貴船神社内は、私の家とは全然違っていた。暗いから気付かなかったようだけど、家も、私の家は少しコンクリートを使われている。つまり、建て直したりしているんだけど、ここは本当に木と土だ。 エコだね。エコ。 いや、木を切り倒している時点でエコにはなってないんだろうけど。 私が飛ばされたであろう蔵の中に入ってみる。 開けたそこは、私がいたときよりも、物が少なく、きれいだった。 そして、地面に、私がつけていたはずのペンダントが落ちている。 そういえば、無くなっていたかもしれない。そっと拾って、ついた土を指で払う。そうすれば、出てきたのはキラリと光る円の中の星。 そういえば、これって確か安倍家の紋様だっけ? そんなことを考えながらも、それを再び首に下げる。 さっき、中を見てみて、本殿には人は住んでいないようだった。はなれに家があったから、そっちに住んでいるんだろう。 あまり詮索はできなかったけど、でも、どっちにしても、ここにはもう用は無かった。 私は一度、本宮の方へいき、西側にある船形石(ふながたいわ)の前に立った。 誰かが来る気配は感じられない。ここに、高於さんはいるけど、いない。なんとも微妙な感じだ…。 「たかお、さん?」 昔は、よく、すぐ傍にある木によりかかりながら、高尾さんはこの船形石に座って、おしゃべりをしたものだ。 高尾さんは、私の話に耳を傾けてくれて、爺様がいないときには、ずっと傍にいてくれた。何気に、お世話をしてもらったり…。うん。よく、わがままな子供に付き合ってくれていたよ。高於さん。 「高於さん。どうして、私をここに連れてきたの?」 答える声はない。当たり前、か…。 「早く、帰りたい、な…。ここには、知ってる人がいないんだよ。高於さん。高於さんは唯一私のことを知ってる人だと思ってたんだけど…。貴方もいないみたいだし…」 ああ、本当に、どうしようか。 いつもしていたみたいに、近くにある木に寄りかかって、空を見上げた。すでに、日が沈みかけているのか、赤と紺のグラデーションになってきていて、なんとも不気味な色だ。 何か、あるのかもしれない。あまり、いい気はしない、ね。 冷たい風が吹いてきた。灰色の風だ。 ぶるっと背中を震わせてから、肩にかけてある鞄を抱えなおして、その場に背を向けた。 ザアアという、風の音とともに、誰かに名前を呼ばれた気がして、私は思わず立ち止って振り向いた。 「え?」 後ろには、誰もいなくて、あるのは、舟形石と、一本の木だけだった。もう一度風が、吹く。 その風は、落ちている葉っぱと一緒に砂を巻き上げて吹き抜けていく。 あまりにも強い風に、私は思わず目をつむった。 目をつむる間際、船形石のところに、高於さんがいるように見えた。いつもみたいに、片足を立てて、片足を船形石からたらして座って、それで、こちらを優しい目で見ている。紅い唇が動いたように見えた。何かを伝えるように。 でも、それさえもかき消そうとしているかのように、風が音と、彼女の髪を巻き上げてさらって行ってしまった。 再び目を開けた時には、そこに高於さんの姿はなかった。あれは、風が起こした錯覚だったのか、それとも、本人が本当にいたのかはわからなかった。 「高於、さん?」 私は、鞄を抱えなおして、再びくるりと向きを変えて、石段を駆け下りる。衝動に駆られるままに、私は走って走って、走って、こけそうになりながらも、石段から転がり落ちるように降りた。 下についた私は、やっぱり、何かの衝動に駆られるままに走る。息が乱れ、汗が頬を伝うのも構わずに、まるで何かが後ろから追いかけてくるとでもいうような、錯覚に陥りながら走った。 走って、走って、走って、 ようやく止まった先は、古い、廃墟が立ち並ぶところだった。 跳ねる心臓は、突き破って出てきてしまうんじゃないかと思うほど、胸を叩いていて、息は乱れて、なかなか吸うことができない。 伝ってくる汗は、そのままに、私は空を見上げた。 さっきまであった夕日はもう沈んでいる。無性に泣きたい気分になった。声をあげて、幼い子供のように泣いてしまいたかった。 やっと落ち着いてきた鼓動に、ひとつ深呼吸をする。 それで、やっとあたりを見回したら、とても、不気味なところに自分がいることに初めて気がついた。 立ち並ぶ家は、どれも、屋根が抜けていたり、塀が崩れていたり、中は草が伸び放題だったりした。私は、そこを、鞄を抱きしめながら、ゆっくりと歩いていく。 小さなもの音でも、すぐに届いてしまうほど、不気味だ。雑記の一匹もいやしない。 しばらく足を進めていると、2、3本向こうの通りにある家が、まばゆい光を放ちながら吹き飛んだ。 「何!?」 空を舞う、家の残骸達はすぐに闇に飲み込まれたけど、それも、じきに落ちてきた。 「わっ!?ちょ、あぶなっ」 一つの廃墟に逃げ込んで、上から降ってくる木々達を避ける。槍じゃなくて、木が降ってきちゃった。 「って、そんなこと考えている場合じゃなくて、」 廃墟から外に出てみれば、分厚い雲に覆われていた空が、今の爆風によって、ゆっくりとどいて行った。 そして、大きな満月が空に顔を出す。 その月の光は青白く、とても、不気味にあたりを照らしだした。 ああ、なんて、なんて、大きな…。 足に根が生えたように、私は、大きな青白い不気味な月から目が離せなくなった。 淡い光に集まろうとする虫のように、私も、その光に魅入られた。 その視線を外させたのは、突然襲ってきた強大な妖気と、地を這うような唸り声だった。 その声が、地面と空気を伝って身体に直接響いてくる。 思わず、しゃがみ込んで耳を塞いでしまいたくなるほどの、深いな唸り声。それは、犬や動物の唸り声とはまた違ったものだった。 「な、何…」 なんとなく、そこに行かなければいけない気がした。大きな妖力を感じる。あの、私の家に出たトウコツよりも、少し弱い力だ。でも、それでも、それ相応の力を持っているというのは感じ取れる。 私は、すぐに、鞄の中を探って、札を取り出して、構えた。 そのまま、私はあの光った方へと走り出す。 カナリヤの叫び (震える足は) (私の心のようで) (震える手は) (私の気持のようで) (逃げ出したくなった) |