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アヴィラ
17
「ヴィクトリア様……恐れながらそれは無理です。」

「どうして?」

「お子が出来るのには、十月十日かかるのです。ヴィクトリア様も、ロアーク様もそれだけの年月をかけてお生まれになられたのですよ?」

「そう、では来年まで待てば妹が生まれてくるのね!」

ヴィクトリア様の言葉に思わず悩む。

ロイ様は魔法で女性になられて2人のお子を出産された。

3人目のお子がそんなに簡単に出来るだろうか?

「ま、まぁ……もしかすればお産み下さるかもしれないですね。」

「妹が出来れば、お母様に貰った絵本も読んであげるわっ!」

「そう言えば、今日は絵本をどうされたのですか?」

ほぼ毎日、嬉しそうに抱えていらっしゃったと言うのにお持ちになられてないなんて珍しい。

「昨日、お母様のところに行く前にレイスに貸してあげたのよ。ラファーとお母様以外に触られるのは嫌だけれど、レイスはお父様と仲が良いから特別なの。」

そうヴィクトリア様は言われた。

「レイスに……ですか?」

「ええ、少しの間だけ貸して下さいって言ったわ。」

「そう……ですか。」

レイスはロイ様の絵本をどうする気なのだろう?

そんな事を思った。

そこから更に数日が経ち、町にロイ様の書いた絵本が溢れた。

町の者達は、姿を現さない正妃様の人柄に触れる機会だとこぞって絵本を買い求めたようだ。

城の中でも、そして町を歩いても、町人達が口々に絵本を読んだ話をしている。

「よぉ、話題の本を読んだかい?」

「ああ、正妃様が書いたと言う絵本かい?」

「あの絵本をどう思うよ?やはり王家の策略かい?」

「どうかねぇ……でも、あの本のようにキアルーク陛下は確かに恐れられているが、今のアヴィラの暮らしやすさは歴代の王の中で一番だと思うぞ?」

「確かになぁ……ほとんどの敵国を滅ぼしたから戦も無いし、戦が無いから穀物も豊富だ。税金だって、前々王の3分の1、前の王の2分の1だ。市にだってモノが溢れんばかりで、活気づいているしな。」

「しかも、男同士、女同士、男女。どんな結婚も認められている。」

「正妃様がキアルーク陛下に望みを聞かれて、この国の平和を願ったなんて話もあるらしいぜ。」

「そうなのか…お姿の無い正妃様、実は女神様なんじゃないか?」

「かもしれないな。」

「じゃあ、キアルーク陛下はその女神様に選ばれた陛下って事になるんじゃないか?」

「ああ、きっとこの国は大きくなるぞ。」

「キアルーク陛下、そして正妃様万歳だな。」

久しぶりにボドリュの屋敷から城までを馬車ではなく歩いていると、町の人々の話を聞いた。

井戸端会議をしている町人の言葉は、まさに私が望んだキアルーク陛下への賛辞に違いなかった。

ルイラ様とお約束した様な、立派な陛下としての名声。

そして、キアルーク陛下の為にロイ様の絵本を町中に溢れさせたのはレイスに間違いなかった。

城の中に入り、庭園の中を歩く。

木陰で分厚い本を読む、銀の長い髪をゆるく結んでいるレイスを見つけた。

ジャリッと言う音でレイスは私に気が付いたようだった。

「どうしました?ボドリュ卿。」

そう言って、レイスは私に笑いかける。

私は何を言っていいのかわからず、とりあえずレイスの横に座った。

「用事も無いのに貴方から私に近づいてくるなんて珍しいですね。」

横に座った私をからかう様な声でレイスはそう言う。

そのまま、レイスは分厚い本を読むのを再開したようだった。

しばらく無言の時間が続く。

私はボソッとレイスに「有難う。」と言った。

「どうしたんですか?急に。」

「ロイ様の絵本を複写して町人が読めるようにして、キアルーク陛下の民の評判を上げてくれて。」

「貴方がそれに礼を言うんですか?まるで陛下の保護者ですね。」

クスクスと楽しそうにレイスは笑う。

「当たり前だ。私は陛下の従者だったし、ルイラ様にも立派な王に、とお約束したんだから。」

「貴方と前正妃様の約束はこれで果たせましたか?私と貴方の約束はどこまで有効ですか?今のキアルーク陛下は貴方の望む王ですか?」

「え?」

「約束でしょう?貴方を貰う代わりに、キアルーク陛下が貴方の望む立派な王になられるのを手伝うと。ただ前王妃との約束は果たせたのなら、心を私に向けて貰えると嬉しいのですがね。」

「レイス……どうして私なんだ?」

何年もの疑問を本人にぶつけた。

「一目惚れに理由なんていらないでしょう?」

「私は容姿が優れているわけでも、特に何かに秀でているわけでもないのに。」

「だからなのかもしれないですね。」

「え?」

「私の周りにはキアルーク陛下を筆頭に容姿も才能も何かに優れている人間が多いはご存知でしょう?」

「あ、ああ。」

「全てにおいて優れている人間は確かに魅力的に映りますが、私は貴方の最初から優れているわけじゃないですが努力と優しい性格でそれを補っているようなところに惹かれたんです。何度も伝えたでしょう?貴方のその甘い性格は嫌いじゃないと。好きですよラファー。」

レイスは私の目を見て、いつもの様にそう言う。

「わ、私も……レイスが好きだ。」

レイスに初めて抱かれてから既に数年が絶っている。

何度抱かれたかわからないぐらいなのに、今になってようやくそう思えて私はレイスに自分の気持ちを素直に伝えた。

何年も私の事を思い、私との約束を大切にしてくれるレイスを愛しいと思った。

私が初恋の人であるルイラ様との約束にこだわっているのはレイスとはなんの関係も無いのに、レイスは私の望みを叶えようとしてくれる。

本当は気が付いていた。

もっと、ずっと前から自分がレイスに惹かれている事を。

意地になって、それを認めようとしなかった。

そう言えば、好きだと伝えたのに返事が返ってこない。

レイスの事だから「ええ、前から知ってましたよ。」とニヤニヤ笑いながら言って来るだろうと思ったのに。

そう思って、レイスを見ると顔を真っ赤にさせて吃驚した顔をしていた。

そんな顔のレイスなんて見たことがない。

いつも冷静で、少し冷たい印象のあるレイス。

長い銀の髪をゆるく肩で結んでいるのが余計にそう思えるのかもしれないけれど、感情すらも理論的な男がそんな顔をするとは思わなかった。

「レイス?」

「ああ、すいません、ちょっと待って下さい。」

レイスはそう言って、片手で自分の顔を隠すように覆った。

「失礼しました、まさか貴方がそんな事を言ってくれるとは思ってなかったので少し驚きまして。」

「え?」

「ずっと一方的に私だけが貴方を好きなのだと……まさか貴方が私を好きになってくれるとは思ってなかったものですから。好きと言う感情を無理に押し付け、無理に身体を奪う私を貴方が好きになってくれるはずがないと思ってたので、今、混乱してます。」

耳が赤い。

そんなにうろたえているレイスを初めて見た。

そして、そんなレイスを見て自分よりも4歳も年下だった事を思い出した。

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あきゅろす。
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