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第一章
02「そういえば昼はもう食ったのか?」


――朝。
目を開けると、見慣れていた天井とは違う木目に、まだ覚めきっていない柊は小さな違和感を覚えた。
が、すぐにそれは当たり前のことだ、とかき消した。


私はまた、自ら居場所を捨ててきたのだから







布団から起き上がると、柊は小さな体の異変に気がついた。どうも体がだるい。恐らく昨日長く雨に打たれていたせいだろう。
このままでは熱が出る気がしたが、今日はやらなければならないことがたくさんある。
動いていれば風邪もどこかへ飛んでいってしまうだろうと、医者らしからぬ、悠長な考え事をしながら着替えを始める。


寝着を脱ぐと自然と右腕に目がいった。
そこには弧を描き、なにやら入り組んでいる模様が描かれている。
幼い頃からもうずっとこの右腕に刻み込まれており、この模様の意味を何度か父に聞いたが答えてはくれなかった。ただ一言、気にするな、それだけだった。
それは家紋のようにも見えるし、もっと違う意味を持つかもしれなし、とにかく柊には気味が悪くてしょうがなかった。
そのため普段は上から包帯を巻き見えないようにしている。
時折この刺青が疼くように感じるのは気のせい、ということにしている。


簡単に長い黒髪に櫛を通しまとめ、襖を開け廊下にでるとばったり小十郎に会った。


「おはようございます、小十郎さん」
「おはよう、柊殿。昨夜はよく眠れたか?」
「はい、おかげさまで」
「ちょうど朝餉の支度ができたので呼びにきたところだ」


小十郎について行くとやがて広々とした広間へ通された。
大よそ30人は容易に入れるだろう。そこには柊と同じように寝食を共にする人たちがすでに座り、あちらこちらで朝から話に花を咲かせていた。
しかしガラの悪い人たちが目立つように見えたのは何かの間違いだろうか。小十郎が柊より一歩前へでる。


「聞け、てめぇら! 昨晩より官医として来て頂いた、柊殿だ。
今日から柊殿もこの伊達軍の仲間となる。よくしてやってくれ」


小十郎は一歩下がっていた柊に目を合わせ、促した。


「柊と申します。以前は父と共に町医をしていました。
わけあって今日からこちらでお世話になります。どうぞよろしくお願いします」


一礼して顔をあげると思わぬほどに反応の声が返ってきた。


「おーう、よろしくな!」
「美人医師の登場だー!テメェらわざと怪我すんじゃねぇぞ!!」
「あとで湿布くれー、昨日喧嘩して打った肘がいてーんだ」
「期待しておるよ、伊達軍は怪我が絶えねぇからな!」
「よっしゃぁ綺麗なねぇちゃん!!」


伊達軍はなんて威勢がいいのだろう、柊が米沢城へ来て初めて驚いた瞬間であった。




自己紹介もほどほどに、柊は座ろうとすると成実の姿を見つけた。
伊達軍については柊もまだわからないことだらけだが、席の並びからして成実も伊達軍の上層部の人間なのだと知った。
恐らくここで食事をしている人は、皆それなりにこの伊達軍で名誉な地位を与えられた人なのだろう。


「おはよう、柊ちゃん」
「おはようございます、成実さん・・・政宗様はまだいらしてないのですか?」
「梵なら先に済ましたよ。俺らと一緒に食べるときもあるし、先に一人で済ましちゃうこともあるんだ」
「そうですか・・・」
「・・・? なんか柊ちゃん、顔赤くない?」
「そ、そんなことないですよ。ああ、さっき緊張してしまったのでそのせいかもしれませんね」


驚いた柊は急いで両手で頬を覆い、急いでそれらしい言い訳を述べた。





朝餉を終えたあと、柊は成実に医務室へ案内してもらった。
ここが今日から柊の仕事場になる。ほどよい広さで、壁沿いには大きくて立派な薬箱がふたつ並んでいた。
この奥州の筆頭の命を預かる薬箱は伊達じゃない。

薬箱の隣にはわりと大きめな机が置いてあり、医学関係の本や紙が散乱していた。部屋の端には布団が一式敷かれていた。
・ ・・もうひとりいるという官医は整理整頓が苦手なのだろうか。


「実は今日もう一人の、鄭(てい)って言う人なんだけど非番でさ。
今日からさっそく入ってもらっていいかな?あ、そうそう」


そう言いながら成実は、脇に抱えていた数枚の紙の中から何枚かを柊に手渡した。


「それ、部屋のどこに何があるのか書いた紙ね。
あとこっちは今日やっておいてほしいことを鄭が書き出して柊ちゃんに渡しておいてくれって頼まれていた紙。
・・・結構人使い荒い人だけど根は凄くいい人だから安心して」


最後の一言は、成実の鄭と柊に対する心遣いだろう。柊は快く受け取った。


「わかりました。頑張って今日中に終わらせます」
「じゃあよろしく!俺そろそろ戻らないと梵と小十郎に殴られる!」


・・・最後の言葉はどういう意味だろう。急いで戻る成実の背中が妙に不憫に思えた。


柊はさっそく、今日やるべきことに目を通した。すると


「一つ。机の整頓をする・・・」


机は先ほども見たように見事に本と紙が散乱していた。これをまずは整頓・・・か。
柊は大まかに本と紙とを分け、本は机の端に見やすいように並べ、紙は内容によってさらに分け、まとめて引き出しの中へとしまった。
筆と墨汁は長い間放置され固まっていたので洗い、筆は新しいものに変えた。紙も補充し、最後に机のうえを拭いた。


早く終わるかと思っていたが、気づいたらあっとゆう間に昼になってしまっていた。
恐らく片付けながら医学書や鄭が書いたと思われる病についてなどの書類についつい目を通してしまっていたからだろう。
しかしおかげで、鄭は恐らくかなり優秀な医師だということがわかった。


次の仕事に取り掛かるのもよかったが、喉が渇いていることに気づき、
水をもらおうと襖をあけ外にでると、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。


「おう、柊じゃねぇか How are you?」
「・・・はい?」
「チッ、南蛮語もわかんねぇのか。調子どうだって聞いてんだ」
「わかるわけないじゃないですか、南蛮語なんてわかるのは政宗様と・・・成実さんくらいじゃないですか?」


柊は頬を少し膨らませそう言った。
そう言えば昨日柊が城に着いた時、小十郎に睨まれた成実が聞いたことのない言葉を発していたのを思い出して付け加えてみる。
しかし政宗は、それは違うと言ったふうに舌を鳴らした。


「伊達軍じゃ南蛮語の習得は必須だぜ you see?」
「・・・では頑張って勉強します」
「OK そういえば昼はもう食ったのか?」
「いえ、まだ執務が残っていますので」
「あぁ?食える時に食っとけ。握り飯あるから一緒に食おうぜ」


有無を言わさず歩き出してしまった政宗の背中を放って置くわけにもいかず、柊は急いでついて行った。






政宗や小十郎、成実その他幹部、そして柊の暮らす離れの縁側にふたり並んで座った。
といっても柊は政宗のように足を下ろさず正座だ。
ふたりはもうすぐ咲く頃であろう、桜の木を眺めながらおにぎりをほおばった。


「・・・おいしいですね、このおにぎり」


一口食べると絶妙な塩加減に柊は舌を巻いた。


「だろ?」
「・・・もしかしてこれ、政宗様がお作りになったのですか?」
「ああ、料理は得意だからな。朝餉と夕餉の献立も俺が考えている」
「そうだったのですか。朝餉、とてもおいしかったです」

柊が笑うと、なぜか政宗は探るように柊を見た。
その視線に柊は気づいていたが、その理由を聞く気にはなれなかった。理由はよくわからない。


他愛もない話をしていると、例え離なれであっても昼は小十郎や成実、その他の幹部の使いに女中や男たちが行き来しているため人気が多い。
忙しい中でも彼らは、政宗と柊の姿を縁側に見つけるとわざわざ声を掛けに来てくれる。
それはとても穏やかなように柊は感じた。


「政宗様、私はそろそろ執務に戻ります。おにぎり、ありがとうございました」
「なんだ、ひとつしか食ってねぇじゃねぇか」
「実は朝餉を食べ過ぎてしまって。今はひとつで満足です」
「そうか。ところでお前――」
「政宗様!」


突如政宗の言葉を遮って聞こえてきた怒鳴り声は小十郎のものだった。


「げっ、小十郎・・・!」
「全くあなたとゆうお人は!今日は昨日溜めた分の執務をやるからお昼は抜きにすると言ったのにいつの間にか消えるとは・・・」
「腹が減って戦はできぬ、ってぇことだ」


しかめっ面の小十郎に対し、政宗は八重歯を出して笑っている。
そして今の会話を聞いていた柊は青くなった。


「もしや、昨日の出来なかった執務とは私のせいですか!?」
「あなたが気にすることではない、柊殿。これも政宗様の技量次第でなんとでもなる」
「HA! やる時に一気にやったほうが効率いいだろうが」
「それはあなた自身の理由でしょう」


呆れたように小十郎がため息をつく。


「とにかく、今日中までにあの書類を片付けてください。それでは柊殿、また後ほど」


そういってふてくされたように歩きだした政宗の後を小十郎も追って行った。


政宗を見送ったあと、執務を再開すべく柊も歩き出したのだった。








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