為せる術はその日のために

「―――…い、―――きろ!紗子!」


耳元で聞こえた大きな声。まだ眠たいと訴える頭に響く声と、顔を何かによって叩かれている感触に、身じろいだ。


あの高於さん復活の時から数日が立っていた。昌浩君はいまだに床に伏せり、その体の傷は癒えていない。


「起きろ!紗子」


ようやく浮上してきた意識に、うっすらと目を開ければ、すぐ目の前にどアップで見えた白い顔に赤い瞳。


「物の化っ!」


慌てて飛び起きれば、うわっ!という声と白い物体がゴロゴロと転がっていく様。よくよく見てみれば、それはもっくんだった。
そういえば、さっき目の前にあった顔ももっくんだった気がする。


「…もっくん?」


「誰が物の化だ!」


体勢を立て直したもっくんが、二足歩行しながらいきり立って近寄ってくる。二本足で立つなら、どうせなら人型になればいいのに。と思わなくもなかったが、とりあえず眠い目をこすって、目を覚まさせてみた。ついでに欠伸も一つ。


「……こんな朝早くにどうしたの?」


外を見てみれば、まだ太陽もでていないような時間帯だ。いつもなら確実にまだ寝ている。というか、寝ていたのだけど。
こんな朝早くに起こされるなんて何があったんだろうか。


「…お前に客だ」


いきなり、神妙な面持ちをしたもっくんの言葉に目を瞬かせる。この時代に知り合いなんてしないはずだ。しかも、こんな朝早くに来る客とは、とんだ常識知らずだ。安倍家にも迷惑極まりない。


ああ、でもなんだか嫌な予感がするのはなんでだろう。


この安倍家にはあまり感じたことの無い神気と言い、雰囲気と言い…。


「もっくん。行きたくないって言ったら?」


「たたられるな」


「だよね」


重いため息を吐き出し、体を起き上がらせる。着替えた方がいいかと思ったが、時間をとらせるわけにはいかないだろうと、丹前を羽織ってもっくんについて部屋を出た。


空は白み始めたところだった。澄んだ空気を肺に吸い込めば目が覚めた気がする。


「連れて来たぞ」


入った場所は昌浩君の部屋だった。なぜ?と思って中を覗けば、ずっとふせっていたはずの昌浩君が起き上がっている。


「まさひ…、」


最後まで呼ぶことはできなかった。


だって、そこにいたのは昌浩君のはずなのに昌浩君の気配じゃ無い。この気配は…。


「た、かお…さん?」


「ほお、やはり一目で見抜くか」


「え、いやいやいや!何してるんですか!その体、昌浩君…」


「案ずるな。用がすめばすぐ出ていく」


有無を言わせぬものいいに、声は昌浩君のはずなのに雰囲気は高於さんの物で、思わず押し黙った。というか、病み上がりの彼の体に憑依しているってことになるんだよね。大丈夫なのだろうか?


「紗子」


「はい」


「お前はしばらくこの家にいろ」


「…帰す気は無しですか」


「お前が選んだことだ。そうだろう?」


かすかに笑みを浮かべる高於さん。その笑い方は昌浩君がしないような笑み。しかし、昌浩君も顔が整っているせいか、随分、様になっていた。


「いつの時代でも高於さんは高於さんですよね」


「ほめ言葉ととっておこう」


「そうしてください」


その会話に、おかしくなってくすくすと笑えば、高於さんはふっと頬笑みをこぼした。それがとてもやさしいもので、なんだか泣きたくなったけど、ぐっと我慢した。


「そうだ、紗子」


「はい?」


「今日にでも神木を元に戻しに来い」


「へ?」


「用件はそれだけだ。では、頼んだぞ」


そう言うと、今まで立ちあがっていた昌浩君の体は傾いていく。それと同時に高於さんの気配が去っていくのがわかった。


「昌浩!」


床に体を打ち付けそうになる寸前で、人型となった騰陀が昌浩君の体を抱き抱える。


「病み上がりのこの体に憑依するとは…」


騰陀は昌浩君の体を茵(しとね)の上に寝かせた。


「まあ、あの神をよりつかせてしまうのはすごいことではあるがな…」


「晴明」


「晴明さん」


後ろから人の気配がして振り返れば、いつの間にか晴明さんがたっていた。どうやら、話しは聞いていたらしい。いったいいつからいたのやら。気配には敏感な方だと思っていたけど、全然気付かなかった。


「まったく。とんでもないものに気に入られてしまったな。本当に困った奴じゃ」


苦笑する晴明さん。それに同じように苦笑して昌浩君を見た。当の本人は、変わらず気持ち良さそうに寝ている。


私は幼いころから一緒に居たから、気にいるも何もないんだろうけど、昌浩君はすごいと思う。結構淡白なのだ、彼女は。人の為すことにあまり興味は示さない。ただ、それなりに楽しければ文句は言われない。


そう考えると、やっぱり昌浩君は高於さん的にいい暇つぶしが見つかったといった感じだろうか。これからいろいろと頼まれごとをされるであろう未来を予想して、同情した。


「貴船から消えた異邦の妖異どもが、再び動き始めたか」


「奴らは、次に何をたくらんでいる?」


「さてはて…」


いつのまにか、真剣な声音で話し合っている二人。異邦の妖異って何だろう?と思っていると、何かに気付いたかのように晴明さんが突如こちらを向いた。


「ところで、御神木を元に戻すとは?」


「ああ、陰創師の力って自然と共鳴することによって強くなるんですよね。まあ、その応用で、植物の生成ができるんです。といっても、ある程度以上の力がないと、元に戻っちゃうんですけど…」


力の最低ラインを越えないと、その効果を保ち続けてくれないというなんとも面倒なものなのだ。


たとえば、種を土に埋め、力でその種を発芽させるとする。力を持続していけば、それはどんどん大きくなりやがて花を咲かすだろう。しかし、使っている力は一定のラインを超えていなければ、力を抜いた瞬間にその花は元の種に戻ってしまうのだ。


「それが、お前に出来るのか?」


物の化の姿にもどったもっくん。やはり人型よりも若干高くなる声。そして、紅い瞳。その目にカラーコンタクトを淹れて、周りの赤い部分を全て青に塗り変えたら完璧ツッチーになりそうだ。とちょっとずれたことを考えてしまった。


「えっと…。まあ、貴船でなら」


「貴船限定なのか」


「貴船は慣れ親しんだ場所だから、共鳴しやすいの。ってことで、今日にでも再び貴船に行ってきます」


晴明さんに向かって若干会釈する形で告げれば、うむ、と頷いてくれた。


「ああ、それなら、どうせ昌浩も行くというだろうから、そのときに一緒に行けばいいんじゃないか?ついでにお前のことも聞きたい。高於神の言葉があったんだ。ここに置かないわけにはいかなくなるんだからな」


「そう、ですね。じゃあ、それまで部屋で大人しくしてます」


そう言えば、まだしっかりとした説明はしていなかった。たぶん彼は私が未来から来たということも知らないだろう。もう既に数人の神将は知っているだろうし。私が晴明さんに話すとき、たぶん聞いていただろうから。


だったら彼に話してもなんの支障もないだろう。高於さんによって連れてこられたのなら、帰る時も高於さんによってだ。


とにかく、私はここでしなければいけないことを見つけなければいけない。そのためにここに送られてきたはずなのだから。


そのあと、もうちょっと眠れるだろうということで部屋に戻ることにした。


私がこれからしなければいけないこと。


爺様と戦っていたトウコツという妖はとても強いものだと思う。今の私じゃ、勝ち目なんて無い。晴明さんならともかく、爺様でももしかしたら歯が立たないかもしれない。


ただ、爺様が死んでしまうとかはもう考えなくていいだろう。


高於さんが時代を越えさせられるほどの力があるとは知らなかったけど、それができるなら、帰る時もきっとあの蔵に閉じ込められた直後くらいに、まるでそこに閉じ込められていたのは一瞬であったかのような感じで戻してくれるだろう。


というか、そう願う。もしそうしてくれなかったら、これから絶対に高於さんの頼みなんて聞いてやらないだろう。


そうこうしているうちに、私の瞼は完全にくっついてしまった。







せる術はその日のために
(力をつけよう)
(再びまみえるとき)
(次は私が)
(爺様を助けて見せるから)
(




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