つみあげられる事象

夕餉も終わり、部屋でのんびりしていると、突如ドスン、バタンというなんだか一大事っぽい物音がして肩を跳ねさせた。


顕現した勾陳と目を見合わせる。そして、音のする部屋の方へ二人して顔を向けた。


「…また、晴明に何か言われたんだろうな」


「晴明さん?」


「昌浩だよ」


昌浩君?


「晴明は昌浩をからかうのが好きなんだ」


それは、趣味と言う意味なのだろうか?とちょっと首を傾げる。とりあえずさっきの物音はおさまったようなので、私は腰を上げた。


「ちょっと、昌浩君に会ってくる」


私はそれだけ言って部屋を出た。昌浩君の部屋を覗いてみれば、昌浩君ともっくんが戯れているところだった。


「…キャラの香り?」


「破邪対魔の香だもんな。貴重なキャラだぜ?わけてやったんだ。感謝しろ?」


頭を撫でられていたもっくんがよやく離れた昌浩を見てから、呆然と呟いた。そのもっくんの頭は、どこかきらきらと光るものがある。


昌浩君はどこか誇らしげだ。その姿が、なんだか幼く見えてちょっとかわいいと思った。


「キャラの他にも合わさっているぞ?」


「そうなのか!?」


「なっさけないなあ。これっくらい嗅ぎ分けられなきゃなあ」


「うるさいな」


そのやり取りは、まさに兄弟みたいだった。やり取りを見ていると、もっくんが弟と見せかけて兄なんだろう。なんだかんだで、助けてるし。からかってるけど。


「で?紗子はどうしたんだ?」


「紗子さん!」


あら、気づいてましたか。と思いつつ、片手をあげてとりあえず挨拶だけする。


「今から、お出かけ?」


「はい。今から夜警へ行くんです」


夜警…。夜を警護する。呼んで字の如く、そのままの意味なのだろう。


「夜警をしなきゃ、危険だったりするの?」


「最近は何かと不穏で…。ここ最近雨も降らずに日照り続きですし」


「雨…。高於さんが関係してる?」


それは、なんとなく勘だった。貴船に行った時のあの感じ。誰もいない舟形石。主をなくしたそこは物淋しく、どこかよそよそしかった。


「…なぜそう思うんだ?」


鋭く赤い瞳が私を睨む。警戒されているんだと一目でわかった。まあ、仕方ないだろう。結局あれからまた説明し忘れているんだから。
ここにいることも納得できないといったところだろうか。


「もっくん!」


咎めるようにもっくんの名前を呼ぶ昌浩君に苦笑する。


「いいよ。警戒されるのは仕方ないしね…。で、なんでか、だったよね。私、貴船に行って来たんだけど、高於さんがいなかったんだよね…。不在、だったんだよ」


「当り前だ。たかおかみの神は今封じられている」


「封じ…、そんなこと神様相手に出来るの?」


まがりなりにも、というか正真正銘の神様だ。そんな恐れ多いことをしても、というかできるのだろうか?


「それが、丑の刻参りで神気を封じられているらしく…」


「丑の刻参りって…、あの?」


神妙な顔をして頷いた二人。そうか。丑の刻参りか。だったら、あの時聞いていた音は。最近ずっと高於さんの姿を見ていなかったのは。それが、今回のことと同じことだとしたら?


全てが繋がった気がした。


「じゃ、じゃあ、俺達は行ってきます」


「あ、ごめんね引きとめて。気をつけてね」


玄関口からではなく、そそくさと裏口の方へと向かう昌浩君。そういえば、露樹さんはもっくんとかの姿は見えていないらしい。
見えていない状態だったら、きっと昌浩君や晴明さんは一人ごとを言っているように見えるんだろう。それって、最初はとても驚いただろうな。


どこか、ずれてしまった思考に気付き、慌てて頭を振って邪念を振り払う。


「紗子、そろそろ部屋に戻ろう」


いつの間にいたのか、扉付近に立っていた勾陳。彼女にうながされるままに部屋にもどり、茵(しとね)に入った。


そして、ロウソクの火が吹き消されると、あたりは漆黒の闇へと姿を変える。ものがどこにあるのかも、壁があるのかすらも判断ができない闇。まるで、ここは部屋の中ではなくて、ずっとずっと先まで広がっているような錯覚に陥る。腕を目の前にかざしてみても、少しだけ闇が動くだけだった。









どれくらい時がたったのかはよくわからなかった。ただ、物音をいくつか聞き、晴明さんが出ていったのがなんとなくわかった。


高於さんは、丑の刻参りで今現在封じられているらしい。丑の刻参りと言えば、御親睦に五寸釘を打ち込む奴だ。現代では、藁人形とかに呪いたい人の写真を張ったりするんだろうけど。


それで、神気が少しずつ薄れていったのだろう。


それは、きっと私がいた時もそうだったんだ。あの、カーン、カーン、と言う音は丑の刻参りだったのだ。


だからここ最近は高於さんを見ていなかった。同じように封じられていたから。なら、最後に聞こえた声は何だったんだろうか?まだ、完全には封じられていなかった?


そなたの願いと言っていた。それは誰の?私を中に押しいれた人?だったらあの人は誰?敵?味方?


分かったようでわからない。複雑に絡み合った意図は、ほどけたと思ったら、また新たな問題が出てくる。


「高於さん…」


爺様が仕事で家を開けた時、寂しくて泣いていたら傍にいてくれた。不思議と高於さんのそばにいれば涙も引っ込んだ。いつから知り合いだったかなんてわからないけれど、とてもよくしてくれていた。


「…やっぱり行こう」


高於さんが封じられているとしって、大人しくしていられるはずがなかった。自分には何もできないかもしれない。それでも、行きたい。高於さんの傍に。私がつらい時悲しいとき、ずっと傍にいてくれたように。


茵(しとね)から出て、私は洋服に着替えた。ここ最近いつも同じ服だけど気にしたら負けだ。それにこの時代の服装より、ずっと動きやすいし。


持ってきていた鞄もひったくるように掴んで私は安倍家を飛び出した。


「あ、お前!」


上から聞こえた甲高い声に、え、と足を止める。上を見てみれば、何かが落ちてくるところだった。反射的に一歩後ろに下がれば、今まで私がいた場所にいつかの雑記3匹が降り立った。確実に踏みつぶす気だった。あのまま避けなければ、確実に踏みつぶされていた。


「お前!この前の奴だろう!」


「君たち、ちょうどいいところに!車君、呼んできて!」


「どうかしたのか?」


「また貴船に行くのか?」


「晴明の孫も向かったよな!」


晴明の孫って、昌浩君だよね。お知り合いだったのか。随分と人慣れした雑鬼たちだ。というか、昌浩君だって陰陽師な訳だし、普通だったら遠ざけるべき人物じゃないのかな?


「じゃあ、車の介呼んでくる!」


車の介…。あの車君はそんな名前だったのか。人のことは言えないけど、そのまんまの名前だね。


どこかへと消えていった3匹を見送り、少しでも時間短縮のために歩き出す。それに、あまり邸の前でうろうろしていて見つかって連れ戻されたらたまったもんじゃない。


しばらく、歩きながらあっちに行って何ができるかを考えた。昌浩君が行っているというのなら、きっと何かが起こったのだろう。夜警に行くとしか言っていなかったし。


不意に、後ろに気配を感じて振り返った。そこには暗いからよくわからないが、誰もいないようだった。でも、気配はある。


「……こう、ちん?」


確かめたくて名前を呼べば、陰行していた彼女が姿を現してくれた。その表情にはどこか呆れたようなものが混じっている。


「紗子」


一言、名前を呼ばれただけだったけど、それには咎めるような響きがあって、思わず肩をすくませた。


「止めに来たの?」


「…いや」


「止めないの?」


「私はお前につくように言われた。行動にいちいち口出すつもりはないさ」


なんとも彼女らしいというかなんというか。そんなんでいいのか。とちょっと突っ込みたくなったけど、それを言っては元も子もないのでぐっと抑えた。


そうこうしているうちに、ものすごいスピードで車の介が走ってきて、中に乗せてもらった。


「何処に行くつもりだ?」


「貴船」


「……晴明もいるな」


「あ、やっぱり?」


雑鬼も一緒に乗ってくるかと思ったけど、あっちのほうは嫌な気がするからいかないと言って、乗ってこなかった。おかげで中は静かだ。


晴明さんもいないというのはわかっていたけど、やはり昌浩君のあとを追いかけた見たい。昌浩君一人では荷が重いことだというのだろうか。大将が動くのだから、相当なことなのだろう。


その後は二人して、黙ったままだった。でもそこに気まづい雰囲気はなくて、ただ黙っているのが当り前みたいな雰囲気だった。


ようやく付いた貴船。車の介が行けるギリギリのところまで乗せてもらって、お礼をいってから、石段をかけのぼる。


通い慣れた道は少し雑然としていて、舗装されていないせいか、なんどもつまずきそうになった。それでも、道順とか曲がり方とかは体が覚えていて、あまり見えない目でも進むことができる。


不意に、巨大な力が膨れ上がるのを感じた。


次いで、天高く昇っていく白龍と、広まっていく懐かしい神気。


「高於さんが、解放された…」


満たされていく神気。浄化されていく空気。全てが元通りになりつつあった。


早く、早くと心が急ぐ。


懸命に足を動かして、漸くついた先には、燃え盛る炎が見えた。







みあげられる事象
(行った先に何が待つ)
(追った先に何がいる)
(先の見えぬ道こそ恐怖なれ)




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