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鉄製の螺旋階段をぐるぐるとまわって4階まで上がる途中、そういえば今年は残暑厳しいって言ってたっけと、夏にすがる声を背に感じて思う。
数年前から続く、習慣とも日課ともいえる行為行動には常に季節が背景としてついているので、総悟は、週に1回訪れるこの場所でいつも時間の流れる周期や雰囲気を覚えるのだった。

今日はそう、ああ、もう少ししたら小学校の運動会だななんて、去年まで出ていた地区リレーのことをちらりと。

「ひーじーかぁーたぁー!!!」

走るように上ってきた4階分の息切れを一気に済ましたら、こんなところまで来させやがってと、毎回の恨みを込めて、マンション特有のドアをとりあえず蹴っておく。
 
近所迷惑なんじゃないかとか、そういうことはあまり考えない。
しかしそれは非常識だとかではなくて、単に、昼間なんだから、という実に勝手で、尚かつ簡単な解釈をしているだけであり、決してガラが悪いわけではないのだ。

それに、総悟には少々思い込みの激しいところがある。

そもそも、ここに総悟が来たのだって、なにも土方が呼びつけたわけではない。

『夜には車で迎えに行くから』と告げて電話を切った土方に何も言わず、予定より3時間も早くに、電車を乗り継いでまで押し掛けてきたのは、他ならぬ総悟自身だ。
それゆえ「来させやがって」などというセリフは言うべきものではないだろうが、どんな事情も上手く噛み砕いてしまうのが、総悟の総悟たる所以でもある。


蝉が煩く鳴く。身を屈めて汗を拭うと、秋を思わせる風が後方からそのあとを撫でた。

高1も中盤、普通ならば彼女と共に過ごしていそうなこの緩やかな休日を、わざわざ4つ年上の幼なじみ2人で過ごすというのには、もちろん普通ではない理由がちらついている。真相を知る者はごくわずかだ。



「ひーじー・・・」


1回目の襲撃後、なんの音沙汰もない扉を第二波が襲おうとした。それを止めたのは、長方形の向こうから転がりくる騒音で、どったんばたばた、衝撃音でも続くのかと総悟が危惧してからひと間して、勢いよくその待ち焦がれたドアは開いた。
同時に飛んでくる怒号、視界に入る黒。

「てんめーはそういう呼び方しか知らねェのかァァ!!ここに見えるよな?な??インターホンという文明の利器がァ!!!」

顔を合わせるなりもくもくと、煙が2人の間に広がってゆく。待ち望んでの再会はさぞ嬉しいだろうと思いきや、立ち淀む白の中で総悟は嫌悪感いっぱいにし、いかにもわざとらしい動作で咳き込んで、こともあろうに土方を睨み上げて文句を言い始める。

「げほっごへっ、マヨでイカレちまったがほっ、耳じゃ聞こえなかったんじゃないですかィ?がはっがはっ」

うえ〜っ、と周りを払う総悟に、ため息を吐く土方。
 
「アホみたいな咳すんじゃねェよ。大体お前はこんなのもう慣れっこだろうが。今さらンなことやんじゃねェよ、この、ガ・キ!」

語尾を強めてそう言い放つとともに、土方は総悟の頬を両手で引っ張った。するとまだまだあどけなさの残る少年は、一瞬こそ短く呻いたものの、悪態をつくことは諦めず、男の指を引っ張り剥がすと、「うっせー蒸気機関車!」「ヤニ中!」などとどこか楽しそうに叫びながら、土方の脇をひょいとすり抜けて部屋へと突入していった。

(・・・5日ぶり!)

実はかなりテンションの上がっていた少年が脱ぎ散らかしたシューズと、その被害を受けた住人のスニーカー。プラス、必要とされなかったスリッパ一組を、土方は一瞥した後に、丁寧に元の位置へと直していく。

はぁ、としゃがみこんで頭を掻く医大生の顔がとても幸せそうなのは、今のところ、まわりに巻いている煙しか知らない事実で、また知る由もない。


跳ねるようにリビングへ移動した総悟は、自分がこの家で特等席としているところに、土方が座らぬ間にとでもいうような勢いでダイブする。

丁度良い固さのスプリングを感じられるこのソファーが、総悟はとても好きなのだ。

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