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novel
白雪(アヤテイ※テイト死ネタ)


咽の奥からせり上がってくる生温い液体を、そのまま飲み下そうとして失敗し、口腔内に生臭い鉄錆の味が拡がっていく。

――固く引き結ばれていたテイトの口端から、鮮烈な、毒々しいまでの緋色が零れ、血の気を無くした蒼白い面に朱色の軌跡を描いてゆく。
「――…ぁ…ァャ…さ………っ。」

愛しい人の名を呼ぼうと口を開けば
口内を満たしていた液体が、ごぽり、と不快な音を立てながら
溢れだし、顎先から滴って次々と地面に吸い込まれ紅の斑点模様を付けていった。

「っぅ……ゲホッ……。……ぐ…ぅ…」
穿たれ穴が開いた腹腔から外に飛び出そうとする臓器を掌で押さえると、鈍く背筋を這い上がる重たい痛みで朦朧としていた意識が幾分はっきりとしてきた。

集中力をかき集めて辺りを探るも、敵も味方も――どちらの気配も感知出来ない。
………もしかしたら、この戦場で今息が在るのは自分独りだけなのかもしれない。


一歩、足を踏み出そうとして失敗し、
テイトは膝から崩れ落ちる様にして地面に尻を着いた。
同時に、傷口から流れ出る鮮血を含んで重たい色に染まった軍服が、べちゃり、と水音をたてて
砂にまみれていく。
―――座り込んだまま、もう、立ち上がる事さえ出来ない。
それでも気力を振り絞って見上げた空はどんよりとしていて、灰色の雲が隙間無く、幾重にも垂れ込めていた。

空を覆う薄暗い灰色から、真っ白な塊が、ふわふわと舞い降りてくる。

(………あ……。)
――――アヤナミ様の、色、だ。

宙を舞う粉雪は、白銀に鈍く輝いて、
まるで彼の人の髪の様。

触れてみようと伸ばそうとした手は、結局、持ち上がらなかった。

初めは舞い散る様に降っていた粉雪は、何時の間にか強く吹雪いて、周囲の景色を白く塗り潰してゆく。


視界が白銀で覆い尽くされて、
まるで、あの人に抱き締められている様だと思った。

「………アヤ…ナミ…様……。」

ぐらりと視界が揺れて、頬を濡らす冷たい感触に、地面に横たわってしまったのだと自覚する。

目を開けているのが酷く億劫で、
耐えきれず瞼を閉じると、脳裡で愛しい人が、自分に向かって手を差し伸べている。

(アヤナミ様…。)
手袋に包まれた大きな掌を掴むと
その人は、紫色の瞳を細めて微笑み、
自分の小さな掌を、そっと、握り返してくれた。

その光景を最後に、視界が黒く塗り込められていく。
段々と深い闇に閉ざされてゆく意識の中で、テイトは最期の其の刻迄、
たった一人の愛しい人を想い続けた。




―――――――

地に臥した少年の骸に降りしきる雪は、少年の愛した男の様に、何処までも美しいままであった。



end

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あきゅろす。
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