「紗子、勾陳を少し貸してもらっても構わないかの?」 部屋で暇なので勾陳とおしゃべりをしていたら、突然やってきた晴明さん。なぜに私に聞くんだろう、と首をかしげつつ、受け答えする。 「?ええ、私は別に…」 「代わりに六合をつけるからの」 「はあ、」 代わりにつける必要があるのか、と思わなくもなかったけど、それは以前帝からこの都子を守れと仰せつかっている身としては私のような異端をほおっておくわけにはいかないとかなんとか言っていたから、だろうと納得する。 勾陳は立ち上がり、晴明さんについていくと同時に部屋に六合が入ってきた。 「お久しぶりです」 「…ああ」 うん、この寡黙っぷり。おしゃべりは断念せざる負えないだろう。 こういうとき風音が近くにいてくれたらいろいろとおしゃべりできて楽しいのに。そういえば、風音元気かな?あと彩輝。 彩輝は、まあ風音がいれば全然問題ないんだろう。それぐらい溺愛なのだ。それも、天一と朱雀のような関係。ただ、彩輝じたいがかなり寡黙な人であるから、あの二人のように甘い雰囲気を常に醸し出しているという訳ではない。 ただ、やっぱり寡黙な分さりげない行動とか目が、とても風音を大事にしているのがわかるし、それは風音自身も分かっているようだった。まあ、風音にしては、ちょっと突っ走るようなところもあるんだけど。それにいつも冷や冷やしている彩輝を見るのはとても楽しかったりする。 部屋に入った六合は、陰行してしまったけど、暇になったので縁側に出てみた。庭に面しているそこに座り空を眺めていると、いつの間にか顕現した六合が隣に立っていた。 「お隣に座らない?」 少し横にづれて、そこをパシパシと手で叩くと、一瞬ためらいを見せてから隣に腰をおろしてくれた。 腰をおろしたというのに、その長身からか、私の頭は六合の肩にも満たない感じで、どれだけでかいんだこの人。と思わず舌打ちを打ちたくなる。 「六合ってさ、誰かに似てるんだよね」 隣に座った六合をじっと見つめる。 その長い髪は、後ろにたらされているだけかと思いきや、腰のあたりで一つにまとめられていた。なぜその位置なのだと思わなくもなかったけど、何もいうまい。 「元の世界の人間か」 「うーん…、それがいまいち思い当らなくて。こんなに顔が整っている知り合いなんてそうそう居ないし…」 じっと六合の顔を見つめていれば、六合も同じように見つめてくる。見つめているというよりにらめっこをしているような気がしてきて、顔をそらしたくなる。そう言えば、六合の目って、黄褐色をしているんだ。 「うーん、ちょっと失礼」 その場に膝たちをして、六合の髪を全て後ろに流す。それから右頬に触れて、そこにある逆三角形の模様を隠した。 「あ、わかった。なるほど。この模様と髪の長さでいまいちだったのか」 その姿はなんと彩輝にそっくりだった。ずっと無言だった六合は、怪訝そうにわずかに顔を歪めた。その姿もやっぱり彩輝とうり二つだ。 帰ったら、彩輝に同じ格好をさせてみよう。 といらぬことを考えつつ、そう言えばずっと触ったままだったことに気づいて慌てて手を放してあやまった。 「わかったのか」 「うん。私の同じ大学の友達で、あ、大学っていうのは…、学問を学ぶところ?陰陽寮みたいなかんじなんだけど…。その友達が好きな人が六合にそっくり」 そうだ、なんで気付かなかったんだろうってくらいそっくりだった。声だって似てるのだ。というか、聞き間違えしそうなほど。 うっかりしてた。いろいろとあって彩輝のことなんてすっかり頭から抜け落ちてたもんだから思い至らなかったんだ。 ちょっと失礼なことを考えてしまって、心の中で彩輝にあやまっておく。 「生まれ変わりとかだったら面白いよね」 「…神将は生まれ変わらない」 「う、まあ、そう、なんだけど…」 というか晴明さんについているとはいえ神様なんだし。生まれ変わりとかあったら不思議で仕方ない。そういえば、やっぱり死んだりしないんだろうか? 「その人の名前がね、彩輝っていうんだけど、そいつが付き合っている子が―――」 風音っていうめっちゃ美人な子なんだよ!と言おうとした瞬間、隣の六合からいきなり腕を掴まれた。それに慌てて彼の顔を見れば、普段ポーカーフェイスというかまったくの無表情な彼が、ものすごく驚いたように目を見開いている。 「なぜ、その名を…」 「え、いや、へ?」 突然のことに私も戸惑いを浮かべる。 「何してるんだ、六合」 突然現れた第3者は朱雀だった。 「その腕離してやれ。跡がつくぞ?」 その言葉に六合ははっとしたように手を話してすまないと謝られた。 「い、いえ…」 あまりの出来事に呆然としながら、掴まれていた腕をさする。そこにはかすかに手形が残っていた。実際に痛かったし。でもそれ以上にここまで取り乱す彼に驚いた。 「あの、なんで…」 「その名は」 突然どうしたのかと聞こうとしたとき、私の言葉を遮るように六合が口を開く。 「晴明が俺に与えた二つ名だ」 「…二つ名…」 二つ名それはあだ名とかそういったもののことだけど、きっと彼がいいたいのはそんなことじゃないんだろう。 「二つ名って、神将は全員もらってるの?」 「いや、闘将にだけ与えられている。本来、闘将が持つ闘気が暴走してしまった時に抑えるためでもある」 そう答えたのは朱雀だった。 「名は、大切なものだ。俺達にとっては。大切な奴にだけ教える」 真剣な顔をして言う朱雀。 「朱雀なら、天一?」 「ああ」 名が大切なものだというのはよくわかる。ただ、私たち人間はあまり名にこだわりを持たない。あだ名をつけたりするのは親しみを込めてという場合もあるが、その逆に相手を格下とみなすためにも使われたりする。 ただ、私は文学に興味をもっていたおかげもあり、爺様に教えられていたこともあり名の大切さを学んでいた。 そして彼らにとって大切な名が、偶然にも私の友人と同じだったのだ。それは、どういうことだろう? 「…えっと、六合、ごめん。もう口に出さないから」 「いや、俺も悪かった」 彼はそう言うと異界へと帰って行ってしまった。同時に朱雀も陰行する。 その姿を見て、溜息をつく。知らなかったとは言え、大切な名を私が知っているというのはまずいのではないだろうか。というか、六合と彩輝、うり二つ過ぎてついでに六合の二つ名が彩輝。 これははたして偶然なのかな? 「……同一人物だったら、笑えない…」 一人となってしまったこの場所に、私の弱々しい声が響いた。 ライラックの花言葉 (大切な友達) (ねえ、貴方は) (いったい誰だったの?) |