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確かにそこは海の中なのに、


彼は、鳥だった。



海中を舞う



「キッドって泳げたっけ?」

いつもと何ら変わらない快晴。ゼルベスの食堂で朝のバイキングを楽しみながら、セルジュがポツリと呟いた。
ウェイターの亜人が行き来し、壁には仲間であるスラッシュがウインクしている巨大なポスター。そして、開け放たれた四角い窓から覗くは青い空と蒼い海。

「ゴホッ!!」

しかし、セルジュの言葉を耳にした途端、キッドはストローから口を離して激しく咳き込んだ。彼女の隣でのんびりと人参を食べていたジャネスが飛び上がり、慌てて丸まってしまったキッドの背中を擦る。

「キッドちゃん!ちょっとぉ、セル君!」
「わ、ゴメン!」

咳が一通り済んだ後も、しばらくゼィゼィと息をしながらキッドはテーブルに伏せていた。やがて、テーブルの縁に手を付いてゆっくりと顔を上げると、心なしか引きつった笑みをセルジュに向ける。

「…で、何だって?セルジュ」
「いや、その…キッドは水の中を泳げるかなって聞いたんだよ」
「だから!それがこの先の旅にどーいう関係があるんだよ!ちゃんとボートだってあるんだから泳ぐ必要なんかねぇだろ!!」

両手でテーブルを叩き、近くで朝食を楽しんでいた子供が泣きだす程のすごい剣幕で言い放ったキッド。それに少しびびったセルジュとは異なり、ジャネスは全く動じない。恐らくグランドスラムのモンスター相手に慣れているのだろう、平然と次の人参に手を伸ばしながらキッドの台詞を要約した。

「つまり泳げないのね、キッドちゃん」
「……………」

テーブルに両手を付いた、そのままの姿勢で凍結したキッド。わかりやすい態度にセルジュはやれやれと頭を振ると、ようやく冒頭の質問に至る経緯を話しだした。

「星の子の宇宙船を探しに海月海に行かなきゃいけないんだよ。…あそこは不思議な力のお陰で空気があるけど、万が一って事があるだろ?…ジャネスは泳げたよね?」
「うん。亜人をなめちゃあダメよ、セル君」
「だから聞いたんだよ。
…で、キッドは泳げないんだね」

仮にも天下無敵の異名を持つ盗賊にも、不得手があるだなんて。そんな意が副音声になっているセルジュの言葉を聞いたキッドは、セルジュを真正面から睨み付け、負けじと反発を始めた。

「何でオレが行かなきゃならねぇんだ!おまえの仲間なんて腐るほどいるじゃねぇか!」
「村の漁師さんの話によると…あそこには赤エレメントしか効かない巨大クラゲがいるらしいんだよ」
「はぁ!?オレ以外にも赤属性なんざ大勢いるだろ!!ミキにママチャにザッパに龍の子…ジルベルトとオーチャだっている!!」
「残念。皆忙しいらしく…出発する予定の三日後に前線に出れるのは君とジャネスだけなんだよ」

それが決定打となったのか、キッドはガクリと頭を垂れる。カモメの鳴く声をバックミュージックにしたレストランで、セルジュは喉の奥で笑いを噛み殺しながらポツリと呟いた。

「特訓、だな」





「いいからおいでよ、キッド」
「絶対行かねぇ!!」

場所は変わり、ゼルベスと同じ時間軸、のオパーサの浜。声を発したのは、トレードマークのバンダナを取ってグローブと鎖帷子も外し、おまけに素足で海に膝までの深さまで入ったセルジュ。そして彼が呼ぶのは同じくグローブを外して、普段着ている赤い上着を脱いだ素足のキッドである。彼女が立っているのは波打ち際で、足の際まで波が押し寄せては引く、の繰り返し。

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