第一章
10「何やら城の空気が不穏じゃな」
「―――・・・」
ふいに目が覚めた柊は、すぐにその意味を知った。
――刺青が、ドクドクと疼いている。
いつもとは違う疼き方に、柊はどこか嫌な予感がしてならなかった。
・ ・・やがてその不安は、決して気のせいではなかったと自覚することになる。
月が灰色の雲によって隠れた。どうやらもうすぐ雨が降りそうだった。
同じ頃、政宗は閉じていた目を不意に開けた。まるで今まで、眠っていたふりをしていたかのように。
誰もいないはずの襖に目を向け、やがて話しかけた。
「・・・何か収穫でもあったか」
すると、返事が返ってきた。
「――なにやら、徳川の動きが不審です。徳川の忍のものたちが妙に殺気立ってこの奥州のあたりを嗅ぎ回っております」
「徳川が? ・・・何企んでやがる」
「現在調査中ですが・・・、どうも、雲行きは良くありません。複数の勢力が絡んでいるようにみえます」
「複数だと? 目的はこの奥州か?どうやら俺の首狙い・・・ってだけじゃなさそうだな」
「恐らく。別の目的があるようにも伺えます。動きも統一感がなく、予測を付けずらい。
とりあえず、城の警護を倍に増やしておきます。いつ奇襲をかけられるかわかったもんじゃありません。
――相当の手代のようです、あちらで指揮をとっている者は」
「徳川の忍か?」
「いえ、そこをさらに統率する何者かがいるのは確かです。その者が徳川の者なのか、それとも他の誰なのかはまだわかりません。
――随分しっぽを隠すのが上手いようで」
「・・・気にくわねぇな」
「ええ。だから殿も、少しは気をつけて行動してくださいよ。城下に女連れで行ったりなんかしたら、あっという間に囲まれかねません」
「Ha! あいつをただの女なんて思うなよ。それなりに武術は優れているぜ」
「・・・おや、あなたが女を褒めるなんて、珍しいこともあるもんだ」
「・・・うるせぇ、用が済んだらとっとと行け」
「はいはい。 あ、そうだ。前田の風来坊も、どうやら奥州に入ったようです」
「前田の風来坊が? 徳川となにか関係でもあるのか?」
「さぁ、今のところ繋がりはないはずです。お互い接触したという報告は受けていませんので」
「じゃあ一体、なんの用でわざわざ京から奥州にきた?」
「・・・それが、風来坊と呼ばれる所以なんじゃないですか?」
「・・・随分のんきな野郎だぜ」
「では、これにて失礼します」
気配がすっと消えると、政宗は小さくため息をついた。最近どうにも、この奥州は静かだった。
だからそろそろ、何かしらの動きがあると思ってはいた。
それはまるで、ほんの少しの間の平穏を過ごしたことへの代償のようにも感じられた。今この世は、乱世。
あちこちで屍が転がり、血の臭いが充満している、そう、戦国乱世なのだから。
やがて空から雫の落ちる音に、政宗は眉を寄せた。
その朝。
襖を開けると、随分な量の雨が降っていた。空は曇天で暗く、とても朝とは思えなかった。
部屋によっては、すでに明かりが灯されていた。
柊は身支度を整え朝餉に向かう途中、成実に会った。
「おはよう、柊ちゃん。 ひどい天気だね」
「おはようございます。 ええ、本当に」
成実と一緒に空を見上げた柊は、昨夜からずっと続いている刺青の痛みに、つい右腕を押さえた。
「あれ、右腕、痛むの?」
「え、あ・・・・」
「前から気になってたけど、もうずっとそこ包帯してるよね? 随分長引いてるみたいだね、怪我」
「・・・怪我・・。 そう、ですね」
なんなら俺の知り合いに、南蛮の薬を扱っている医師がいるから、よかったら紹介しようか?
と親切に言ってきてくれた成実にやんわりと断りを入れた。
―――怪我。刺青は怪我ではないけれど、表現するなら怪我のほうが近いのかもしれない。
しかしこの痛みは、例えこの国より進んでいるといわれる南蛮の薬を持ってしても癒せないことは、柊にも重々承知だった。
「成実」
後ろから声がして振り返ると小十郎がこちらに向かって歩いてくるところだった。小十郎は柊に視線を向け、微笑み朝の挨拶を交わした。
それからすぐに成実に視線を移し、今度は少し眉を寄せ告げた。
「急だが、朝餉のあとに、重鎮を集めて話し合いがある」
「話し合い?・・・軍義じゃなくて? ――なんかあった?」
「まだ、な。 正しくはこれから、だ。 とりあえず、さっさと済ませて来い」
「はいよ。 ・・・ふぅ、平穏は長続きしない、ってか」
朝餉を終えたあと、小十郎と成実、そしてその他の重鎮たちは早急に広間を出て行った。
政宗はその日、朝餉に姿を現さなかった。恐らく別のところで食べたのだろう。
柊が医務室へと行くと、すでに鄭がいた。
彼は城に寝泊りをしているわけではなく、ちゃんと帰る家があるためほぼ毎日、城と家を行き来していた。
「おはようございます、鄭さん」
「おお、はよう。 ・・・何やら城の空気が不穏じゃな」
「ええ。朝から重鎮の方たちを集めての話し合いが行われています」
「そうかい。町のほうは、特に変わった様子は見受けられなかったが・・・、何かあったのかのぉ。今日の夕方にでも軍義が開かれるのかね。また戦か」
「戦・・・」
戦。その言葉がひどく柊には遠い言葉に思えた。戦国乱世といっても、幸い柊が住んでいた地域は戦場になることがなかった。
今思えば、それは政宗の父のおかげかもしれなかったが。
そのため柊は、直接戦というものに関わった事がなかったのだ。しかしそれも、これからは難しいだろう。
「・・・鄭さんは、戦に行ったことはありますか?」
「あるとも、医師としてな。戦場に転がった兵を拾い集めては怪我を治して、また戦場に送り出して、戻ってくる奴もいりゃあ、・・・戻ってこない奴も、沢山いたな」
「・・・・」
「今じゃ、死に行くことに恐怖する奴を珍しく感じる。特にこの城の奴らは、筆頭万歳、御方のためならこの命投げ打ってもいい、なんて奴らばっかよ。
でもな、それでも政宗さまだって、城の奴らだって、死なないに越したことはないんじゃ」
ようやく、柊にも鄭が何かを言いたいかわかってきた。
「――だから私たち医師が、零れ行く命を少しでも多く救えるよう、鄭さんは戦へ行かれるのですね」
「そうじゃ。 わしゃあ、この城の奴らが大好きなんでな。
奴らがいくら命捨てようとしたって、わしはそれを許さない。・・・許しちゃいけないんじゃよ」
鄭は優しく微笑みながら言った。
「・・・私も、ここの方たちが、大好きです」
柊はこの城に来た日から今日までのことを思い返した。
温かく迎えてくれた小十郎や、成実、城の人たち、そして政宗。
いつも、城に来たばかりの柊に何かと世話を焼いてくれ、身の回りのこと、そして鍛錬にも度々付き合ってくれた。
たくさんの人が、柊のことを温かい、優しい眼差しで観てくれた。
それは柊にとって、慣れないことでもあり、でも同時にとてつもなく嬉しかった。
初めて、私はここにいていいのだと言われた気がした。
たくさんのものをくれた城のみんなに、傷ついてほしくない、・・・死んでほしくない。
これはただの柊の我侭だ。だけど、きっとそう願っている人がほかにも沢山いるはずだ。
こんなに素敵な人たちがいる、その人たちを想う人たちも、きっと同じ数、もしくはそれ以上いるのだろう。
私たち医師には、助ける術がある。方法を知っている。
だから、護れる限りでも、護りたい。
心からそう想うのだ。
「だから、次に戦になるときは、私も連れて行ってください」
真っ直ぐに、鄭の瞳を見つめて柊は言った。
鄭は暫く何事かを考えるように視線を逸らしたあと、告げた。
「・・・それを決めるのはあくまで上の者たちじゃ。わしの意思ひとつでお前さんを戦場へ連れては行けない。
だが、まぁ、わしからもお前さんを連れて行けるよう、口添えをしてこう」
「! ありがとうございます!」
「うお〜い、柊ちゃん! さっき剥がれた瓦を直してたら、すべって二階から落ちちまって足痛めちまってよぉ。ちょっと診てくんねぇか?」
急に襖を押し倒す勢いで誰かが入ってきたと思ったら足軽の五郎だった。
彼はおっちょこちょいのせいか、どうも生傷が耐えない。ちょっとした医務室常連さんだ。
しかし二階から落ちたにも関わらず、意外に元気そうな彼を不思議に思いながら、柊は足を調べてみた。
「・・・ちょ、五郎さん!これ骨折してるじゃないですか!!」
「ええ、マジでか!!あ、骨折って聞いた途端急に痛くなってきた!!」
「ええ!? 動かないでください! まず骨の位置を直さないと・・・」
「どれ、わしがやってやろう。 わっぱ、泣き叫ぶなんて阿呆な真似、よすんじゃぞ」
「ちょ、ちょいまち!! いやそれ結構痛いんじゃ・・・・・・」
五郎の心の準備も聞かず、鄭は足を握り力を入れ・・・・・。
その瞬間、医務室からはこの世のものとは思えない断末魔が聞こえた。
それは話し合いをしていた政宗たちの耳にも届き、話し合いの内容が内容だっただけに、一斉に緊張が走り、ドタドタと医務室に重鎮たちが入ってきて状況を把握した彼らは、
「五郎うるせぇ!」だの「ふざけんなてめぇ!!」など八つ当たりに近い暴言を五郎にぶつけささと戻って行った。
ちなみに五郎はその時、あまりの痛みのため気絶していた。
―――――――
半端なところで終わってすいません!
続きは後日upします。
勢いで前田さんも奥州に投入しちゃったよ、考えなしです言っておきますがw
まぁ彼ならこちらの無理な注文ものらりくらりとこなしてくれると信じてみる(おい
読んでいただき、ありがとうございました^^
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