むかしと今と継ぐ歴史

夕方になり、帰ってきた昌浩君とともに安倍家を出た。


そしてすぐ後ろからついてくる六合の気配に振り返ると、顕現してくれた。


「六合がなんでついてくるんだろう?」


「……紗子、勾はどうした」


「勾陳?晴明さんから用事を頼まれたらしい。で、代わりに六合がついたの」


「なるほどな」


納得したらしいもっくんと、頭上にはてなを浮かべる昌浩君。そして3歩ほど離れた位置でついてくる六合。正直、六合とあんなことがあったから少し気まずかったりする。


「もっくんって、本来の姿の時は騰陀だよね」


隣を歩く昌浩君の肩にいるもっくんを見る。後ろの六合には聞こえないように声を潜めて話しかけると、怪訝そうにしながらも応えてくれた。


「ああ、それがどうかしたか?」


「二つ名をさ、いきなり最近会ったばかりの奴が口にしたら、嫌だよね…」


「六合か?」


その言葉には曖昧に笑っておいた。まあ、間違っては居ないんだけど。私が何も答えないことを見てか、それ以上問いかけては来ないもっくんは、昌浩君の肩にのったまま、前を向いた。


「まあ、名は大切なものだからな」


「だよね…」


そのあとは私はもうそれについて触れることはなく、もっくんも昌浩君も聞いてくることはなかった。


それはそのあと、昌浩君の上に降ってきた雑鬼たちによってかき消されてからだ。というか今まで話した内容が吹き飛んだ。


いきなり、もっくんが肩から降りたかと思えば、私は後ろの六合に腕を引かれて昌浩君から2,3歩後ずさる。何?と思った時、頭上から聞き覚えのある声が降ってきた。


「晴明の孫っ!」


声をそろえた3匹は見事昌浩君の上に着地。そして昌浩君は文字通り踏みつぶされた。


「お!なんだ!お前も一緒だったのか!」


「知り合いなのか?」


静かに後ろから六合に問いかけられ、目を丸くしたまま首を縦に振る。今までに何度かお世話になったのだと言えば、なるほど、と返された。そこで納得されるのも微妙なのだが。


「晴明の孫!今日も見回りか!?」


雑鬼のうち一匹がそう聞けば、昌浩君は勢いよく起き上がって怒鳴りつける。


「孫言うな!」


「昌浩君、大丈夫?」


「紗子。気にするな。いつものことだ」


もっくんは、何でもないというようにそう言うと、今日は貴船に行くだけだと雑鬼たちに説明した。いつものこと、って、夜景に行ったりするたびに雑鬼たちが上から降ってくるんだろうか。それって、とてつもなく大変なんじゃ…、と思わなくもなかったけど、前にも雑鬼たちが言っていたようになんだかんだ仲がいいみたいだし、まあいいだろう。


ただ、晴明の孫というのは、禁句みたいだ。


そのあと、車の介をよんだ昌浩君。そしてその車の介と言うのが、あの何度かお世話になっている車君だったと知り驚いたのだった。というか、式になっていたのか。


そして乗せてもらうことになったんだけど、結構中は狭い。ということで、六合は上にのっていくことになった。


道中は、一緒に乗り込んだ雑鬼3人組がいろいろと昌浩君とのなれそめを話してくれた。それに時々突っ込みをいれる昌浩君は、年相応に見えた。どうもこの時代の昌浩君の年齢は、私の時代ではただのませた子供でしかないのに、もう結婚の話だとかが出たり出仕していたりするせいか、大人っぽいのだ。


時代の中で、こうも精神年齢に差が出るものなのかと驚くくらいだ。


ようやくついた貴船には、高於さんの神気が溢れていて、嬉しくなる。神聖な空気と言うか、肌を撫でる神気がとても優しいのだ。慣れ親しんだ神気に、ほっと安心する。


まあ、普通ここまでの神気とかがわかったら、畏怖しちゃうものらしいんだけど。でも、私は幼いころから怖いもの知らずだったようで、すぐになついてきたと高於さんにからかわれたことがある。


「紗子も貴船でしなきゃいけないことがあるんだろう?」


「そういえばそうでしたよね。何をされるんですか?」


うーん、年下の子にここまで尊敬語とか謙譲語とか使われたりしたら、とてもむずがゆく感じるのは私だけだろうか。ふだん、こんなにも丁寧な聞かれ方なんてしない。するとしても、何するんですか?ぐらいだろう。


「…えっと、この前のとき丑の刻参りで傷つけられた木を元に戻しに来いって高於さんが…」


「そんなことが?」


「そういえば、まだ私の力って説明してなかったね」


きょとんとする昌浩君に苦笑する。そういえば、この子はまだ何も知らないのだ。私が石を武器に変えて投げつけられたことも、その理由も。そして、私が彼の子孫だということも。


「陰創師って知ってる?」


「おんそうし?」


首をかしげ、もっくん知ってる?と肩に乗るもののけに問いかける。後ろの六合に視線を向ければ、何も口をはさむ気はないみたいだった。


「ああ。名前ぐらいは。昔から陰陽師が光なら陰創師は影とされてきた。だが、滅びたと聞いている。それくらいしか知らないな」


「陰創師っていうのは、簡単に言うとね。まああとで見ることになるんだけど、自然と共鳴して陰創師の血で武器を作る。陰創師は常に自然と一体。草や木、石にも息吹があって、それを感じ取り共鳴して己の血を使いそれを武器とする」


とりあえず言葉で説明してみれば、もっくんは納得したように首をかすかに縦に振っているが、昌浩君はよくわからないみたいだった。


「ほら、初めて会った時、私あの牛みたいな奴に石を投げたでしょう?あれも同じこと。あの石には私の血でマントラが描かれていた。そしてそのマントラと石が共鳴して一つの武器となった」


ああ、あれのことかとどこか納得した様子の昌浩君に、もっくんがもっと理解力をつけろとたしなめていた。

「といっても、私の力はまだまだ弱くて一定時間を越えたらそれはただの血がついた石に戻ってしまうんだけど」


渇いた笑いをこぼす。ちゃんと集中して上手いこと行けば武器の一つぐらいは作れるんだけど、それをすると、どうも力の配分が上手くできないみたいで、作った武器が私の力に耐えきれず壊れてしまう。


かといって、大きいもので作ろうと思えば労力がいるので私の体力が根こそぎ持っていかれてしまうのだ。
それを調節しつつ、自然と共鳴しつつ、霊力をこめつつなんて、面倒かつかなり無謀なことをしなければいけないらしい。


「その“自然”に対して一定量の力を越えれば、武器となったそれは効力が切れても武器のままになる」


だから今の私はウルトラマン状態なのだ。3分しか戦えないウルトラマン。同じように数分しかもたない私の武器。なんて、不便な武器だろうってね。


「だから、同じような感じで自然を操って、釘を刺されたところを再生させる」


「だが、一定量の力がないとできないのではないのか?」


ここにきて初めて六合が質問をしてきた。


「そう。私は、バランスがとれないのと力を引き出すことが上手くないだけで力自体は十分ある、らしい。それに、貴船なら生まれ育った場所だから自然との共鳴もしやすいの」


「へえ…」


「まあ、百聞は一見にしかずってね。見ればわかるよ」


「先にそっちを済ませるのか?」


「昌浩君の後の方がいい、かな。それやった後で階段登るのはきつそう…」


もっくんの問いに、少し遠い目をして答える。というかその言い分で行くと、帰り道を下るほどの体力があるのかも心配なんだけど。


「じゃあ、まずは本殿へ」


ということで、階段は登りきることに決まった。いろいろかっこつけたことを昌浩君に言っちゃったから、これで失敗したら恥ずかしいよね。


「あ、そうそう。もうひとつ」


「へ?」


「私の祖父は安倍家の出。つまり私は昌浩君の子孫ってことになるみたいだから、よろしくね」


「え、えええええっ!!?」


「改めまして、今から約千年後ほどから来ました!紗子です!来たわけとしては、高於さんに連れてこられたらしく、とりあえず安倍家でお世話になるようにとのことで。ってことで、ご先祖様!よろしくおねがいします」


深々と頭を下げれば、上で昌浩君がとても慌てているのがわかる。そして、俺がご先祖様!?というか千年後って!?と言っている。そりゃあ、信じられないだろうね。


「あ、無理に信じてとは言わないから。もっくんもね。ただ、まあそんな変なことを言うやつだっていう認識でいいよ」


「いや、それもどうかと…」


苦笑する昌浩君を一笑いして、さっさといこうかと歩きはじめる。いや、千年後から来たって言って昌浩君があたふたするのは分かっていた。それにしても、あのリアクション!晴明さんがいじりたくなるわけだよ。


「ほら、もう着くよ」


いつのまにか一番先頭になっていた私。ようやく終わりが見えてきて、一気にかけ出した。一番乗りをしたそこは、貴船神社。うん。結構古いかも。一応修繕とかはかなりしているはずだから当り前といえば当り前なのかもしれない。


「じゃあ、お礼をしてきます」


お礼なんてする必要ないだろうに。とは思ったけど、口には出さなかった。


神殿の前にいった昌浩君を、もっくんたちとともに少し離れたところで見守る。


「貴船の龍神様。ありがとうございました。お礼が遅れしまったことどうかお許しください」


おお、なんと丁寧な。いや神様相手だし、一応命の恩人だし当り前なんだろうけど、でもそれは他の神様だったらの場合だ。高於さんにそこまでかしこまる必要ない気がする。だって、あの人は昌浩君をさっさと治せばいいものを私の反応を見て楽しんでいたのだから。


「今朝も、わざわざいらしていただいたのに全然気付かずすみません」


「いや、気づく方が無理でしょ」


思わず突っ込んでしまったが、まあ小声なので聞こえてないと思っておこう。


「神をも巻き込む運気か。おもしろい」


隣で突如声が聞こえて、横を向けば、いつのまにか顕現していた六合がいた。彼が視線を向ける先には、まだ何かを必死に言っている昌浩君が映っている。


確かに、昌浩君はとてもすごいと思う。あの高於さんに気にいられているのだから。だからといって、昌浩君にとっては面白い何かじゃ済まされないだろうなと思った。


「これでも一応、晴明の後継だからな」


「なるほど」


「六合。お前はそれでいいのか?」


「晴明が後継と言ったのだ。ならばそれでいい」


「そうか」







かしと今と継ぐ歴史
(後継争いみたいなのがあるの?)
(いや、ただ十二神将が昌浩をまだ認めていないだけだ)
(ふーん。それは晴明さんがいるから、か)
(さあな)
(未来は決まってるんだけどなあ…)
(?)
(いや、こっちの話し)




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あきゅろす。
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