明け方、ようやく安倍家へとたどり着いた私たち。結局、なんの収穫もないまま、またこの家に戻ってきてしまった。 山の合間から出てきた太陽が、まだ眠っている町をキラキラと照らし、目にしみる。 昌浩君は、当り前だけどかなりお疲れのようで、足取りが重い。それに比べ、もっくんの方はかなり怒気のこもった足取りだった。 昌浩君は家に入ると一直線に自分の部屋へ行くのに対し、もっくんは昌浩君の部屋を通り過ぎる。あれ、何処へ行くのだろう、と立ち止まって考えていると、そのことに気付いた昌浩君が出てきて、追いかけはじめた。 なんだかよくわからないけど、私も疲れ過ぎていた。体を横たえさせたい気分だった。それに、何か用があるのだとすれば、私はいない方が言いだろう。そう思って、昨日借りていた部屋に行ってみた。 そこには既に、布団が敷かれていて、露木さんの優しさに感謝する。 そこに横になり、天井を見上げた。あけっぱなしの扉から朝日が入り込み、目を刺激してくる。目を閉じても、まるで瞼に光が入り込んだかのように明るいままだった。 頭が混乱していた。 目をじっと閉じていると、まるで頭が揺らされているかのような感覚にとらわれる。グワングワンと回っているような感覚。これはいつものことだ。目をつむってじっと耐えてれば、コマが失速するかのようにその揺れも小さくなっていくことを知っている。 だから、私はじっと耐えていた。考えなければいけないことは山ほどある。でも、正直、八方ふさがりだった。高於さんに会ってみないと分からない。何も。 「…とりあえず、金だよなあ…」 いつまでも、安倍家にお世話になるわけにもいかないだろう。働くにしても、この時代についてしっかりと知っているわけではない。とりあえず、身ぐるみを売ればそれなりの金にはなるかもしれないけど…。 ドスドスドスという荒い足音が聞こえてきた。その足音は、どこかの部屋に入ると、暴れ始めた。ところどころ途切れて聞こえてくる声は昌浩君のものだ。 「…荒れてるなあ…」 そんなにも、今日の出来事がショックだったんだろうか。 今日の出来事言えば、あの、白い法衣を来た人。あの男の人の霊力には覚えがあった。 私は横たえていた体を起こした。まだ朝も速いが、なんとなく起きているような気がした。 あまり足音をたてないように歩く。晴明さんの部屋は、一度言ったことがあるから、覚えている。 私が、感じたことが正しのか、確認しないと気が済まなかった。あやふやなままでいるのは、どうも気持ちが悪い。 晴明さんの部屋へもうすぐたどり着く、というとき、中から声が聞こえてい来た。 「―――そういうことではないのか?」 「自分で望んで昌浩のお守についたのだからな」 いつもより、真剣身を帯びた二人の声。一つは晴明さんの。もうひとつはもっくんの声だった。なんとなく入るわけにもいかなさそうな雰囲気に、その場で立ち止まる。 「昌浩を守り、自分自身の命を守る」 どうしよう、と思っていれば、もっくんの声が聞こえてきた後、もっくんが部屋から出てきた。 もっくんは、一度私の方に顔をあげたけど、何かを言う訳でもなく通り過ぎていった。その姿はどこかきりっとしていて、気が引き締まったと言うところだろうか。それは、晴明さんの言葉がきっかけなのかもしれない。 もっくんは十二神将の騰陀だ。本来なら晴明さんについていなければいけないところを昌浩君についている。少し不思議だったけど、きっと、もっくんにとって昌浩君は晴明さん同様大切な存在なのだろう。目は口ほどにものをいうってね。 「紗子。入るなら入りなさい」 「あ、はい。すいません」 中に顔をのぞかせてみれば、晴明さんは、小さな机のようなものに肘を預け、こちらを見ていた。 「今日は、どうじゃった」 「…高於さんはいませんでした。…なんか、よくわからないけど…」 「ほう…。それで、何か言いたいことがあるようじゃが?」 「言いたいことと言うか…。ちょっと確認?なんですけど」 どこか、探るような視線に思わず目をそらす。立ったまま話しをするのは、失礼かと思い、そそくさと彼の前に座って、向き直った。 「あの、答えたくなかったらいいんですけど…、今日昌浩君を助けたのって、晴明さんですか?」 「…ほう…。どうしてそう思うんじゃ?」 「なんと、なく…。というか、空気?霊力?とにかく知った雰囲気だったんです」 「なるほど。紗子は随分勘がいいようじゃの」 「ってことはやっぱり?」 恐る恐る問いかけた私に、晴明さんは深く頷き返す。 「じゃあ、他の人たちは?」 「あれはあたしたちよ」 突如、子供の声が後ろから聞こえ、振り返ればそこにはさっき見た3人が+綺麗な女の人がいた。いつの間に、というか、さっきも思ったけど、現実離れしている格好だよね。 「えっと…?」 「式神じゃよ。式神」 式神…。そういえば、安倍晴明と言えば十二神将だっけ。前に蔵で掃除してるときに巻物を見た気がする。とても今目の前にいる人たちとは似ても似つかない絵だったけれど。あの絵の下手さ加減がよくわかる。 「そっか…。式神か…」 「はじめまして。私は天一と申します」 そう言って頭を下げたのは、まさに天女と呼ぶにふさわしい人だった。綺麗な長い金色の髪に、細い指。とても儚い雰囲気を持つ人だった。 「俺は朱雀だ。よろしくな。紗子」 元気のいいお言葉をいただいたのは、真っ赤な髪を額に巻いた布で立たせて、それなりに体格のいいお兄さんだった。 「あたしは太陰よ!あんたはまだ、ましみたいね!」 このませた子供。見た目は子供だけどそれなりに力があるというのはこの目で見ている。 「六合だ」 一言そうつぶやいた彼は、それっきり口を開かなかった。とても寡黙な人のようだ。右頬にある黒い逆三角形は刺青か何かだろうか? というより、どことなく見たことあるような顔なんだよね。どこで見たんだっけ? 「えっと、紗子です…。よろしくおねがいしま、す?」 「ちょっと、なんで疑問形なの!?」 「いや…、ハハッ」 すかさず突っ込んできた太陰には笑ってごまかした。なんでと言われても、ねえ?ついさっきまでここでいつまでもお世話になるわけにはいかないと考えていたんだし、一人立ちできたら十二神将ともあまり関わることもなくなるんだろうと思ったんだけど。 まあ、それを彼女に言っても仕方ないことなのだ。 なんとか彼女をなだめてから、私はそれじゃあ失礼しますねと声をかけて与えられている部屋に戻った。とても疲れていた。木船に頑張って言ったのに高於さんはいないし。しかも、変な虎と戦っている昌浩君を見つけちゃうし。それで晴明さんは若返られるって? まあ、爺様も人間離れしたことができていたような気がしなくもないから、結構すんなり受け入れられたんだけど。 「はあ、もう寝よ」 目を閉じると、随分と疲れていたのかすぐに眠ってしまった。 ただ、赴くままに (自分のやりたいようにやってみよう) (爺様のところに早く帰りたいけど) (とても心配だけど) (とにかく、生きていくことだけ) (強くなることだけ) (考えていこう) |