アヴィラ
10
「わからない……キアルーク陛下が望まれたのはイーラ様なのか、それともロイ様なのか。」
「せめてそれだけでもわかれば良かったんですが。」
そう言ってレイスは溜め息をついた。
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レイスの傷が癒え、それから随分と時がたった頃、ディカント卿に城で会った。
「お久しぶりですね。ディカント卿。」
「ああ、久しぶりだな。ボドリュ卿。」
「長く城でお見かけしませんでしたが、どうされたのですか?」
「いや、今日は陛下に特別に謁見してもらう予定なのだ。」
「特別に?」
自分の質問とは随分と違う答えが返ってきて私は困惑する。
「ああ、私は陛下の大切な方をお連れしたのでね。その為に随分と長く城どころか国を留守にしていたのさ。」
「大切な方?」
「マディスのイーラ殿下だ。」
「え?」
ロイ様が来られた当初、離宮にしかお渡りにならなかった陛下が8ヶ月前をさかいに離宮へとお渡りになられなくなった。
貴族や城の中の者達はこぞって『イーラ様を望まれたのに、来られたのはロイ様だったゆえに物珍しさで通われていたが飽きられたのだ。』とか『やはりロイ様は間違って来れられた正妃様でしかないのだ。』などと噂した。
だが、私にはどうもそう思えなかった。
キアルーク陛下が望まれたのは、本当にイーラ様だったんだろうか?
何故、私はあの時、陛下のお傍を離れてしまったんだろう?
イーラ様を知っていれば、キアルーク陛下が望まれたのがロイ様だったのか、それともイーラ殿下だったのか、わかったかもしれないのに。
「イーラ殿下をお連れした私はキアルーク陛下の覚えもめでたくなるに違いない。そうすれば私の娘が側妾の地位を貰うのも遠い話じゃないとは思いませんか。ねぇボドリュ卿?」
「はぁ……。」
そう言われて生返事を返すしか出来なかった。
間違っているかもしれないロイ様ですら、離宮にしかお渡りになられないのに、イーラ殿下が正しい正妃様なら、ディカント卿の令嬢は見向きもされないのではないだろうか?と思ったが、言葉にするのは止めた。
嬉しそうな顔をして去っていくディカント卿の背を見ながら溜息を付く。
ディカント卿の後を追い謁見の間へ行こうと考えたが、それはやめた。
どうやら私はキアルーク陛下にロイ様を望んで欲しいと思っているようだ。
それは、あのお二人の小さかった頃の私の記憶がそうさせるのかもしれないが、隣国マディスの第二殿下であるイーラ殿下にお逢いされ嬉しそうになさるキアルーク殿下を見たくなかった。
キアルーク陛下が望まれるのはロイ様であって欲しい。
あの凍りつくような寒さの中、ルイラ様の首飾りを探してくださった幼いロイ様を思い出す。
心が強くお優しかった方がキアルーク殿下と共にあって欲しいと思う。
私は歩き出し、城の綺麗な噴水のある庭へと出た。
美しい庭の先には、歴代の正妃様の為に作られた離宮がある。
ルイラ様と小さな頃のキアルーク様もお住まいになられていた離宮。
転んでは泣かれ、ルイラ様が「泣かないで」と優しくお声を掛けていらっしゃったのを思い出す。
そんな離宮の見える噴水の外枠に私は腰を下ろした。
「そこにいらっしゃるのは、ラファーですか?」
「カイン。」
声を掛けてきたのは、魔道団団長のカイン・バスパルだった。
「何をされておられますか?」
「いや、何も……。」
「そうですか。そう言えばレイスは一緒ではないのですか?」
「え?なぜレイスの事を聞く?別に、いつも一緒にいるわけじゃない。」
「そうですね、それは失礼しました。」
そう言ってカインはそう言って私の横に座った。
「そういえばレイスから聞きましたが、世継ぎの心配をされているそうですね?」
唐突な話を振られて私は驚く。
「あ、ああ……だが、何故、突然そんな事を?」
「レイスが魔道で子は成せるかと言う事を最近聞いてきたものですから……聞くとボドリュ卿がキアルーク陛下の世継ぎの心配をされているとか。」
「レイスが?」
「ええ。なので、出来ると答えておきました。」
「え?出来るのか?」
「はい、ですが私一人の力では無理です。高位の魔道士が三人いる事、変化を強く望む者がいる事、そして……。」
「そして?」
「術を受ける側に身を引き裂くほどの激痛に耐えられる精神力が必要です。心が負ければ身体が魔術に負ける事もある。」
「激痛に耐えられる精神力。」
「ですが、お世継ぎの心配はしなくて良いようですよ?」
「何故?」
そうカインに聞いた時、ロイ様付きの侍女になったはずのマーサが離宮から慌てたようすで出て来て本城の中に入って行った。
「……マーサ?」
「もう、お生まれになったのかな?」
「カイン?」
「謁見の間に行くと良いです。私がお世継ぎの心配をしなくていいと言った意味が分かりますから。」
そう言われて、カインはその場から立ち去った。
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