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アヴィラ
15
『好きですよ……ラファー。』

脳内に再生されるレイスの艶やかで色っぽい声。

ゾクリと身体に何かが走った。

いつも『好きだ』『愛してる』と言う癖に、私にどう思っているのかを聞かない。

そんなレイスに甘えて、自分がレイスをどう思っているのかなど考えた事が無かった。

私は……レイスを。

嫌っているわけじゃない。

……なら。

好き……なのか?

幼い頃、ルイラ様に初恋をした。

それから恋などした事がない。

レイスを思い出すと、身体が熱くなる。

これは恋とは違う気がする。

ルイラ様の初恋を恋だとするのなら、こんなにゾワリと身体の奥の何かが蠢くような感覚は絶対に恋じゃない。

レイスの事を考えると動機と息切れがする。

背骨に電気が走る。

こんなに胸が苦しくなる。

甘くてふわふわしたルイラ様への気持ちとは全然違う。

だから恋じゃない。

「何を考え込んでいるの?貴方もしっかりと捕まえて置かないと、陛下やマルス将軍ほどじゃないけれどグレイドル宰相に嫁ぎたいとおっしゃる令嬢や子息も多いんだから。」

「つ、捕まえるって。」

「恋人なんでしょう?婚姻するの?」

「こ、こいび……婚姻?!」

「何を驚いているの。別に変な事じゃないでしょう?陛下だって男性であるロイ様を娶られたわよ?それに陛下が正妃様を娶られた事で同姓同士の婚姻が町で流行しているそうだし。」

「いや……だが、貴族同士には慣例や習慣が……陛下が正妃様を娶られたのとはわけが違うし。」

「あら案外頭が固かったのね、ラファー。本当に好きならそんなもの関係ないでしょう?」

「いや……だが……。」

「そんな風にボヤボヤしている内にグレイドル宰相をファビーラ令嬢に取られるわね。ファビーラ令嬢は、城まで乗り込んでくるぐらいに積極的なんだから。」

エルザはそんな事を言った。

「……。」

私には、考えられない。

自分の気持ちすらわからないのだ。

自分が本当にレイスを好きなのかどうかが。

「ファビーラ令嬢は上流貴族で前宰相の娘。中流貴族のご出身だけれど現宰相であるグレイドル宰相なら相手には不足ないわね。それに前宰相のお力で宰相になれたグレイドル宰相には恩みたいなものもあるでしょうし。」

そうだ。

本来、宰相は上流貴族出身でなければならないと言う慣例があり、中流貴族出身のレイスが宰相になるには家柄が不足していた。

陛下は他の貴族を押しのけ強引にレイスを宰相にと言われ、上流貴族だけの議会は反対して。

ああ、思い出した。

あの時、レイスとファビーラ令嬢が婚約したのだ。

前宰相が、婚約すれば将来我が義息となるのだから何も問題ないと。

なのに、レイスが宰相になって数週間で婚約は破棄された。

あの頃の私はレイスが苦手で、レイスの姿を見れば避けていたので、それを聞いてもそんな事があったのか、としか思わなかった。

その後、レイスには「宰相になる為にファビーラ令嬢を利用した。」と言う噂が流れた。

だが、いつしか、あまりにも優秀であり死神と呼ばれ始めたレイスにそんな噂は吹き飛んでいた。

何故、そんなに優秀な男の求める人間が私なのだろう?

レイスは一目惚れだと言った。

だが、自分にそんな一目惚れするような要素はない。

私にはレイスが何を考えているのか全然わからない。

「ラファー、そんなに悩まないで。恋や愛は頭じゃなくて心でするものよ?」

エルザはそんな風に私に言った。

===

レイスとの関係は変化の無いまま、更に2年の月日が過ぎた。

レイスとファビーラ令嬢がもう一度婚約すると言う噂が流れて2年が過ぎたが、いまだ消える事もなく、だが本当に婚約する事も無かった。

私に遅すぎる縁談が来たが、私はそれを断った。

レイスの事だけで精一杯の私には、縁談を受けて女性を娶る余裕などない。

以前と変わった事と言えば、自分がレイスでなければイケない身体だと自覚させられた為に、レイスに抱かれる事を拒まずに呼び出しを受ければ素直に応じるようになった事ぐらいか。

別に婚姻などしなくても良い。

レイスはいつかファビーラ令嬢と婚姻するかもしれないが、私は1人でいい。

キアルーク陛下とロイ様のお子様であるヴィクトリア様を立派なレディーにする事が私の生き甲斐なのだから。

「ごきげんよう、ラファー。」

小さなドレスの裾を少しあげて、ヴィクトリア様が私に挨拶をしてくださった。

最近、ヴィクトリア様がよく手を繋いで歩いていらっしゃるロアーク様はお昼寝中なのかいらっしゃらない。

「ごきげんよう、ヴィクトリア様。昨日はお母様であるロイ様とお会いになられたのですよね。楽しかったですか?」

「ええ、とても楽しかったわ。お母様にお父様の絵本を貰ったのよ!」

そう言ってヴィクトリア様は、自分が持っている絵本をとても嬉しそうに見せて下さった。

最初は月に1度だったロイ様に会える日が、今では月に3日に増えている。

このまま、沢山会える日が増えればヴィクトリア様もとても喜ばれるのに。

「ロイ様がキアルーク陛下の絵本をですか?」

「ええ、ラファーには読んであげるわ。」

そう言って、ヴィクトリア様は芝生に座った私の膝の上に座り、ロイ様がお作りになられたらしい絵本を読むために開かれた。

『ある国に寂しい王様がいました。

王様は戦いによってお母様とお父様を亡くしてしまったのです。

戦いは悲しいです。

みんな失ってしまいます。

そこで王様は考えました。

みんなが幸せになる為にどうすればいいのかと。

自分が一番強くなればいい。

王様はそう考えました。

自分がいっぱい強くなればみんな怖がって言う事を聞くだろうと考えたのです。

そして王様はいっぱい強くなり、王様が一番誰よりも強くなりました。

そして王様の事が怖くなったみんなは戦をやめ、戦いは無くなりました。

だけど強くなりすぎた王様の事をみんな残虐だとか、残忍だとか言いました。

でも、王様はそれを受け入れました。

なんと言われようとみんなが幸せならそれで良かったからです。

寂しい王様は、みんなの為を思う、本当は良い王様だったのです。

今日も寂しい王様は、みんなが幸せに暮らせるように王様のお仕事をしています。』

可愛らしいお声で私に絵本を読んで下さる。

私は知らず知らずの内に涙が溢れていた。

「ラファー?どうしたの?どうして泣いてるの?」

心配して下さったヴィクトリア様が小さな手を私に頬に当てて心配そうに覗き込む。

「いえ、嬉しくて泣いているのです。」

「嬉しい?」

「ええ、ロイ様がキアルークのお妃様で……ヴィクトリア様とロアーク様のお母様で嬉しいんです。」

本当に嬉しいんです。

初恋の人だったルイラ様、そして泣き虫だがお優しいキアルーク様。

立派な王にとルイラ様とお約束をしたのに、気が付けばキアルーク陛下はいつの間にか暗黒王などと言う名で呼ばれていた。

レイスのせいにした事もある。

だが残忍さを隠しもせずに、王として振舞われるキアルーク陛下を見る度にレイスのせいだけじゃないのだと思い知らされた。

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