿の目で自分を見ていた。
無言で楼座はその頭を叩く。
娘が頭を抑えて黙っているところにその小さな体を突き飛ばす。


「折角お友達が出来たんでしょう???!!!戦人くんの目みてなかったの?????もう出来ないわよ、お友達も遊んでくれる子も出来ないわよ????またからかわれるか気味が悪いといわれるのよ?????」

言葉に出しながら手をあげてその体を叩く、蹴る。

友達が出来ない、そんな性格だから、そんな態度だから。
そう言いながら叩いていた。


「もうやめなさいよ〜??」
ガチャリ
と、短く扉が開く音がして楼座は荒い息を吐きながら手を止める。扉の向こうにはいつか見た光景。
姉の絵羽がどこか自分を見下したような笑みで立っていた。

「ほんとうに楼座は、、、、、、」

その後に続く言葉の為に楼座は眼の前の倒れて動かなくなっている娘を見る。動かなくなっている娘相手に一人で文句を言いながら叩いている自分に気がつく。


「一人遊びが上手ね」



頭にかっと火がつく。
しかし言い返せない。よろよろと娘に近づいて抱きしめる事しか出来なかった。
絵羽は溜息をつき扉を閉めて出て行く。止めにきたのだろうかそれとも文句をいいに。
しかし今はそんな事はどうでもよかった。
ただ娘を抱きしめる事しか出来なかった。

いつも一人で遊んでいたのは真里亞だったのだろうか自分だったのだろうかその姿が重なりどちらだったか分からなくなっていた。

自分は努力していたような気がする。
沢山、沢山、努力はしていたような気がする。
相手の言葉に純粋に頷いたしいう事だってなんでも聞いた気がする。色々な役員だってこなしているし沢山の事だって人付き合いだってこなしている。
そうだ、自分が死ねば多くの、沢山の人が困るのだ。気がつく事だろう。










だから楼座は優れた音楽家が嫌いだった。
特に死後に認められた音楽家が嫌いだった。
どんなにその数十年数百年後まで語り継がれるメロディであっても本人の耳に入らなければ一体どれ程の価値があるというのだろう!!!!


「それじゃ・・・〜・・・意味がないのよぉお・・・・」
真里亞が薄く目を開けた。
「大丈夫、黄金郷に行けばもう一人じゃなくなるよ魔女が連れて行ってくれるよ」
真里亞の言葉に頭に血が上る。
いまだ迷い事を言う娘が気に入らなかった。

「な、にが魔女よ・・・・!!」

楼座は近くにあった飾り物の杖を握ってそして高く上げた。



そして、振り落とすその瞬間に金色の蝶がぶわっと湧き上がったのだった。









(娘の頭を叩く為に)












「戦人くん」
「絵羽伯母さん・・・・真里亞と楼座伯母さん見なかったすか?俺、なんか気に障る事しちゃったみたいで」
頭をぼりぼりと掻きながら戦人はバツの悪そうな顔をする。
絵羽は少し迷った後で部屋の場所を告げた。
「あ、戦人くーん、もしよかったら楼座に伝えておいて欲しい事があるんだけど」
「ん、なんっすか」
「ごめんなさいって言っといてくれる??」


今なら、一度あの異様な空間である家を出た今なら、と絵羽は思う。
妹に酷い事をしたいたのだろう。
大人になった今だからこそ彼女の努力を認め純粋さを認めそしてよく頑張ったわねと頭を撫でてやる事が出来るのではないかと思っているのだ。




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