消え去った牛がいた場所には、まだ少し炎がちらついている焦げ跡だけが残っていた。 その炭が風によって攫われていく。 白い蝶が闇夜に浮かぶ中、飛んで行った。 その様子を見ていた昌浩は緊張が解けたのかその場にへたり込んでしまった。 その様子を隣の紅蓮は見下ろし、腰に手を当てて呆れたように言う。 「どうした、昌浩」 「い、今までの奴らとは違ってたから…」 憔悴しきったように、伏し目がちにいう昌浩。そんな彼に、紅蓮は微笑を浮かべた。それは、仕方ないな、という風にどこか慈愛に満ちていた。しかしそれもすぐに悪戯な笑みに代わる。 「そんなことでは笑われるぞ?清明の孫よ」 「孫言うな!」 「フフ」 ちょっとからかえば元気よく帰ってきた返事。これでこそ、昌浩だ。と思いながらほほえましく見守っていた。 「ハッ!そういえば、さっきの女の人はっ!」 昌浩は、ハッとして、さっきまで自分と一緒にいた女の人を探す。後ろを振り返れば、壁にもたれかかって倒れている姿が目に映った。 一瞬嫌な考えがよぎり、すぐに駆け寄る。 「大丈夫ですか!?」 しかし、ゆすってみても、返事はない。隣に来た紅蓮が彼女の口元に手を当てて、小さく息をついた。 「…大丈夫だ。気を失ってる。どうする?」 「…ほっとくわけにもいかないだろ。一応、助けてもらう形になってたしな。あー、でも、爺様になんて説明しよう!」 「……晴明はもうしってると思うけどな」 さっきの蝶を思い出し、紅蓮は呟く。しかし、それをはっきりと聞きとれなかった昌弘は、紅蓮を見上げて首をかしげた。 「ん?なんかいったか?」 「いや。なんでもない。じゃあ、こいつは俺が運ぼう」 昌浩は、晴明が心配して紅蓮以外の式をつけてきていることを知らなかったようだ。たぶん、もうさっきの蝶が晴明へと今のできごとを知らせているだろう。 このことを知ったらきっと昌浩は、また怒るのだろうな。そう思って少し笑う紅蓮だった。 「うん。お願い」 「にしても、さっきの妖といい…。この女が何か関係があるのかもしれないな」 「うん。とりあえず、帰ったら爺様に相談しなくっちゃ」 「ああ。」 紅蓮が抱きかかえるのを見た昌浩は、少しその姿に違和感を感じてしまいながらも、その後ろをついていく。 紅蓮の隣を歩くという機会はあまりなかったために、なんだか少し気恥ずかしかった。 *** 風を通すように開けられた子窓の隙間から、一匹の白い蝶が、まるで当然だとでもいうように中へと入って行った。 そして、畳の上にとまると、小さな音を立てて、白い蝶は姿を変えて水晶の形を取った。 ロウソクによっての明かりで照らされた部屋に、水晶が転がり、それを骨ばった手が持ち上げた。 その手の老人、もとい安倍晴明は水晶の中を覗き込む。 「はるか西洋。異形の力来訪した京に、災いとなって人々に降りかかる、か…。にしても、あの女。何者であろうか…。さてはて、この出会いが吉と出るか凶とでるか…」 真剣な表情をした晴明は自分の顎髭に手をやって一度なでると、ロウソクの火を吹き消した。 理解できぬ次元にて (眠り姫) (右も左もわからない中) (さあ、選択を) (物語はもう始まっている…) |