3
まるで湯たんぽを抱くかのように、総悟は土方に手をまわした。
そのまま、深く、深く、息を吸う。
「あんた、あったけえ」
「お前が、冷てぇんだよ」
「クーラー効き過ぎなだけでさァ」
少年は、何度も、何度も、息を吐く。
この行為はもしかしたら、これから来ることがわかっている呼吸困難への彼なりの対処なのだろうか、と土方はひとり、根拠のない予想をたてる。
胸に感じるぬくもりは心地よい。
何の気なしにふと、ぽん、と手のひらを乗せれば少し離れて分かった、自らの内にすっぽりと収まってしまう未発達の四肢、少しだけ大人びてきた顔、夕日で揺れる睫毛の影。
「いい、よな?」
当然肯定されるものと思った土方は、答えなど求めずその白いうなじに口付ける。ぴくっと身体を揺らされて悪い気はしない。むしろ微笑ましいくらいだ。
けれど、自然と上がった口角は、総悟の手によって元よりも低くまで下げられてしまう。
「なんだ?」
「匂い」
さも不満げに総悟は呟く。
「は?」
突然の不機嫌にわけの分からない土方は、どうかしたのかと少年の顔を覗き、込もうとした。が。
「に、お、い!」
剣道部、次に戦いを回させない異色な先鋒の、素手面打ちが医大生にクリティカルヒット。
土方はその場にうずくまるしかなく、そんな男を、総悟は見下すかのように立ち上がる。
オーラ、というものがわかった気がした。
「そんなに、匂いがつくくらい、よろしくやってたんですねィ。見損ないやした」
「…は?」
土方は、本日二回目な同様の疑問詞を吐く。
「そういうことですかィ、迎えに来るっつったのは」
総悟はやけに饒舌だったが、それは憤りを包んでいるようにも思われた。土方がぐっと視線を送った時に、一瞬身を引いたのが真実くさい。
「何言ってんの、お前」
「・・・っせェなぁ。帰る、帰りやす」
「は…、はぁ!?」
待て待て待て、何をそんなに怒っている?
総悟のパーカーの裾を掴んで立ち上がりながら、土方はぐるぐると思案した。
匂い?何の話だ??
歩みを止められた高校生は無言で土方に攻撃を浴びせていた。地味に痛い。
なんなんだ、俺が何をした?
待てって、匂い、匂い、………匂い?
「・・・あ?」
無意識に言葉が漏れた。
総悟はきりりと土方を睨み上げてくるが、
思い出した。
ああ、匂いね。あれか。
「あああ、そゆことか。はいはい、わかりましたわかりました」
そういうと、ほら、やっぱり思い当たる節があるんだ、とでも言いたげな顔を総悟はつくる。
唇の内側を吸うように噛むのは、拗ねている証拠だった。可愛い。
独占欲、っての、今まではウザいだけだったのにな。
「昼、高杉ン家居たんだ。坂田のストーカーしてる女、というか坂田のせいで」
状況はこうだった。
学食で高杉とレポートの要点確認をしていたら、坂田がやつれた様子でやってくる。絡みたくなかったが、あまりにもしつこいので仕方なく話を聞いてやれば、ストーカーに追いかけまわされて困っていると言うのだ。
まったくどんな奴なんだと土方は尋ね、物好きな奴だなと高杉が興味なさげに呟くと、坂田は学食堂をうろうろしている赤縁眼鏡を指差す。
するとなかなかどうして、かなりの美人だった。スタイルもいい。
これ以上坂田に依存されるのが面倒だった土方は、交渉に向かう。話せば分かってもらえるだろうと踏んだのだ。高杉はひらりと手を挙げた。
一言、声を掛けた。
その瞬間に目の前は茶色のつぶつぶ。ねばねば。
納豆だった。どこから出したのか、なぜそんなものを持っていたのかもわからないが、納豆だった。
「はっ・・・あほらし」
「ンな顔すんじゃねェよ!!それから大変だったんだからな!坂田連れて高杉ン家寄って、洗濯機借りて、それでもニオイ落ちねーっつったら
『早く帰れ、邪魔』
って香水ぶっかけられて!!坂田殺す!!」
「センパイは素直なだけでさァ」
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