ご飯が食べ終わった後は、再び話が私の素性に戻った。 陰創師(おんそうし) それは、古来より闇の武器商人として動いてきた者たちのことをいう。決して表に立つことはなく陰で武器を創り生きる者。 この陰創師は武器商人であっても、武器を仕入れるわけではなく、自分たちで作り、それを売っていた。しかし、それはいつの間にか消息は途絶え、闇の世界でも噂は途絶えた。 そして、噂では滅びたとされていた。 しかし、滅びてなどいなかった。 ただ、売ることをやめたのだ。人に飽きたと言って。 愚かな人は、己が強くなるために武器を欲した。そして、欲のままに武器を使い、さらなる強力な武器を求め陰創師をとらえていった。その過去があって、人にもう武器を明け渡す必要はないとした。 しかし、自分の身を守るための者たちには、使い道を聞き、貸し出したりなどはしていたらしかった。 「らしい、とは?」 「全て、書物に記されたものです。なので、本当かうそか、それは誰にもわかりません。ただ、私の中にはその血が流れています」 「創る、とされているがどうやるのじゃ?」 「必要なものは、陰創師の血。それだけです。自然とより濃く接していた彼らは、自然と共鳴することで力をより引き出していました。他には、息や、念なども込めますが、血が一番強く力を発揮するので、息や念は付属品と考えます」 「ほうほう…」 「と、言っても、私はまだ見習いなので札を書いてもせいぜい持って10分というところでしょうけど…。力が強ければ強いほど、持続時間は長くなり、ある一定の強さを超えればそれは永久に力の衰えない札となります」 「なるほどのう…」 「あの、ところで…」 「ん?なんじゃ?」 「どうして、私が牛に石を投げたの知ってるんですか?まさか、どこからか見てたとか?あと、あの男の子は?」 しかも、私普通に赤髪さんに運んでもらった、っておもったけど、あの赤髪さんが晴明さんと知り合いだとは限らないのに! 「これでも、安倍晴明。まだまだ、力は衰えておりませぬぞ。男の子と言うのは、昌浩のことですかな?奴は今、陰陽寮におりますわい」 ニコっと笑った晴明さんは、なんというか、人懐っこい笑みだと思った。 陰陽寮って…、というか、身内でしたか! 運がいいのね、私って…。かの有名な安倍晴明の家に転がり込んだのだから。偶然か必然か…。この世に偶然なんてないとかいうけれど、必然さえもないだろうに…、と思ってしまう。 「もうそろそろ、帰ってくるころじゃろう」 「ただいま戻りました」 ナイスタイミング。まるで見ていたかのような。というか、マンガやアニメのような…。 「爺様、そんなところで……、あ、目が覚めたんですか」 ひょこっと現れたのは、確かに昨日の男の子だった。今日は紫色の衣を着ている。 「あ、昨夜は気を失ってしまい、大変ご迷惑をおかけしました。私は平石紗子と言うものです」 膝の前に三つ指をついて深く頭を下げた。なんていったって、気を失った私をここまで運んでくれたのだ。感謝しないわけがない。 「あ、いえいえ。こちらこそ。俺…、私は安倍昌浩と申します」 「って、なんでお前らそんなに改まってるんだよ」 「うるさいよ。もっくん」 私が、思い出したかのように深々とお辞儀をすると、それにつられたように彼も深々とお辞儀を返した。それに、白い物の化、もっくんと呼ばれたそれが突っ込む。彼らは、どうやら仲がいいらしい。 あ、そういえば、昨日の男の人ってこの物の化だったっけ。どういう仕掛けか知らないけど、助けてもらったのは、この子でいいんだよね。だって、気配が一緒だし。昨日より、幾分か柔らかいけど。 「あ、えっと…も、っくん?」 「お、なんだ、お前もオレが見えるのか」 「え、まあ、はい。あ、それより、昨日の赤髪の人って君だよね?」 「……なんでだ?」 「…気配?みたいな?」 「みたいな?」 「みたいな」 意味不明な問答を繰り返してしまって、話がそれた。 「あ、それで、えっと、昨日運んでもらったみたいで…、その、ありがとうございました。こんな、重い体を…」 「おー、おー。お前、なかなか礼儀をわきまえてるなー。どっかの誰かさんとは大違いだ」 そう言って、もっくんはちらっと隣にいる昌浩を見上げた。それに気付いた昌浩はむっとした顔をする。 「どうせ!俺は礼儀なんてわきまえてないですよーだ!第一、もっくんに礼儀を通す必要なんてない!」 「はあ!?オレにこそ、敬意を払うべきだろ!」 二人の言い争いを見ていたら、晴明さんがこっちへと言ったので、まだ言い争っている二人をそのままに私は晴明さんのあとに続いた。もちろん、あの女性、露樹さん(さっき聞いた)にちゃんとごちそうさまと言ってから。 「すまんのう、騒がしくて」 「いえ。楽しい家のようで」 「紗子さんは、」 「あ、呼び捨てでいいですよ」 「そうかの、それじゃあ、紗子はこれからどうするのじゃ?未来からきたのじゃろう?」 「そう、なんですよね。とりあえず、神社に行ってみて、高淤さんに会ってみないことには…」 ああ、それでも、帰れないんだろうな、ということはなんとなくわかっていた。だって、さあ。高淤さん最近調子悪いみたいだし…。最近あってなかったし。って、過去に来たから私のこと知らないのかも。 あ、そしたら、私本当にここに独りぼっちだ。 誰も、私を、知る人はいない…。 「紗子?」 「あ、すいません。ちょっとボーっとしてしまって」 「ふむ…、もう日が沈む。とりあえず、今日も泊まって行きなさい。吉昌も会いたがっておるしのう」 「…よしまさ、さん?」 「わしの息子であり、昌浩の父じゃよ」 おお、あの子のお父さんか。じゃあ、きっと優しい人だ。 たぶん、晴明さんの部屋に連れていかれて、晴明さんの向かいに座る。しばらくしたら、言い争いが終わったのか、昌浩君ともっくんが入ってきた。 「で、晴明。こいつをどうするんだ?」 部屋に入ってきて、昌浩君のとなりにちょこんと座ったかと思ったら、赤い瞳を晴明さんにまっすぐに向けて問う。 ああ、本当にツッチーににてるな。色が赤いからまったく反対の色なんだけど。 「そうじゃのう…。とりあえず、紗子はどうしたいかね?」 「え、私?えっと…、そうですね。とりあえず高淤さんにあってこなきゃいけないし…、爺様のことも心配だけど、ここじゃあどうせいないだろうし、わからないし…。あー、お金かせがなきゃいけないし…」 しばらく、あれこれ考えながらぶつぶつと言っていたら、昌浩君が眉をよせるのが見えて、ここでこんなこと言っちゃいけなかった!と少し焦ってしまって、とりあえず苦笑した。 「まあ、なんとかなりますよ。何よりもまずは高淤さんに会いに行きますけど」 「おい、高淤さんって誰だ?」 「え?あ、そっか。えっと、貴船神社の、高淤加美神、だよ」 「高淤加美神!」 目を見開くもっくんをそのままに、晴明さんの方だけを向く。 「私、これでも貴船の巫女やってたんですよ。…バイトですけど。表では、ですが」 「ほう…、貴船の。しかし、高淤加美神がそなたを知っているとは限るまい?」 「いや、まあ…、そのときはそのときで。別のこと考えます」 「肝が据わっているのか、なんなのか…」 「父上。ただいま戻りました」 そう言って入ってきたのは、たぶんさっき話に出てきた吉昌さん。その証拠に、昌浩君が彼を見上げて父上…、と呟いていた。 やっぱり優しそうな人だ。この人は、露樹さんの旦那さんに当たる人だ。とてもお似合いだと思う。 「おや、お客人が目を覚まされたようですね」 「あ、えっと、紗子と言います。お邪魔しています」 「吉昌です。お加減はどうですか?」 「あ、はい。それはもう、ぐっすり寝ていたようで、露樹さんにもよくしてもらい…」 「それはよかった。昌浩。露樹が夕餉の用意ができたと言っていたよ」 「はい。わかりました。只今まいります」 吉昌さんは、私と晴明さんの方を見て、小さくお辞儀をしたあと、戻って行った。それにつられて昌浩君も夕餉のために席を立った。 しかい、もっくんは動こうとしなくて、その様子に昌浩君は首をかしげる。 「もっくん?いかないの?」 「オレはいい。先に行け」 「?まあ、いいや。じゃあ、失礼します」 また昌浩君に頭を下げられたから私も少し頭を下げる。そして、もっくんは晴明さんの隣に移動して私を見た。見た、というより、睨んだ? 「…お前は、何者だ?」 ……唐突だな、おい!今、一瞬思考停止しちゃったじゃないか。 「えっと…、平石紗子です…?」 いや、名前を聞かれているんじゃないってことはわかるけど、でも、どうやって答えればいいかわからないし…。 何者だって聞かれたら、どう答えようか困るよね。アイデンティティーって奴? 人を何者かと判断する要因はいろいろとあるけれど、たとえば、女、大人、名前、年齢、いろいろとしたもので分類わけできる。でも、それはその人個人を表すものかと聞かれたらそうじゃない、と思う。だから、何者か?と聞かれたら、そんなに、確かな自分なんて持っていない、と答えられなくなってしまう。 「おお、そうか、紗子って言うのか、って違うっ!」 おお、ノリ突っ込みっ! 「あの牛にあったときの技!それに、お前があいつを引き連れてきたんじゃないのか?」 引き連れてきたって、なんだか、私が昌浩君たちに襲わせた、みたいな言い方だな…。 「私は、ただ、いきなり出会ってしまって追いかけられただけよ」 「………じゃあ、あの技は」 うわー、この質問2回目だよ。これって、後で昌浩君にも説明しなきゃいけないのかな…。めんどくさっ!この説明、めんどくさいんだもん! 「これこれ、紅蓮。お客様にそうせかしてはならんよ」 「晴明!ちょっとは警戒したらどうなんだ!」 「しかしのう…、現にあやつから救おうとしてくれたことは確かじゃろう?」 「だからってっ!」 と、その時、どこからともなく昌浩君のもっくんを呼ぶ声が聞こえてきた。 「チッ、後でちゃんと説明してもらうからな!」 そう言って出て行った背中は、少し毛が逆立っていた。本当に動物みたいだ。ツッチーも怒ったりしたらあれだけ毛が逆立つのだろうか。 「クスクス、すまんのう、少々警戒心が強いやつでのう」 「いえいえ、そりゃあ、いきなり(ここにとっては)変な格好をして、変な術使ったら怪しみますって」 そんな感じで、しばらく晴明さんと他愛もない話をしてから、私はあてがわれた部屋に戻った。 留記をのぞき見た (さてはて、陰創師) (この出会いは、偶然か、はたまた、必然、か…) (願わくば、この出会いが吉と出ますように) |