その人、珍妙につき

「あの、さ…、勾陳?」


今日は早くに起きれたおかげで、昌弘君たちにのお見送りもできた。晴明さんも用事があるとかで家を出たところで、私は近くにいるはずの勾陳に呼び掛ける。誰もいない空間に呼び掛けるというのはとても不思議な気分だった。


「なんだ?」


陰行していた勾陳が姿を現した。気配はもとからあったんだけど、やっぱり姿をみると安心する。


「突然で悪いんだけど、私の足で行ける距離ぐらいで、ちょっと暴れても人の被害にならないような場所ってない?」


「暴れる?…嫌なことでもあったのか?」


首をかしげる勾陳に慌てて、否定する。そんな嫌なことなんて昨日の今日であるわけがない。


「いや、そうじゃないんだけど…。久しぶりに修行をしようと思って…」


「そういえば、陰創師だと言っていたな。わかった。連れて行ってやろう」


「本当!?」


「ああ。…白虎」


彼女の呼び掛けに、突然現れたのは、初めて見る神将だった。亜麻色の総髪とくすんだ灰色の瞳。そしてなんといっても難いのいい体。プロレスラーとかにいそうなタイプだ。というより、身長も高いからか、もっと怖く見える。間違いなく街中で遭遇したら一目散に逃げ出したくなるような容姿だ。


「呼んだか」


「ああ、紗子を裏山に連れて行こうと思うんだが、飛ばしてくれないか?」


「紗子…」


じっとこちらを見降ろされ、思わず後ずさりそうになるが、なんとかその衝動をこらえて頭を下げた。


「はじめまして。紗子です」


「白虎だ」


「…なんだ二人してかたいな」


勾陳のその呟きに思わず苦笑してしまった。






「では行くぞ」


白虎の言葉を合図に、周りに風が取り巻き始めた。そして、ふいに浮く体。思わず体勢を崩しそうになったが、そこは公陳が支えてくれた。


そして、あっという間に、人里離れた山の奥。少し開けた場所におろされた。


「…すご…」


あんなふうに風で飛ぶことって出来るんだ。思わず尊敬のまなざしで白虎を見ていると顔をそらされてしまった。


「くくく、ほめられるのは慣れてないのさ」


「そんなんじゃない」


「で?修行をやるんだろう?」


そう。修行をしに来たんだった。もう一度風で飛ばしてほしいとか考えているときじゃなかった。


私は二人になるべく離れているようにいって、広場の真ん中に立つ。


ゆっくりと呼吸を繰り返す。目を閉じて周りの気配を感じ取る。動物だけではなく植物などにも息遣いがある。それを感じ取るのだ。


陰創師は武器を作る際に自然の物を使う。自然の枝や、石や、葉などに力を借りるのだ。自然と共鳴できればできるほど己の力との結びつきは強くなる。


息を吐き出すごとに、他の者たちが周りに存在す売ることを感じ取る。その中には、大きな気が二つあった。


全てと同調するように少しずつ吐息を会わせていく。心臓の音すらもゆっくりとなり、この山全体の気と、私の存在がシンクロしてきた。それが、最高潮に達したと思った時、私は、自分の親指の腹を噛みちぎり、できた傷口から滴り落ちる血で、もとから準備してきていた札にマントラを描く。


それにふっと息を吹きかけて、目の前にある私と同じほどの背丈の木に投げつける。


パシッという音とともに幹に張り付いた札。そして、みしみしというきしむ音を立てていきなりその木が動きだした。
神将たちが警戒を強めるのがわかり、手だけで動きを制する。


私はその木に向かって手を伸ばした。距離的に届くことはないんだけど、手から脳に感覚が伝わってくる。それを使って、動くようにイメージすると、同じ動きを木がしだした。小さかった背丈はぐんぐん上に伸び、私が手をひねれば、同じ動きをして幹をひねらせる。


この場所を猪突猛進に進んでいく木。しかし、それも次第に速度は遅くなり、私がどんなに進めと指示しても失速していった。完全に止まったかと思えばそれは徐々にもとの大きさに縮んでいく。


丸く開けていた場所を一周しようとしたのに、半周足らずで力尽きてしまったようだ。


「はあ、こんなもんかあ…」


「今のが、陰創師の力」


「まだまだなんですよね…」


「それでも十分そうだが?」


「先人は、あれくらいの幼木なら札を投げたぐらいで剣に変えられます。でも、教えてくれる人がいないのでいまいちよくわからないんですよね…。毎回血を出さなきゃいけないし。痛いし…」


さて、どうしたものか。と目の前に生えている幼木を見つめる。すっかりもとの背丈に戻り、一切動くこともなくその場にたたずんでいる木を、とてもじゃないけど剣にするなんてできそうにない。


「やっぱ、半端者には難しいのかな…」


「半端者?」


「私、ハーフなんですよ」


勾陳の問いかけに、じっと目の前の木を睨みつけながら答える。そういえば、晴明さんには言いそびれてたかも。まあいっか。帰ったらどちらかが報告するだろう。


「はあふ?」


「半分っていう意味です」


「話しが見えんな」


白虎の呟きに思わず苦笑して、木から視線をそらした。少し休憩するか。と思いその木の前を離れ、少しさきに二人並んで立っている神将のもとに向かう。


「私が陰創師の血を持っているのは知ってますよね?それは母の血筋なんです。で、私の父の血筋が実は陰陽師なんですよ。爺様も陰陽師で、爺様の話しだと安倍家の血筋だそうで…」


「なんだと!?」


「アハハ…、晴明さんにも言い忘れてましたけどねー」


「それ、結構重要じゃないのか?」


「重要だろうな」


白虎と勾陳の言葉にさらに苦笑する。両親は幼いころに亡くしているせいか、記憶はほとんどない。そのため、爺様から聞いたことだけしか知らないのだ。その爺様が、教えてくれたことの一つだった。


どちらの血も流れているから、力を扱うのは難しいが、自分の物にすれば戦うことも、自分で武器を作ることもできるようになるのだから強みになるのだと。


といっても、陰陽師のほうならともかく、陰創師のほうは蔵の中にあった文献を読むしかできず、そのおかげが今じゃ大学でも文学の勉強をしているんだから。
陰陽師の方は、幼いころ爺様にみっちりしごかれたおかげである程度の術は使える。


あくまである程度で、半々の血のせいで、陰陽師の力を使えば体に負担がかかるらしくすぐ疲れてしまうのだ。まったくもって、面倒だよね。


そのあと、いろいろと試してみたけど、やっぱりあまり持続力がないし、ついでにいうと実践に使えるにはまだまだ道のりは遠そうだ。
静物の呼吸を即座に感じ取れるようにしなければいけない。気が動転していたりすれば、冷静さを失い呼吸もなにも感じられなくなる。そうなれば一貫の終わりだろう。


無意識のうちにでも感じ取れるようにならなければいけないのだ。そのためには繰り返し基礎を叩きこみ体に覚えさせるしかない、らしい。これも爺様の受け売りだ。


言うのは簡単、やるのは難しいってね。


だからここ5年これいじょう進歩していない。これはもう爺様のやり方が間違っているんだとしか思えなかった。


「紗子の得意なことはなんなんだ?」


不意の勾陳の言葉に目を瞬かせる。得意なものか。


「あれ。式!」


「式?」


首をかしげる二人に、一つ頷き、その辺に落ちていた葉っぱを手に取る。そして、それを指でどんどんちぎって小さくしていった。


「一体何を…」


「いいから、見ててね」


手の中で小さくなった葉っぱを空中に投げる。そして、素早く印を結び、気を込めた。


「ハッ!」


瞬間、その葉っぱは意思を持ったように動き、その辺を飛び回っていく。


「これ!」


「これは…」


「晴明もよくやるやつだな」


これって結構役に立つのだ。携帯電話が繋がらない貴船神社にいる爺様に大学とかで遅くなるとかによく式を飛ばして伝言を頼んだりした。
まあ、伝書鳩のような役割を果たしてくれている。他の使い方は知らないのだけど、これだけは便利だという理由で一生懸命練習したものだった。そして気づけば、一つの物から複数のものをつくれたりと…、まあ、なんだか知らないが得意分野になってしまったのだ。


「見ててくださいよ?」


もう一度印を結び、気を込めると空中を漂っていた葉っぱたちは人ところに集まりだした。そして、それが空中で形を変え、文字をかたどっていく。


「ほお、」


「面白半分でいろいろとこれで遊んでたんですよ」


一人っ子だった私の、一人悲しい遊び方だった。うん。あの頃はかなり寂しかったよ。


「帰ったら晴明さんにもう一回説明しなきゃいけないですね」


「と、いうよりもう知っているだろうな」


「へ?」


勾陳の言葉に首を傾げれば、彼女と同じように白虎も苦笑した。


「あれも式を飛ばしてよく覗き見をしている」


「のぞきみって…」


今度は私が苦笑した。言い方があまりにも露骨だ。


「そろそろ帰った方がよさそうだ。直に日が沈む」


突如立ちあがった白虎が西を見つめる。そこには大きく赤い夕日が京の都子を赤く染めていた。


「騰蛇の色だね」


「!!…そうか」


私のその言葉に、驚いたような勾陳と複雑そうな顔を浮かべる白虎がいたなんて気付かなかった。


そのあと、再び白虎の風に乗せてもらい安倍邸へ戻った。





の人、珍妙につき
(今度また乗せてください!)
(あ、ああ…、機会があったらな…)
(やったっ!)
(…変な子だな)
(まあ、紗子だからな)
(ちょっ!勾陳!それどういう意味!?)




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