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第一章
15「――瞳(め)だよ」


木々が鬱蒼と生い茂り、昼間にも関わらずそこはまるで異界だった。
湿った空気が重たいのか、心なしか息苦しくも感じる。
しかし、それすら面白げに、その人は笑う。
――静かに、静かに、堪えるように。


「ああ、やっと手がかりを手に入れたのじゃな。愛しい、愛しいのう」


薄暗い森に、色濃い嗤い声が上がった。










「織田信長公率いる赤母衣衆筆頭、前田利家の弟だったな?
――して、一体どのような用で京の都からはるばるやって来た?」


女中がお茶を運び終わり、退室した機を見計らい目の前の男に尋ねた。
明らかに警戒されているように感じるのは、決して気のせいではない。
慶次は小十郎の凄みに少々怯みながらも、茶を一口いただき笑った。


「奥州の遅い春を拝みにきただけさ。いやぁ、それにしても奥州の女の子は美人ばっかりだねぇ。
越後もなかなかのもんだが、こっちの女の子は目が綺麗だ」
「・・・越後?」


ぴしっと慶次の顔が固まる。
素性が知れているため、織田の間者と疑われていなくもなかったので、話を上手く逸らそうとしたが、何か別の墓穴を掘ってしまったようだ。


「そういや、前田の風来坊は上杉謙信公と仲が良い様だと聞いたことがあるな。
――てめぇ、まさか」


思わず刀に手をかける小十郎にぎょっとし、夢吉は慌てて慶次の背中に張り付く。


「――おいおいおいっ! 違うって!間者とか、そんなんじゃねぇよ!!
俺は本当に、越後に来たついでにここに寄っただけだ!!」


しばし二人は互いを眺め、やがて小十郎は慶次の瞳の中に真実でもみたのか、刀にかけていた手を離し改めて座りなおした。
それを見て、慶次も安心したように一息つく。


「お前も先刻承知のように、今奥州は物騒だ。あまり疑われるような行動は慎め」
「なんだ、忍が町中飛び回ってるってのに、なんもしないのかい?」
「・・・相手がなんの目的で来ているのか、定かじゃねぇ。
奥州を嗅ぎまわっていることには気づいていたが、女攫いの犯人に繋がっていたことが、柊殿のおかげで露になった。
だが下手にこっちが動けば、あちらにも警戒されて余計探りにくくなっちまう。
今は慎重に情報を集めるべき時だ。
―――時がくりゃあ、その時はあちらにも覚悟して頂くがな」


最後の一言には、明らかに殺気が混じっていた。
それは決して目の前にいる慶次に向けられたものではなく、徳川の忍に対してだとはすぐに察しがつく。


「おし! いっちょこの前田の風来坊がお手伝いするぜ!」
「・・・ああ?」
「いや、そんなに睨むなって!女の子が次々に攫われてるんだろう?そりゃあほっとけないぜ」
「何でしゃばったことを言っていやがる。風来坊如きに手伝ってもらわなくても俺たちでなんとかする」
「まぁまぁ、それにこの城だっていつ奇襲かけられるかわからねぇし、人手はあった方がいいだろ?」
「第一、 まだてめぇを信用したわけじゃねぇ」
「疑り深いねぇ、竜の右目は。なんなら四六時中見張ってくれてかまわねぇよ」


真意を測るように、小十郎は慶次の瞳をにらみ付けた。


「――なぜそこまで関わろうとする」
「奥州で平和に暮らしたいと願う女の子たちのためだ!」


なんだろう、この男は。政宗さま並に剛情な気がする。面倒な。
小十郎は盛大に溜息をつく。


「・・・そんなに言うんなら、きっちりこっ酷く使わせてもらうぞ。
風来坊っつても、それなりの教養はあるんだろうな?」
「まぁ、多分」


慶次は気まずそうにポリポリと頬をかく。
確かに勉強は幼い頃からしてはいたが、どう思い出しても喧嘩や悪戯で遊んだ記憶の方が色濃く残っている。
風来坊は小さい頃からいっちょ前の風来坊だったのだ。

話が一区切りしたところで、襖越しに声がした。


「――失礼します」
「お、柊ちゃん! 傷はもう大丈夫なのか?」
「ええ。かすり傷程度でしたので」


襖を閉め、柊は小十郎の隣に座り改めて慶次にお礼をする。
礼儀正しい、挨拶。


しかし何かの違和感を柊に感じた。

彼女は普段どおりを装っているつもりなのだろうが、慶次は女の心情に聡いからか、柊のその“揺れ”が手にとるようにわかった。


「小十郎さんも、お気遣いありがとうございました」
「いや、なに。しかし、もう忍と対峙するような危険なことはしてはならぬぞ」
「はい、政宗さまにも同じように怒られてしまいました」
「では、私はこれにて失礼する。ああ、柊殿。
前田殿が暫くここに滞在することになった。離れの角に空き部屋があるのは知っているか?」
「は、はい」
「そこに案内して差し上げてくれ。政宗さまには俺から伝えておく」


前田殿。
部屋から立ち去ろうとした小十郎が慶次に威圧の目で声をかける。


「くれぐれも、勝手な行動は慎むように」
「・・・了解」


信用されてないなぁ・・・、まぁそれも当然か。
慶次は大きく溜息をつき、しかし柊の顔を見てにこりと笑った。







「こちらが、前田さんのお部屋です」


柊に案内された部屋は、一人部屋には丁度良い広さで角部屋ということもあり、なかなか落ち着ける場所のようだ。


「なにか入用の物がありましたら、女中の方に声をかけていただければすぐ用意できると思いますので」
「おう、ありがとう。あとその、“前田さん”ってやめてはくれないかい?普通に慶次って呼んでくれ」
「・・・じゃあ、慶次さん?」
「そうそう! ――俺がなんでこの城に滞在することになったか、気になる?」
「――は、はい!」


柊自身、控えめな性格のためか、何度か慶次に疑問の視線を送っていたがはっきり聞こうとはしなかった。


慶次の方から言ってくれたためか、柊は興味津々だ。目がやけに輝いている。


「“前田の風来坊”それが俺の呼び名だ。
まぁ良くも悪くもこれで通っていて、素性ははっきりしているから右目の旦那もここに滞在することに嫌々承知してくれたんだろうな。
一言で言えばお手伝いだ、奥州の!何やら物騒みたいだしな」
「そういうことだったのですか。 それはわざわざ、ありがとうございます」


小十郎と違い、明るく受け止めてくれ慶次は心が温まった。


・・・しかし、それが上辺だけで、本心は慶次のことを未だに信用していないという事実にも気づく。
柊はそこらにいる、目先の事実をすんなりと受け入れるような、可愛げのある女の子というわけではないらしい。


まぁ、警戒されるのも当然か。どこか諦めるように慶次は自分で納得する。


「なぁ柊ちゃん。さっき筆頭に怒られたって言ってたけど、そこでなにかあったのかい?」


唐突に言われ、柊は驚いて目を見開く。
しかしそれは一瞬の間にいつもの様を取り繕う。


「いえ、何もありませんでしたよ。お叱りを受けた後、私はすぐにその場を離れましたし」


――政宗の、柊の右腕を掴んだ手を丁寧に振り払ったあと、柊は一度も振り返らずにその場を離れたから、政宗があの後どうしたかはわからなかった。
しかし、すぐに足音が聞こえたわけではなかったから、恐らく政宗はその場に少しの間留まっていたのだろう。


――少し胸が苦しくなる。


「そうかい。それならよかった。・・・客間に来たとき、少し様子がおかしいように見えたから」
「気のせいですよ」


慶次から瞳を逸らし、柊は部屋から出ようとする。


「――瞳(め)だよ」

「はい?」


慶次は己の目を指差し、柊を見つめる。


「瞳が揺らいでいた。他を上手く取り繕っていたって、瞳だけは取り繕いきれない。
――迷いや想いに対して、瞳はいつだって正直なもんなんだよ」


柊は驚いたが、どこか納得したように優しく笑った。


「それはいいことを聞きました。――今後の参考にさせていただきますね」


襖が静かに閉められると、慶次は一息ついてその場に座り込む。
夢吉が慶次の頬にすりすりと甘える。


「――いいねぇ、秘めた何かを隠し持っている女の子」






――さっきの笑顔が、綺麗だ、と思った。










んん、慶次さん米沢城に居候することに・・・!
ちゃっかりしてるよ、アンタww
慶次と政宗は気が合うと思うんだ、なんとなく
政宗の無理承知の作戦に喜んでついていきそう・・・w



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