奥底の気持ち、キミノナ

行きと違い帰りのバスは、先輩たちとも一緒となった。だから座席がいろいろと問題になっちゃって、結局は波音さんと風とあたし。隼人とたけちゃん、匠君と南先輩っていうベストな組み合わせとなった。


「波音さーん、隼人まだ怒ってた?」


そしてあたしは一番後ろの席に着くなり直ぐに波音さんに隼人のことを聞き込み。何か一緒にいたみたいだったし…。波音さんなら何か知ってると思って。


「え?…ああ、怒ってないんじゃないかしら」


「空アンタ仲直りしたんじゃなかったの?」


そんなあたしの様子から察してくれたのか、直ぐに笑顔になって頭を撫でてくれた波音さんは、少し曖昧な返し方。それを横で聞いていた風は、少し呆れた感じだし。


てゆーか、あたし何もしてないもん。隼人が、隼人が急に不機嫌になっていなくなっちゃうから…。


「……また口きいてもらえなくなったらどうしよー」


結局、南先輩との口論の後からあたしと隼人との間にはまたもや壁が出来ちゃって、口きいてない。折角また話せるようになったと思ったんだけどな。


「空ちゃんは、大切なのね。今の関係が」


「え?」


「当り前にある大切なものは、一度失ってみないと気づかないものだわ…。って昔誰かが言ってたわ」


珍しく波音さんが遠くを見るような儚げな表情をするから、傍にいたあたしと風は何も返すことが出来なかった。


何かその言い方に──、
少し違和感を覚えた気がして──、


「その人は──、今どうしてるの?」


「え──?」


だからかな。波音さんが言うその人が気になってあたしは無意識にそう口にしていた。風も同じように感じたのか、波音さんの答えを待ってるみたい。


「そうねー、……きっと幸せなんじゃないかしら」


幸せってことは、その人は、気づいたのかな?その、なくしたものが大切なものだって…。


「ほら獄寺」


「だからひっぱんなっつってんだろ!」


と、考え込んでいたあたしの前に現れたのは今さっきまで悩んでいた存在である彼、隼人と、無理矢理引っ張ってきたらしいたけちゃんの二人だった。


大切な、モノ…。


「邪魔するぜ」


「え、あ、うん──!」


たけちゃんにそう言われて座る場所をあけようと立ち上がったあたしは、急に揺れたバスによってバランスを崩し前につんのめってしまった。


「!ごっ、ごめ──っ」


「……」


しかもあろうことか、ご機嫌斜めな隼人の方に倒れたから、自然と抱き留められる形になってしまった。さ、最悪じゃん!何でよりによ──!


「大丈夫か?」


「え、…うん」


思考が止まったのにはちゃんとした理由があった。抱き留めてくれた隼人が、何も言わずにさり気なく背中をポンと叩いて、優しい言葉をかけてくれたから。


謝るより先に、お礼の言葉を言うより先に戸惑って、ただ頷くしかできなかった。そんなあたしを気にするわけでもなく、さっさと座った隼人は窓際に。あたしは今更動くのも何か変だったから、そのまま隣に座った。


「よし、んじゃトランプしよーぜ」


「何で海行くのにそんなの持ってきてたのよ」


「行き帰りの移動時間暇だろ?」


そんなあたしたちの横でトランプを配り始めたたけちゃんに、隼人の分もまとめて押しつけられ、波音さんも巻き込んで定番のババヌキが始まった。


「隼人、はい」


「…俺はいい」


あたしは半ば強引に押しつけられたそれを隼人の分と自分の分に分けて、わざわざペアのカードを捨てて整理してから隼人に差し出した。


だけど隼人がそれを受け取るわけもなく、小さく否定された言葉にやっぱりどこか不安に感じる自分がいて──、


隣の賑わいが嘘のように静かな空間。隼人はもう暗くなった外をただぼーっと眺めているだけで、あたしの差し出したトランプもあたしも見ようとはしなかった。


別に怒ってる訳じゃなさそうだけど、隼人の横顔が凄く寂しそうに見えて、気がついたときには隼人の手に自分の手を重ねていた。


「!──…」


「隼人はさ、笑ってるのが一番だよ」


「いきなり何言って──」


「なーんて、笑ってる顔見たことないけどね!ほら、またしわ寄ってる!」


ニッといたずらに笑って見せて、隼人の眉間をつまめば両眉がよって変な顔になった。


「てめっ!なにすんだよ!」


「うん。隼人はそういうのが一番だよ」


あたしがそう言えば大きく見開かれる瞳。やっと自分がそこに、隼人の瞳に映ったことが嬉しくて、手にしていたトランプは備え付けのテーブルの上に置いて、隼人の肩に寄りかかった。


「ん、何でもないっ!それよりあたし疲れたから寝るっ」


「は?てめっ何してんだよ!つーかマジで寝に入るな!」


隼人は、肩に寄りかかったあたしから逃れるように体を引いたから、体重をかけていたあたしの体はそのまま隼人の膝に倒れこんでしまった。でも、あたしは、そんなの気にせずに目を閉じる。


「って、結局寝に入んのかよ!」


いくら怒鳴っても、暴言はいても、無理矢理突き放したりしない貴方の優しさに甘えて、ちょっと冗談だったその言葉を本当にしちゃいました。


何かね、いつも隼人と一緒に過ごしてるからか分かんないけど、少し煙草の匂いが染み着いた隼人特有の香りがあたしには心地いいんだ。


さっきまでの不安も、今はもうない。ただそこにあるのは温かい温もりと、心地よさ。


完全に夢の中に落ちる前に感じた髪を撫でる優しい手の感じはきっと──、


「……zzZ」


「……ったく、人の気もしらねぇで」




***

「武にしてはよく考えたわね、」


「はは、だろ?やっぱあの二人はああじゃねーとな」


「そうだね」


「───」


トランプをしながら窓際の二人の様子をうかがっていた二人は、獄寺の膝で夢の中に落ちた空と、彼女の髪を撫でてやってる獄寺の不器用な優しさに笑いながらトランプに集中した。


そんな四人を微笑ましく思う波音は、優しい笑みを浮かべてその場を見守っていた。


だが、こちらが安らぎを感じている一方でそれをよく思わないものもいる。今は心の内に留まるその感情も、いつかは我慢のきかなくなる厄介な感情へと変わってしまう。


今はただ、そうならないことを祈るばかり──…。




(兄貴、あんま妬くなよ)
(……俺のこと言えた義理?)
(はは、…ちげぇねーな)


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あきゅろす。
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