アヴィラ
19
「中々の観察眼です。やれやれ口で女性に勝とうなんて私がバカでしたね、ではボドリュ卿。」
そう言ってレイスは去って行こうとしたので、私はレイスの服の裾を引っ張った。
「ラファー?」
「今度は私から連絡する。」
一瞬私の言葉に驚いた顔をしながらレイスはニコッと笑い、先程読んでいた分厚い本を持って去って行った。
私も仕事をしようと城へ戻ろうすると、蹲る様に倒れている男を発見した。
見た事のない様な肌と髪。
「異国人?」
ここアヴィラは一番大きな大陸の一番大きな国だが、遠い遠い世界地図にも載らないような世界の端っこの小さな島国の人間は見た事のない容姿をしていると聞いた事がある。
彼はそこの異国の人だろうか?
「大丈夫か?!」
聞いてみたが返事も無く、意識も朦朧としている様に見えた。
「君はどこから来たんだ?」
聞いてみたが返事がない。
私は彼を休める場所に運ぶ為に走って城の中の衛兵を探しに行った。
===
城の人間に彼を知っている人間がいないか探したところ、結構簡単に見つかった。
後宮の衛兵が一週間前に彼を後宮の部屋へと案内した事を覚えていた。
「わからない」と言うかわった名前の様だったと衛兵は話した。
彼は後宮に入れられた異国の人らしい。
ラガバス卿と言うディカント卿が最近失脚してしまった変わりに力を付けつつある男が後宮に入れてくれと置いていった異国人。
彼はアヴィラ語を話せない上に理解も出来ない様子だった。
キアルーク陛下になってから後宮に掛かるお金は全て後宮に入っている本人持ちで『人質を押し付けられた上に、経費まで何故払わなければいけない?この待遇が気にいらなければ国や家に戻れ。』と言う事らしく、後宮にいる人間の食事や掛かる経費は皆、実家やその人が来た国持ちだ。
だから、本来彼の経費をラガバス卿が払っていなければいけないのだが、その仕組みをラガバス卿はわかっていなかったみたいだ。
言葉が通じたなら、その事も伝えられただろうが彼は言葉を理解出来ないばかりにその事を伝えるすべがなかった。
しかも、この後宮は嫉妬やライバル心の塊で出来ている様な場所だから彼が食事をしていようとしていまいと親切に何かしてあげようと言う人間も教えてあげようと言う人間もいなかったらしい。
なので彼はこの一週間食事を与えられる事がなかった様だ。
「可哀想に。」
私はラガバス卿に「彼の援助をする気があるのか?」と手紙を書き、厨房でおかゆを作って貰った。
彼が与えられていると言う部屋に彼を運び、厨房で作ってもらったおかゆを持って行く。
1週間も何も食べていないなんて、生きているんだろうか?と心配していたらパチッと目が開いた。
「大丈夫か、身体辛くないか?」
私がそう言うと、彼は自分の居場所を確かめるようにキョロキョロと視線を動かした。
『£ё ……。』
彼は何かを聞こうとしている様だ。
でもその前に彼に何か食べさせなければ。
この1週間、何も食べていないらしい彼に私はおかゆの入った食器を渡した。
『ЮЮX£Ю£……。』
驚いた顔で私を見る彼。
私は彼が警戒を解き、食べやすいように中のおかゆをすくって口元まで持って行く。
すると、彼は怯えているのか唇を震わせながらゆっくりと口を開けた。
まるで親鳥が雛に餌を与える様に私は彼の口におかゆを運んで上げた。
おかゆをコクンと飲み込むと彼の瞳に涙が滲んでいく。
可哀想にと思った。
言葉もわからない状態で、こんな嫉妬の渦巻く後宮に入れられて1週間食事もろくに与えられないなんて。
「大丈夫かい?食べられる?私の名前はラファー・ボドリュ。ラファーだよ。」
自分を指差して名乗る。
彼は理解出来るだろうかと思いながら、ゆっくりと何度も名前を告げた。
すると彼は理解出来たのか、私を指差して「ラファー?ラファー?」とタドタドしい発音で言った。
私はそうだよとコクコクと首を縦に振って肯定した。
「君の名前は『わからない』?」と聞くと、彼は大きく首を振った上に、胸の前で腕で大きなバツを作った。
そして自分を指差して『カナメ・カナメ』と何度も言った。
「君の名前はカナメ?」
君の名前はカナメなのかと聞いてみる。
すると彼は凄く嬉しいそうにコクコクと首を縦に振った。
『ЮЮX£Ю£$Ю££カナメ。』
じゃあ、『わからない・カナメ』と言う名前なのかと「わからない・カナメ?」と聞いてみる。
「ЮЮX£Ю£$Ю££Эёёtトキダ・と・き・だ・トキダカナメ。」と彼は何度もそう言った。
私は彼の発音をそのまま繰り返した。
どうやら彼の名前はわからないではなくトキダ・カナメと言う名前のようだ。
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