事実に囚われ堕ちていく

「避難場所にしては綺麗な場所ね」


「!…チッ、何だてめーか」


「あら、悪かったわね私で」


俺が、相模と空を見ていられなくなってさっき見つけた岩に囲まれた風通しのいい場所に腰を下ろして直ぐ、空が尊敬しているらしい相模と同級生の如月が俺の後ろからいきなり顔を出した。一瞬でも空が来たのかと思った自分が情けねぇぜ。


「何だよ、」


「空ちゃんをあんまり悲しませちゃだめよ」


「は?」


アイツは悲しむどころか滅茶苦茶楽しんでんじゃねぇか。別に俺がどういう行動をとろうが、アイツの側には相模がいんだからな。


「今まで空ちゃんに一番近かったのは南君だと思ってたわ」


「……」


「だけど、空ちゃんの中には」


「うるせえ!」


怒鳴っていた。なぜ、今怒鳴ったのか自分でもよくわかっていなかった。別に、こいつに対して怒っているわけでも、こいつを特別嫌っているとかそういう訳でもない。なのに、怒鳴っていた。


わからない苛立ちが胸中を交差する。


その胸中と同じような音を立て、波が岩場にぶつかった。


「…好きな人とかいないの?」


そこにいるのがなぜか居心地が悪くなって立ち上がる。自然と見下ろす形になる目線。如月は何か困っているようなそんな表情をしていた。


「そんな奴いねえよ」


「じゃあ、Loveじゃなくて、Likeでもいいわ。いるでしょう?」


Like…、友達として好きな奴、という意味。


「……俺には、そんなもの必要ねえ」


「空ちゃんが見ているのは君かもしれないじゃない」


「あいつの隣は相模。それが事実だ」


そう言って立ち去るために如月の横を通ろうとすれば、いきなり腕を掴まれ、そのまま体勢は後ろへ。


「てめっ!」


バランスを取ろうと軸足じゃない足を後ろにやり、体重を支えようとすれば、それすらもさせないとばかりに、今度は胸板を押されて、再びよろめく。


再び足を後ろにやれば、そこに支えのための岩は無く、そのまま体は重力に従い下に堕ちた。


体を包む海水。反射的に、足を使い水面に顔を出した。


「てめっ!何しやがるんだ!」


そう言った途端。真上の太陽が陰り、隣で水に堕ちる音と、水飛沫(みずしぶき)が上がった。


「ハハハハ!だって、海なんだし海に入らないと来た意味ないじゃない」


海水でぬれた髪をかきあげ、楽しそうに言ってのける如月に、さっきまでの雰囲気は何も感じられなかった。


「だったら、テメエだけ入ってればいいだろうが!俺まで巻き込むな!」


「いいじゃない。落ち込んでる隼人君を慰めようとしただけよ」


「ちったあ方法を考えろよ!」


「空ちゃんは鈍い子じゃないわ。だから、きっと気づくはずよ」


「何言ってんだ!意味不明なことぬかしてんじゃねえぞ!」


「まあ、まあ、いいじゃない」




***

向こうの方で波音さんの笑い声が聞こえたけど…。気のせいかな?


今、私は釣り用にあるコンクリートの出っ張りのところを歩いている。なんか、風が気持ちいんだよね。海が近くにあるし。


すぐそこの砂浜では、子供たちが遊んでいたり、大人がサングラスをかけてパラソルのしたに寝ていたり。空と先輩が仲良さそうに並んで座っているのが見える。


下をのぞけば、海は結構の深さがあるようで面白い。砂浜からはそう遠くないけど、ここらへんからいきなり深くなるみたいだ。すぐ横は岩場になっていて、そこには小さなカニとかが歩いていた。


と、そのとき、小さな声が聞こえた気がして、あたりを見回した。


見回した先には、子供用の小さな浮きわが人無しで浮いている。そして、その近くでは小さな水飛沫が不自然に上がっていた。


よくめを凝らして見ると、それは小さな子供だった。


私は、すぐに海に飛び込んでそのこのもとへ泳ぐ。小さな声はこの子のものだったのだんだ。海の波に行く手を阻まれながらなんとかたどり着き、その子の体をおぼれないように支える。


ここは、本当に深い。私も、そこまで背が高いわけじゃないけど、それでも、全然足が届かない。


「ハア、ハア、ハア…、大丈夫?」


「だいじょ、ぶ…。ゴホッゴホッ…。あの、ありがと…」


髪を顔に張り付けた女の子は少し咳き込みながらそう言った。私は、ニコッと笑ってから、たぶんその子のものであろう、浮きわのもとへ連れていく。そこで、その子があたりを見回し始めた。


「リク…、おねえちゃん!リクがいない!リクは泳げないの!どうしよう!!」


「落ちついて。大丈夫だから。リクって?」


「弟なの!どうしよう!リクに浮きわで待ってていって言ったのにっ!」


どんどん涙があふれてくる女の子を差し置いて、一度海水の中に顔をつける。


はるか下の方で何かが動いているのが見えた。まだ、間に合うっ!


「あそこまで泳いでいけるわね?」


「でも、リクがっ!」


「私が助けるから。だから、泳いでいけるわね?」


早口でまくしたてる。


「うん」


「いいこ」


頭を一度なでてから、思いっきり海の中に沈ませる。海の中はきれいな水色をしていて、下の方へいくほど濃紺の色をしていた。その色と水色の狭間らへんで男の子が必死に手を伸ばしているのが見えた。


そこへ向かうために、いっきに足をばたつかせ、手で水をかきわけてそこまで行く。手を伸ばす男の子に、私も手を伸ばす。


ほほを膨らませ、片手を口に当てて、必死に空気を逃すまいとしている男の子の手を私はつかんだ。


しかし、沈んでいる子を一緒に持ち上げるのは随分とした労働力が必要で、思うように体が浮かんでいかない。


ちらっと男の子を見れば、もうすでに、顔を青ざめさせて限界が近そうだった。私の中の空気もどんどん無くなっていくのを感じる。それに気持ちが焦って、余計に上へと進んでいかない。もどかしいっ。


と、横で、泡が大量に上に登って行った。横にいるリク君を見れば、口で手は覆っているもののもう気を失いそうになっている。


なんとかしなきゃ。


そう思った時、何かのドラマで見た光景が思い出された。私はそれを何も考えずに即座に実行する。


口に当てられている手をどかし、そこに自分の口を押し付け、息を吐き出す。


少し空気が漏れながらも、密着している体で、灰が少し膨らんだのを感じた。


しかし、そこで、今度は、私の視界がかすんできた。息を吐き出しすぎたんだ…。きっと。


男の子の口から息が漏れないように手でふさぎ、上へと目指すが、もう力が入らず、水を蹴ることができない。手は片手はリク君の口に、もう片手はリク君を引き上げるために脇に差し込まれているため、手でもがくこともできない。


あ、もうだめだ…。


そう思った時、上を見たら、海面が揺れる中、太陽の光が淡く入ってきて、それがまるで光のカーテンのように揺れているのを見て、こんな状態なのに、頭の中では、なんてきれいなんだろう、なんて考えていた。


頭の隅で、誰かの姿が映った気がして、思いついた名前を唇に宿して呼んでみた…―――


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