・・









「つまらんの」


ぼんやりと退屈を宣言する言葉に戦人は顔を上げた。
その視線と目が合えなゆったりとした仕草で彼女は煌く髪を掻き揚げ喉奥でくくくと押し殺した笑いを零した。
「つまらんのぉ・・・・戦人」
「黙れよ・・・」
 その言葉に一言だけ返すと戦人は再び目線をチェス盤の上へと戻した。
キングの位置だけは最善に安全なな場所へと逃がしつつ其処から反撃出来る手順を静かに考えている。
 しかし自分の手駒はもうすでに半分以上が彼女の手の中にあるのだ。
『もう・・・・残り五人じゃねーか』
 そう言い王を逃がす為に動かしてしまった。
 何処か諦めに似た感情が心中に生まれている。焦りも焦燥もない。
 ただ虚無感だけがじわじわと押し寄せて来ているだけなのだ。
 ふとそう思った途端何事もなかった戦人の額から血が流れた。
先程まで駒を掴んでいた手から焼ける様な痛みが蘇る。

「っっっ・・・・・・・!!!!!!」

乾いた音を立てて駒が地面に落ちてその音が静かに響く。
たまらず戦人は手を押さえて蹲る。
強烈な痛みに体が痙攣をはじめタイルの上で倒れこむ。
「ぁ・・・ん・・・ぐっっっ」
痛みのせいで閉ざした口の端からでも声が漏れた。
「まるで生娘の喘ぎ声だなぁ??」
魔女は実に楽しそうに眺めて戦人の手に自分の手を重ねてその肌を滑らかに触れていく。
「どうした?休憩か?」
その首筋から一指し指でネクタイを緩め手を衣服の中に入れて肌に柔らかい口を落とす。
「ぐ・・・・っっ」
 痛みに呻いている戦人の赤色の手を指に絡めて楽しそうに口元を歪ませた。
「訂正する、実に楽しいものよの、お主のその顔を見るのは・・・・」
 露になる素肌を赤い魔女の舌がべろりと舐める。
痛みに僅か快楽が混じり全身が泡立つのを戦人は感じる。
「・・っ!・・・・っ!!!!!!」
顔をあげたなら魔女の猫のような挑発的な顔と視線があいそして近づく。口と口とが触れあい舌と舌とが絡み合う。
手を適度に膨らんだ胸に押し当てられる。酷く頭の芯が痺れていくのを感じる。
唇に歯をたてられる。
口全体に鉄の味がじんわりと広がり離れた魔女の唇は赤色に口紅をつけたかのように真赤に染まっていた。

「どっちを続ける?」

くすくすと笑う魔女は戦人の下半身、ズボンの辺りを人差し指でくるくると回す。

「・・・く・・そ・・・・」

その手を、体を払いのけ玉のような汗を流し這いずるように椅子に縋りつく。

「まだ・・・こっちが途中じゃねーか・・・!!!」

ぜぇはぁ、と息をつき椅子に座りなおす。
駒を進めて痛みに呻きながら同じく座りなおした魔女を見る。

「その口が虚勢ではなく愛を囁けばよい」
「・・・・はぁ?」
「その口が苦痛の呻きではなく快楽の喘ぎを紡げばよい」
「気色悪い事いってんじゃねーよ・・・・」

魔女は蠱惑的にくすりと微笑んだ。

「妾に好かれるという事の光栄さが理解できぬのか??」
「さぁ・・・ね、俺、結構もてるから俺を好きなお前が特別ってわけじゃねーと思うぜ」
「ほぉ?」

「お前が俺を気に入るのは当り前なんだよ。何せ俺は右代宮戦人様なんだからよぉおおおお・・!!!!」


精一杯の虚勢。霞み行く意識で相手の騎士を倒し戦人は目を細めて口の端を吊り上げる。

「なるほどの、ようはお前はそれほどまでに魅力的な人間であるというわけか」

魔女はちらりとその顔を見る。確かに右代官家の男の中でも顔立ちも整い体格もよくそして性格からしても彼が好かれやすい部類の人間に入ることは容易に想像がつく。
「そうそう、千年を生きた魔女様でも思わず襲いたくなるほどにな・・・・・」

魔女は息をつく。
 戦人は一泡吹かせれた事を確認した後で「くくく」と押し殺した声を出す。魔女も可笑しそうに「ははは」と声を出す。


 そして魔女は手を伸ばした。
「チェックメイト」

 魔女が立ち上がりコトリとキングを倒して高らかに笑いながら通り過ぎていく。
それに伴い戦人の腕は再び千切れ腹は裂かれ中身がぼたぼたとこぼれていくのを感じる。

『っ・・これは、体がとけていくわけで・・・・』

戦人は歯をぎりっと悔しさから鳴らし、片方だけ残った眼球で魔女を睨み続ける。崩れながら地面に落ちていくのは体の形状をしていない。

『ああ・・・・・・・くそ・・・・くそ、くそくそくそ・・・・・』

崩れていく体。執念で魔女をぎりぎりまで視界に映してやると戦人は顔をあげる。


魔女は手をひらひらと振って静かに扉を閉じた。



「次の駒が揃うまで、安らかな眠りを・・・・・戦人」




魔女にしては酷く珍しく慈しみの意味をこめて静かに囁いた。


ぐしゃり、と音がした。

光が閉ざされて後は決着のついたチェス盤と戦人だったものだけが残った。














あきゅろす。
無料HPエムペ!