●捏造












空が高い。風が少し冷たい。
うみねこの鳴く声を聞きながら退屈だと思いながらも砂浜に山を作っていた。
朱志香は半ズボンの裾を捲くって更に短くしている。
クラスにいる女子と比べても可愛らしい顔立ちをしているが朱志香の言動や言葉遣いや行動からどうも戦人は女子というよりも朱志香を男友達と見ていた気がする。

大人達が子供は外で遊べというので外に出ているのだが、山は飽きた。当然寒くて海には入れない、砂浜を走り回って遊んでいたのも最初だけで後は疲れて砂遊びという大人しい遊びに変わっていた。
大人しいが理知的な兄は中学受験という物の為今回は島にすら来ていない。
戦人がぼんやりと空を見上げた時に強い風が吹いて朱志香が被っていた帽子が海の方に攫われてしまった。
戦人は海のほうを見る。あっという間に岩が多く遊ぶには危険で子供だけでは近づくなと注意されている方へと飛んでいってしまったのだ。
 朱志香にしては珍しく可愛らしい女の子が被る鍔のついた白い帽子。
「いいよ、私には似合ってなかったしな!」
「まぁお前があんなのつけてたらおかまみたいだったしな」
嫌な笑い方で戦人も習って笑った。
「・・・ただ、あれ・・・母さんが珍しく買ってきてくれたやつなんだよな・・・・・」
朱志香が飛んでいってしまった帽子を見て苦笑しながら呟いた。その顔はいつまでも帽子が飛んでいって方向を寂しそうに見ていたので戦人は小さく舌打ちをして立ち上がった。
「仕方ねーなぁ・・・・俺がとってきてやるよ」
朱志香の別にいいって!という言葉を振り切り戦人は帽子が飛んで言った方向へ走りだした。


可笑しいな、確かこのへんでみかけた筈なのだが。
岩場と岩場の間を器用に渡りながら戦人は行方不明になってしまった帽子を探す。
波は少しずつ満ちてきており海に流された可能性の方が高いと言えば高いのだが。

「探し物はこれかえ」

声がした。
戦人は静かに振り向く。
其処には見た事のない若い女が立っていた。
服装は時代にそぐわない絵本のお姫様が着るような豪華なドレス。髪は朱志香よりも煌びやかな金の髪。目は猫のように鋭い。
戦人の心臓がどくりと大きく跳ねた。心拍数は上がり頭の中が瞬時真っ白になった。

『なんだ・・これ???』
しかし手にしていた朱志香の帽子を見て戦人は我に返った。

「誰だよ、あんた」

帽子の事よりも何よりも先に不振が沸いた。
この島は自分達親族と使用人以外はこれる筈のない場所なのだから。
それに新しい使用人ならば真先に客人である自分達の前に現れるはずなのだ。
女は目を細め愉快そうに笑う。
戦人は少し頭にきて女が立っている少し大きめの岩場まで跳んでいく。
女の眼の前に立ち女の手から帽子を奪い取る。

「ほう、礼もなしか。良い躾をする親じゃな」
嫌味である事は戦人でも分かった。しかし確か海に流されていたかもしれない帽子を持っていてくれたのはこの女だ。
暫く悩んだ後で

「ありがとう」

と言葉を漏らした。
これに女は少し以外だったのか目を丸くさせまた笑う。
「よいよい・・・・素直な子供は嫌いではないぞ」
「で、あんたは誰だよ。ふ・・ふほうしんにゅう?だったら親父たちを呼ぶぞ」
 女は漢字が上手く発音出来なかった子供を笑いはしなかった。

「安心しろ妾も客人だ」
「俺たちと同じ船にいなかった」
「お主たちより先にいたからの」
「いつからいたんだよ」
「数十年前」

馬鹿にされている。
戦人は目を細める。

「名前は」
「ベアトリーチェ」
「・・・・それは森に住む魔女の名前だ」
「そうじゃな」
「・・・魔女なのか?」
「今は違うのぉ」

その言葉に戦人はきょとんとした顔をする。

「呪いをかけられての、人間に成り下がってしまった」

元、魔女。いや、魔女の話によると魔女は自分の祖父の仕業で人間にされてしまいこの島から逃げられなくなってしまったらしい。
戦人は最初そんな話信じるものかと思ったがあまりにも魔女が悲しそうに自分の元いた場所の事を懐かしそうにそして切なそうな表情で喋るので同情心と言うものが芽生えてしまう。

「ベアトリーチェは魔女に戻りたいのか」
「せめて故郷に帰りたいものよ・・・」
魔女の故郷というものが想像はつかなかったが自分ならどうだろうと考える。
 ある日突然呼び出されて人間ではない物にされて例えば蛙?蛙の世界で住めといわれたら。
 蛙の世界では今までの人間との生活と大きく違うらしいし自分だけがその上、人間という便利な生活を知っているからこそ耐えれないかもしれない。そして親しい友人や家族に二度と会えないかもしれない悲しさはどのくらいのものなのだろうか。
 考えれば考える程、酷く理不尽な話だと思った。

「もとに戻る方法とかねーのかよ?お爺様に直せないのか」
「沢山いるものが必要でな。それを金蔵は持ち合わせていない」
「勝手な話だ・・・。そんなのベアトリーチェが可哀想じゃねーか」
「・・・ベアトでよい。妾の話を聞き信じた戦人に童は感謝しておる。親しい者の呼び方でよい」

親しい者。
戦人はちらりと魔女の顔を見る。
酷く美しくこの世の者とは思えない美貌。
少し顔を赤くして俯く。
魔女はそれに気づいたのか、少し含んだような笑い方をした。しかし戦人にはもうそれは不快なものではなくなっていた。
それから戦人は暫く魔女と話し込んだ。
魔女は聞き手上手であり喋り上手であり。
あれほどまでに暇だと思えた時間が嘘のように楽しくそして輝いて見えた。
しかし魔女の表情の間に暗い影が宿っている事を戦人は気がついてしまっていた。

「戻れるさ」

会話が途切れた所で戦人はそう告げた。
魔女は顔を上げる。

「実に確証のない言葉ではないか」

戦人は胸を張る。
「右代宮戦人の名において誓う。戻れる。ベアトはまた魔女に戻れるよ」

魔女はそこで少し頬を緩ませ戦人の頭を撫でた。
その手が暖かくその目が慈愛に満ちていた為戦人も頬を緩ませた。そして魔女は自分よりも小さな戦人の手を引き抱き寄せた。
「な・・・な・・!!!」
柔らかい匂いと感触に戦人が口を金魚のようにぱくぱくと上下する。
「随分と優しいではないか・・・戦人」
 両手を突き出して戦人は慌ててその魔女から離れる。
「なに、抱擁は嫌いか」
「嫌いじゃねーけど・・!!その、いきなりするなよ・・・」
戦人の照れて俯く顔に魔女はくすくすと笑うだけだった。


「おい。戦人〜!!」

遠くで朱志香が自分を呼ぶ声が聞こえた。
気づけば日が暮れかけている。
どれだけ長い時間自分は帽子を探しにきていたのだろう。
戦人は振り返り帽子を片手に遠くにいる朱志香に手を振り場所を知らせる。

「さて、妾はもう行かねばならぬ」
「え、ああ、もういっちまうのか・・・・」
「戦人以外の人間はもう退屈でな」
「俺とだって会ったばっかじゃないか」
魔女は笑ってその言葉には答えなかった。
「なぁ、また会えるよな・・・・???」

残念そうに言う戦人に魔女は手を出した。
握手かな?そう思い戦人も手を出す。
すると魔女はその手に触れずに自分の手を引っ込めて


「ではまたのぉ・・・・戦人」


そう呟き魔女は今度は「トン」と軽くその小さな体に手を突き出した。
戦人は手を空中にあげたまま声を出す前に足を滑らせる。
岩場と岩場の間へと落ちていく。

岩場の間から見えたのは高い高い透き通る青空と、水飛沫が掛かり煌く金の髪。
そして朗々としかしぎらぎらと理性のない己が欲望に忠実である獣のように光る目。
口元は獲物を前にした化け物のそれと変わらなく歪んでいて。

楽しそうに楽しそうに歪んでいて。


それなのに綺麗だ、なんて思ってしまう。

落ちる一瞬の間にそれらがスローモーションのようにゆっくりとしかし鮮明に頭に焼き付いていく。
まるで罪人が罪を犯した印にその肌に焼かれ押される刻印であるかのように。
脳の節々にしっかり。


朱志香の悲鳴が上がった。

大人達が駆けつけてくるまで戦人は岩と岩の間に入り込んでいた。
ごつごつと岩の隙間は数メートルはあり戦人の小さな体はあちこち傷を負い頭は三針を縫う決して小さくはない怪我だった。

朱志香の証言から女が突き落としたという事はわかったが船らしい船も見つからない。戦人もそれが誰か名前を聞かなかったと告げた。
結局、頭の可笑しい女の仕業として片付けられ対策としては船を出す業者へ注意を促しただけだった。











戦人は目を覚ます。

『なんだ、随分と懐かしい夢を見ていた気がするぜ・・・』
ぼんやりと目を擦る。
戦人の手には古びたライフル銃。
眼の前にいるのは怯えきった、残された親族達。
「・・・戦人君、疲れているようなら私が変わるわ」
その言葉に戦人はがちゃりと重いそれを夏妃のほうへと向ける。
「いっひっひ・・何度も言わせるなよ夏妃伯母さん?俺は誰も信用なんてしていないこの中に犯人がいると疑ったままなんだよ。そいつらに最大の武器を渡せるわけねーだろ!!!」
その言葉に夏妃は目を伏せて諦めに似た溜息を落とした。

一番怪しかった使用人共は追い出した。本当は一人でこの書斎に篭りたかったが流石に其処までするには気が引けた。
この部屋にいるのは自分を含めた親族の四人だけ。
朝まであと数時間。
それまで持ちこたえれれば。
ぶつぶつと自分の言葉が口から出ている事に気がつかず戦人は銃を抱きしめ膝を抱えている。
その姿を見て残された人間はもうこの男は駄目だと溜息をつく。

視線にちらりと黄金の色が見えた。
戦人がぼんやりと顔をあげたならば其処にはいつか見たあの魔女の姿があった。

戦人以外の人間が恐怖に騒ぎ立てる。
戦人は現れたその人間に口元を緩ませた。


「ベアト」


扉が現れて人ではない人が場を支配していく。
周りの親族達が捕まりその手足をもがれて食されていく。


「ベアト」


戦人の銃も取り上げられ床にその顔を叩きつけられ魔物達が最初に誰が何処を食べるかの相談を始める。
しかし戦人はその人物から目を離さない。
ただ、穏やかな顔を作る。




「ベアト、魔女に戻れたんだな」




そう呟いた後に魔女は振り返りいつか見せた、
幼い頭に焼き付いて離れなくなってしまったあの黄金にも似た美しく優雅な笑みを青い空に溶けそうな美しい青の目を細めて楽しそうに楽しそうに笑う。

近づいてきたその肩に首を埋めつつ相手が自分の肉に歯を突き立てる感触を感じながら戦人は静かに口元を緩めて笑った。








「よかったな」






視界いっぱいにあの日のような青空が広がって消えた。









(魔女がまたなを繰り返したので恐らくまた出会える事だろう)


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