「……ん」 目を開けたら、なんとなく見慣れているようで見慣れていない天井が見えた。風通しのために開けられた窓は、自分の家のようにガラス製の横に引いて開ける窓ではなく、下の方を押して、上だけが繋がっているので、そのあいている部分につっかえ棒をいれて開けておく、というものだった。 これは、ずいぶん昔の人の、雨が入ってこないための知恵だったはずだ。今時、こんな古風な家があっただろうか…。復元された昔の人の家にでもいるのだろうか?だとしたら、ここに私を寝かせた人は、酷い人なのかいい人なのか非常にわかりづらい。 寝転がりながらもそんなことを想い、再び天井に視線を戻す。 外では、蝉の声が聞こえた。いつもなら、その声を聞いただけで暑く感じてしまうのに、今日はなんだか穏やかな気持ちで、それすらも夏の風物詩として涼しめる。 しばらくボウ、っとしていてから、そういえばここはどこだろうと考え始めた。こんな家、まず近くにはないし、風音や彩輝の家でもない。もっとも、彩輝の家にあがらせてもらったことはないんだけれども。 とりあえず、体を起き上がらせれば、背中に鈍い痛みが走り、思わず手でその部分を抑える。手で触った感覚と、今の痛みで、外傷があるわけではなさそうだ。どちらかというと、内側がやられている感じ。 そういえば、昨日風で飛ばされたっけ。変な男の子と、物の化の二人組にあって、その前は牛においかけられ、て……。 「そうだっ!牛っ!」 「牛がどうかしましたかな?」 思い出したことをそのまま口にしてしまえば、いきなり声をかけられそちらを向けば、どうやら、寝ているときの頭の方、つまり後ろに引き戸があったようで、いつの間にかそこに、烏帽子(えぼし)をかぶって、あの男の子と同じようなものを着た老人がいた。 老人だけど、感じられる雰囲気は年老いたものではなく、経験豊富といった雰囲気で、どちらかと言えば若いように感じられた。というか、はっきりとした年齢を感じさせない人だ。見方によっては80とか言ってそうなのに、60と言われてもなっとくできる。 「え、あ、…いや。えっと…、あの?」 突然声をかけられたことに、まず何について言葉を発すればいいかわからずに、混乱したままその老人に意味不明な聞き返しをする。 そうすれば、老人は、骨ばった手でこちらを見ながら顎ひげを一度なでた。 「ふむ。変わった身なりをしておいでですな」 いや、むしろ貴方の方が変わった身なりしてますけど! そう、突っ込みたいのをぐっとこらえて、無言にとどめた。 ついでに、私の今の格好を説明すると、昨日のままなので、しかも、夜だったこともありかなりラフな格好。スポーツ用の半ズボンに、自分が着るのよりワンサイズ大きなTシャツ。なので、ダボッとした格好だ。 「それで?お譲さんのお名前を伺ってもよろしいかな?」 老人は中に入ってきて、きれいな動作で腰を下ろした。背筋をピンと張って座っている姿はとても堂々としている。いまどき珍しいだろう。猫背にならない老人、なんて。 「あ、えっと、平石紗子…、です。えっと…」 「わしは、安倍晴明じゃ」 あべのせいめい?あの、有名な陰陽師の名前と一緒?親御さんとかが彼の大ファンだったとか?そういうオチじゃなくって? ああ、でも、そういえば、ここは私がいたところの京都じゃないんだっけ。建物が全部低い上に、作りが今とはまったく違っていたはずだ。それに、昨日の少年と言い、この老人と言い、この来ているものは平安時代とか、どっかその辺の服じゃなかっただろうか…。 軽く目まいを覚えつつも、とりあえず現状確認しなくては、ということで、清明となのったこの老人の顔色をうかがいつつ口を開いてみる。 「あの…、つかぬことをお伺いしますが、今何時代ですか?」 そんなことを聞けば、彼は目を見開いてしまった。というか、そんなに目を見開かないでください!なんか、言っててこっちが恥ずかしくなりますから…。 そんな痛い子じゃないんですよ?私。これでも、かなり真面目なタイプなんです。そこまでバカげた冗談は言わないタイプなんです! 「……時は平安ですぞ」 「へいあん…」 え、平成の聞き間違いじゃないよね?ヘイアンって、平安…平安…。平安で、安倍晴明って…もしかして、 「じゃあ、陰陽師の安倍晴明!?」 「ほう…、わしのことをご存じの御方か」 「いや、知ってるも何も、超有名…。というか、そっくりさんとか、ファンとかそういうんじゃなかったんだ…」 「はて?」 「あ、いえ。こっちの話です。えっと…、それで、私なんでここに寝かせてもらっていたんでしょうか…」 そうだよ。なんで、ここに寝てたんだ?私、自分でここに来た覚えないんだけど。牛が爆発して、その爆風に巻き込まれた、っていうのはおぼえてるけど…。もしかして気を失ったとか? 「ああ、異邦の妖により、吹き飛ばされて気絶されたのですぞ。痛むところはありませんかな」 「あ、はい。大丈夫、です…。って、じゃあ、連れて来てくれたのって、あの赤髪のお兄さん!?うっわ。私重いのに。悪いことしたなあ…」 「ほっほっほ。構わぬよ。あれも女性を運ぶぐらいわけないじゃろうて」 いや、多少、そこを想像したら恥ずかしいんですよ…。だって、成人した大人が運んでもらうって…。 「そうそう、そろそろ、本題に入ってもよろしいかな?」 その表情は、口元を扇子で隠されているものの、真剣なものとなった。その雰囲気を察知した私は居住まいを正す。 「昨夜、紗子さんがゴウエツに石を投げましたな?」 ゴウエツってあの牛でいいんだよね?石、投げたっけ…。あ、投げたかも。ちゃんと武器に仕立てた奴。一応即席だけど、時間は5分ぐらいは持つようにしたし、ちゃんと吐息も混ぜたから意外としっかりとしたものになってて、ちょっと嬉しかった。 あれって、久しぶりにやったんだよねえ。 いつも爺様のお札だったし。 「ああ、あれですか。あれは…、陰創師(おんそうし)って知ってますか?」 「……陰創師とな。確か、あらゆる武器をその体一つで作り上げる者たちのことじゃったと思うが…。もう滅びていると聞いておるが?」 へえ。この時代でも知ってる人がいたんだ…。私の時代、つまり平成でも、知っている人なんてごくわずか。しかも、生き残りなんて私ぐらいだろう…。たぶん。絶滅危惧種の民族だ。 「そうです。ただし、滅びていません。ひそかに息づいています」 「して、なぜ今そのような者が表に?」 「えっと…ですね?そこは、また別の話になってしまう訳でして…」 と、そのとき、グウゥゥと、私のお腹の虫が盛大に鳴いた。とっさにお腹を押さえて音が出ないようにしてみるけど、意味をなすわけではなく、その虫は、鳴り響いた。 顔に熱が集まる。それもう、沸騰しそうなぐらい。 ちらっと晴明さんを見れば、目を丸くしていた。 そうだよね。私もビックリですよ!ふてぶてしいのにも程があるというか、私ってこんなにも神経図太かったんだ…。 「クッククク…。これはこれは、すまんかったのう。お客様にお茶もお出しせんと…」 「い、いえ…。こちらこそ、すいませんっ!」 晴明さんは喉の奥で、いまだにクツクツと笑いながら、私を案内してくれた。もうまさに、穴があったら入りたいって感じ。 そして、通された場所は、中庭が見える綺麗な場所で、そこには、一畳分の畳が4つ。話されて置かれていた。清明さんはそこにためらいなく座って、私に向かいの畳に座るよう促した。どうやら、座布団の変わりみたいな感じのようだ。 しかも、今気付いたけどもう日は傾き始めていて、今日が終わるという時間になっているじゃないか!私、どんだけ寝てたの!?とか思いつつも、澄まし顔でその畳に座らせてもらう。 そこには、長い黒髪の優しそうな表情をした女の人がいた。緑の羽織を着て、本当に、時代が平安なんだ…。と思わせられてしまった。 「まあ…。お目ざめになられましたの?」 「すまんがのう、彼女に夕餉(ゆうげ)の準備をしてくれんかの」 「はい」 「すいませんっ。お願いします」 ああ、なんて恥ずかしいんだっ!しかも、初対面で、夕餉、つまり夕食の用意をしてもらうなんてっ! 「あ、えっと、何か手伝うことありませんか!」 「フフ、お客様に手伝わせるわけにはいきませんわ」 「す、すいません…。お願いします」 そのまま、彼女は台所の方へと向かっていった。 「それで、話を戻しても構わんかな?」 「あ、はい」 「先ほどの、別の話し、とやらを聞かせてもらっても構わんかの?」 「あ、それはですね、私自身もさっき確信したわけでして、ちゃんと高於さんに話聞かないといけないと思うんですよ」 最後に聞いた、高於さんの“そなたの願い聞き届けた”ってやつ、その願いによってきっと私はここに来たと思う。だから、ちゃんと高於さんに話聞かなきゃ。 それに、爺様…。 爺様のことも心配だし…。 「えっと、簡単に説明すると、タイムスリップみたいな…」 「たいむすりっぷ?」 あ、カタカナだめじゃね?カタカナ通じない系?オッケー。タイムスリップを直訳すると…時間すべり? って意味通じないよね。うん。えっと、なんて説明すればいいんだろ。 「えーっと、ですね?えっと、かなり非現実的なんで、信じれないと思うんですけど、未来から来ましたー、なんて……」 ちらっと晴明さんの顔を見る。 うん。そんな痛い子を見るような目で見ないでください!私だって信じられないけど、さっき晴明さんが言ったこととか、あなたたちの格好とか、家とか、なんかいろいろと合わさって、絶対に過去。しかも、鳴くよウグイス平安京の時代だよ!(語呂合わせ) 千年以上前! 10人分ぐらいの人生をすっ飛ばして戻ってきました。みたいな感じなんですよ!(←混乱中) 「未来…、とな…」 「やっぱり、信じられませんよね…」 「さあさあ。父上もご飯時にそんなに重たい話をしてはいけませんよ」 食膳を持った露樹さんが突然入ってきた。そこから、いい匂いがするから、きっと夕餉の仕度ができたんだろう。 「おお、そうじゃな。これだから、年寄りはと言われるんじゃ」 「クスクス。さあ、夕餉の準備ができました。えっと…」 「あ、紗子と言います」 「紗子さん。どうぞお召し上がりください」 「はい。いただきます」 ぬかりない空腹 (んー!おいしい!) (フフフ、お口にあったようで安心しましたわ) |