門近くにたたずむ白装束を来た青年。その視線の先には、肌をちりちりとやく炎を出し、狂ったように吠えている騰陀だった。 「騰陀…。金冠が…」 後ろから追いついた勾陳の悲痛な呟きが聞こえた。 肌にちりちりと感じる熱気は、炎のそれだけではなく彼の持つ神気のせいでもあるだろう。とげとげしく、容易に触れることを許さぬようなそれ。近づく物は全て、焼き尽くしてしまう炎。 その中心から響く悲痛な叫び声から、耳をふさぎたくなった。 なぜ。 なぜこんなことになっている? 次第に静まっていく炎。そして完全に消えてなくなった炎の中心にはもっくんが倒れていた。 「…っ昌浩」 晴明さんのうろたえた声に、彼の視線を追った。その先には、血ぬれの中でうつぶせに倒れている昌浩君。そしてその隣で眠るように倒れている女の子。 近くには、ただ呆然と立っている太陰、六合、そして初めて見る青き神将がいた。 昌浩君に、近寄っていく晴明さん。その後ろ姿は、以前のような堂々としたものではなく、どこか弱々しかった。 昌浩君の傍に膝をつき、彼に呼び掛ける。しかし、昌浩君から返事が来ることはなかった。 「死なせはせん。この命と引き換えにしてもっ!」 呟かれた言葉は、とても小さいものであったはずだったのに、静まり返っているここではとても大きく響いた。 徐に片手をあげた晴明さんは、その二本の指先で五方星を描く。そして、最後にその指を昌浩君に向ければ、指先と、昌浩君の体が淡い光に包まれ始めた。 「晴明!」 「そんなことをしたら、お前がッ!」 「かまわぬ!」 神将たちの止める声にも耳を貸さぬ晴明さんは、そのまま続けようとした。刹那、白い光があたりを突き刺す。 そして、天に現れたのは、高於さん、もとい貴船の竜神だった。 「高於、さん」 その姿に、深い安堵の念が胸から湧き上がってくる。久しく見ていなかった竜神の姿。その姿はどこまでも神々しく、そして慈愛に満ちている。 「なるほど。我を解き放ったのはその子供か?」 「貴船の竜神…」 「見ればまだ頑是ない。ここで死なせるには惜しい逸材よ。この身にかかった呪縛から解き放ってくれた礼もある」 高於さんはゆっくりと言葉を紡いでいく。ああ、高於さんは昌浩君を助けてくれる気なんだ。と再び安堵したところで、その話しの矛先は突如私に向けられた。 「紗子」 「え?」 「そなたに選ばせてやろう」 笑いを滲ませたその言い方。それは彼女がこの状況を楽しんでいるときの物。 「何、を…?」 「一つだけ、そなたの願いを叶えてやろう。元の時代に帰ると願うもよし」 笑みをこぼす高於さんに、思わず苦笑する。まったく。こういうところは彼女の悪い癖だ。 「紗子…」 晴明さんの呟きに、私は彼の方を向いた。私の中で答えなんてとうに決まっている。 「紗子、帰る道を。昌浩は私が助ける。だから…」 神将や晴明さんの視線が集まる中、私はゆっくりと首を横に振った。 「昌浩君を治してください」 「紗子!」 「昌浩君を」 「聴きいれよう。情けをかけてやる」 最初からわかっていたように、再び一つ微笑をこぼしてから、高於さんはその手にある玉を光らせた。それが昌浩君の体に吸い込まれるようにして消えていき、同様に高於さんも煙のように消えていった。 そして、昌浩君からうめき声が漏れる。ゆっくりと開いた目はしっかりとしていて、もう心配ないことを物語っていた。 「紗子」 振り返れば、どこか複雑そうな顔をした勾陳と目があった。 「帰らなくて良かったのか」 「…人の命には代えられない」 「しかし、帰りたかったのだろう?」 なおも食い下がって聞いてくる彼女に苦笑する。確かに帰りたかった。あちらの爺様が心配だ。今頃もしかしたらあの妖にやられているかもしれない。 そう考えたら、心配で胸がいっぱいになる。 でも、見捨てるなんてできるわけがない。晴明さんが自らの命を使ってまで助けなければいけないのなら、その命の価値以上にとるものなんてありはしないのだ。 「…勾陳は、私が帰った方がよかった?」 「…そんなことは言っていない」 横に逸らされた視線に、再度苦笑する。確かに、もうきっとこんなチャンスはないだろう。高於さんもああいったのだから、もし私が帰る方を選択していたらちゃんと返してくれただろう。 冷たい滴が頬に当たった。 上を見上げれば、細い線が幾重にもなって天から降りてくる。 雨が降り始めたのだ。 「竜神が解き放たれて、雨が戻ってきたか」 それは次第に雨脚を強めていった。来ているものをどんどん濡らしていき、身が重くなっていく。 「封印の金冠は近々改めて施してやろう。昌浩が濡れてしまう前に帰るぞ」 晴明さんの言葉に、もっくんが人型になって昌浩君を抱き抱え、六合がもう一人の女の子を抱き抱えた。 ねがい叶えよ、神の意に (やはり、そちらをとるか。紗子よ) (誠に) (希少な娘よ) |