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第一章
05「なにも、見ようとしていない瞳じゃ」


「――全く、昔とちっとも変わっておらんな、お前さんは」


柊は最後の言葉に驚き、俯き気味だった顔を勢いよく上げ鄭の顔を凝視した。
過去の記憶をまさぐっているうちにあるひとりの男が思い浮かんだ。


「・・・もしかして、父上のご友人の」
「ほう、覚えておったか。まだお前さんは12歳の頃だったのに」


一度だけ、彼は柊の住む邸を訪れたことがあった。父、儀俊の昔からの友人だと紹介された覚えがある。しかしまさか米沢城で官医をやっているとは知らなかった。


「・・・今更じゃが、儀俊の葬儀に行けなくてすまなかったのう。今度墓の場所を教えておくれ。
せめて手だけでも合わせに行きたいからのう」
「――ありがとうございます。鄭さんが来てくれるならきっと父も喜ぶでしょう」
「あやつは最後、楽に逝けたかのう?」
「・・・そうだったらいいと、思っております」
「そうか。お前さんは最後まで一緒に?」
「はい。・・何もできませんでしたが」


柊は少々居心地が悪そうに目を逸らした。
まるで、もうこの話はやめてくれとでも言うように。
それを見て、鄭は一言いった。


「――あの頃と、同じ瞳の色をしておるな」


「・・・?」



「初めて会った時と、同じ瞳をしておる。
――なにも、見ようとしていない瞳じゃ」


深刻な口ぶりで言われたわりに、柊はあまり鄭の言葉を理解しきれていなかった。
鄭は柊の顔色を見ると、どうしようもないといったふうにため息をつき話を変えた。


「しかしまぁ、お前さんの整頓能力や薬草に関する知識は十分なようじゃ。おまけに機転も利く。
これなら特に問題はなさそうじゃ」
「ありがとうございます」


これでも17歳の頃からここにくるまでの3年間は町医をしていたので、ある程度の知識は柊にもしっかりあった。
が、これからはこの奥州を直に支える城の者たちを診ることになるため、いかなる病や怪我にも対応できるよう、より高度な技術が求められるのは確かだった。


「これからは互いに宜しく頼む。ちなみにわしはもうこの通り高齢じゃからな。
二日に一回は暇をもらうつもりじゃ。あとはお前さんにはわしの手伝いもしてもらおう。
若い者にはきりきり働いてもらうぞ」

「・・・はい」


年に似使わぬ茶目っ気たっぷりの笑顔を振りまく鄭とは逆に少々青くなる柊であった。
これは暫く休めそうにもない。しかしその方が柊は安心した。
今暇をもらっても正直一日をどう過ごしたらいいのか想像もつかなかった。


その後、柊は鄭に一月ごとに出す医務の維持費−薬代・書物代・備品代など−の予算を書いた見積書を政宗のところへ出してくるよう頼まれ部屋をでた。


柊が出て行ったのを確認すると、鄭は一通の手紙を出した。それは数枚の紙が折り重なっていた。
何が書かれているか、鄭だけは知っていた。


「・・・父上とはよく言ったものよ。もうずっと偽り続けているのか、たいしたものだ。
じゃが・・・張り詰めた糸はいつか、切れてしまうのもまた事実じゃよ。のう、儀俊――」


鄭が悲しそうに、手紙を握り締めた。


柊がどんなことを考え、日々を送ってきたか鄭は知っていた。
だからこそ鄭には彼女にかける言葉も、慰めの言葉さえかけてやることはできなかった。
ただ、誰かはやく彼女を支えてやってくれと願うばかりだった。



――もう糸は、少しずつほつれていっているように鄭は感じていた。









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