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第一章
11「ひとりで泣いてんじゃねぇよ」



その日の夕刻。
業務が一段落し、医務室で柊は鄭とお茶を飲んでいた。


「・・・そろそろ、話合いは終わった頃かのぉ?」

「先ほど、女中の方に聞きましたらついさっき終えたそうだと言っていましたよ」

「この後、軍義はやるのか?」

「いえ、そういった話は一切聞いていないと言っていました」

「そうかい。・・・じゃあちょっと、出てくるかね」

「政宗様のところですか?」

「いや、今日は小十郎殿に用があってな。―――早いに越したことはないからのぉ」

「・・・?」


少し鄭の表情が暗く見えたのは気のせいだろうか。
結局それ以上はなぜか聞けないまま、柊は鄭を見送った。


鄭のいなくなった部屋で、話相手もいなく急に手持ち無沙汰になった柊は、とりあえず患者の書類の整理をし始めた。

―――その時だった。


「―――っぐ」


右腕の刺青が急に強く痛みだした。
朝から、疼くような痛みはずっとあったが、それがここにきて、まるで内側から刺されているような痛みに変わった。
あまりの痛さに耐え切れなくなり、柊は右腕を抑えその場に倒れこんだ。
気がつけば額からは汗がどっと噴出していた。痛みで目すら開けてはいられない。


・ ・・・いまここに、誰かきたらまずい・・・!


掠れる意識の中、そう思った柊は必死に襖まで這いずって行き、なんとか起き上がり外の様子をみる。
幸い夕餉前とあってかここら辺りに人気はなかった。
壁にぶつかりながらも回廊を歩き、近くにある書物部屋へ隠れた。
ここなら、今の時間帯ならそう入ってくる者もいない。


ずらりと並べられた書物の間に埋もれるように柊は座り込み、ひたすら歯を食いしばって痛みに耐えた。




朦朧とする意識のなか、遠くで女の人の笑い声が聞こえたような気がした。
その声は酷く冷たく、ただひたすらに己の欲望に憂いているような声だった。


しかし、同時に男の声も聞こえた。いや、正確には子供の声だ。



――! ――! しっかりしろ!! ―――、――が・・・・!



恐らく、半泣きなのだろう、声が震えていた。
しかしこの子供は、なんと言ったのだろう?
うっすらと姿が脳裏を掠めた気がしたが、それはすぐに消えてしまった。





やがて強い痛みは叙所に引いていき、深呼吸ができるくらいにはなった。
体の中の酸素を吐き出しすぎたせいか、やけに頭がクラクラした。


その時。突然戸を開ける音に、柊は息を呑んだ。
幸い柊のいた場所は、戸を開けたところからは見えなかった。しかし。


「・・・・そこにいんのは誰だ?」


その声は、この城の主の声だった。なぜか柊は、彼にだけは今はどうしても会いたくなかった。


しかしすでに気づかれてしまっている。
柊はどうしたものかと、出るのを躊躇っていると、突然首元に刀を突きつけられた。
驚き目をやると、政宗と目が合った。


「っ!? ・・・柊!?」

「まさ、むねさま・・・・」

「・・・What are you doing?」

「・・・へ? ああ、もしかして、何してるんだ、ですか?」


たとえ南蛮語が分からない柊でも、この状況なら聞かれることなんて限られる。
なんと答えたものか。刺青を見られるわけにはいかない。

しかし、一旦は収まったと思った痛みがまた少しぶり返し、思わず柊は苦痛の声をあげた。
その様子を見て、政宗は驚き刀を引いた。


「おい、どうした!?」

「・・な、・・・なんでもありません」


自分でも阿呆らしいほど単純な嘘しかつけなかった。


「馬鹿言ってんじゃねぇ。この状況のどこがなんでもねぇんだよ!」



「―――っ! 触らないでっ!!」



柊に触れようとした政宗の手を、叩いた。
柊は自分でも咄嗟の行動に驚き、政宗の顔を見れなかった。変わりに急いで言葉を続けた。


「すいません。・・・・・右腕の、古傷が少し痛むだけです。本当に・・・・」

「―――右腕・・・?」

「・・・はい・・?」


少し政宗の気配が変わった気がしたが、痛みが増してきた柊に気にする余裕はなかった。


「お前、凄い汗じゃねぇか。 ・・・ッチ!」


返事をする前に、抵抗する前に柊は政宗に抱きかかえられた。
しかし、そろそろ言葉を発することもしんどくなって来た柊は、優先すべき事項のみを伝えた。


「政宗さま・・・。医務室には行かずに、・・・私の部屋へ、連れて行ってください」

「あんたの部屋に?」

「お願いします・・・!」


幸い、部屋へ戻るまで誰ともすれ違うことはなかった。
部屋に入ると政宗は柊を一度おろし、手際よく布団を引き、そこに柊を寝かせた。
先ほどより痛みは和らいだのか、汗も随分引いていた。


「・・・痛みは引いたか?」

「・・・はい、大分。ご迷惑おかけして・・、申し訳ございません」

「古傷ってのは、そう痛むものなのか?」

「・・・・・・政宗さまにも、古傷のひとつやふたつ、おありでしょう?」

「sure. だが、あんたみたいに、そんなに強く痛むことはねぇ」

「私の傷は・・・、少し特殊なのです」

「特殊?」

「今は・・・これ以上は聞かないでいただけませんか?」


一国の主にこの物言いは、あまりにも勝手すぎると思った。隠し事のある家人なんて、どうやって信用できようか。
政宗から、城を出てけと言われるかもしれない。そう思った柊だったが。


「・・・I see」


あっさりと、受け入れられた。むしろ柊のほうが驚いてしまった。


「・・・政宗さま、なぜそんなに家人の隠し事をあっさり認めるのですか?」

「ah? 誰にだってひとつやふたつ、隠し事はあるだろう?」

「それはそうですが・・・」


その隠し事が命取りになりかねない。今はそういう時代だ。それを政宗がわかっていないはずもない。


「俺は、普段からおめぇらの、人間としての部分を見ているつもりだ。
どんな隠し事をしてたとしても、そいつの人柄を見て安心できると思った奴しかこの城にはいねぇよ」

「・・・・政宗さま・・・」

「―――それに」


今まで柊に注いでいた目線を、ふと逸らした。


「・・・あんたを放っておきたくはないんだ」

「・・・・・ぇ」


なぜか今の一言だけが小さくて、意識がぼうっとしている柊にはよく聞き取れなかった。
それを政宗も悟ったのか、言いなおそうとして、やっぱりやめたらしい。話を変えた。


「鄭のじじぃには言わなくていいのか?」

「・・・このことは、内密にお願いしたいです・・・」

「Ok.誰にもいわねぇよ。 ひとつだけいいか? 今日みたいなことはよくあるのか?」

「いえ。今日は本当に珍しく、です」

「そうか。ならいいが・・・」


その時、どこからか成実の声が聞こえてきた。どうやら夕餉を前に突如消えた政宗を探しているらしい。


「後で飯もってくるから、暫く寝てろ」

「あんまり食欲ないんですけど・・・」

「ah? 俺お手製料理がくえねぇって言うのか?」

「え!? い、いえ、頂きます・・」


有無を言わさない彼の目線に、柊は逆らうことができなかった。









政宗が出て行ったあと、柊は痛みの最中聞こえた「声」を思い出していた。
女の笑い声を思い出すと、また少し息苦しくなった。私は、あの笑い声を知っている。遠い彼方で、私はいつもあの笑い声におびえていた気がする。


―――思い出せないが。


そして、もうひとつ聞こえた、男の子の声。この声を聞いたとき、なぜか少し安心した気がする。
全く持って柊には覚えのない声だったのに。声を思い出した瞬間、なぜか涙が溢れた。


沈み行く意識のなか、柊はただひたすら理由のわからない涙を流し続けた。











「―――ひとりで、泣いてんじゃねぇよ」


夕餉のあと、軽めの食事を作った政宗が再び柊の部屋を訪れると、彼女は寝息を立てていた。
そうっと顔を覗き込むと、うっすらと涙の跡が頬に残されていた。


その跡を、壊れ物にでも触るように優しく拭ってやる。






雨の音が、一層強くなり、その時彼が呟いた言葉はかき消されてしまった。













―――――――

サブタイトル「次第に増す雨の音」
長かったので2回にわけてupしました
伏線をちゃんと回収できるか今から不安(オイ

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あきゅろす。
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