のけものの心境、誰知らず

お昼前、やっと海に顔を出した先輩たちを笑顔で出迎えたんだけど……、


「獄寺君、何で空がクラゲなんかに刺されちゃってんの」


「だから何で俺の所為になってんだよ!」


「空ちゃん、少しは痛み引いた?」


「はい、隼人が直ぐ冷やしてくれたから……」


あたしの前では火花を散らして言い争いになってる南先輩と隼人の姿。喧嘩してるの見てて何だけど、あたしを呼び捨てにしてくれるようになった事に軽く感動を覚えて、幸せを実感していれば、隣に座った波音さんが心配そうに問いかけてきた。


だけど痛みは大分引いたし、隼人の処置が早かったからはれたりもしなかった。だからあんまり彼を責めてはほしくないんだよね。


「南、先輩っ、あの…隼人は悪くないから、もういいです」


「獄寺君を庇おうとしなくていいんだよ?」


「いや庇ってるわけじゃなくて;」


庇うとかそんな事以前に彼は悪くない。あたしは先輩から隼人に視線を移して、ごめんねと目で伝える。だけど、隼人は気を悪くしてしまったのか、視線を外すと直ぐその場から立ち去ってしまった。


「隼人……」


折角、仲が戻ったと思ったのに…。またこんな感じで口きいてもらえなくなっちゃったらどうしよう──。


「っ…空、痛みはちゃんと引いたの?」


「え、あ…はい」


あたしがクラゲなんて持たなきゃこんなことにならなかったのに、あたしが調子に乗って騒いでたから。久し振りに四人で騒げるのが嬉しくて…っ。全部あたしの所為だ。


「……空こっち向いて」


「え?」


「何で泣いてるの、痛い?」


隼人のことで一杯になっていた頭が先輩の存在を思い出して、我に返ったときには頬をしょっぱい水が伝っていた。それが涙だと気がついたのは、先輩がそっと涙を拭ってくれたら。


「先輩っ」


「ん?」


「あたし、皆で仲良くしたいだけなの」


「うん、そうだね」


先輩は隼人と出逢うよりも前からずっとあたしを助けてくれていた。理事長の娘だからって何度も陰口たたかれて、疑われても先輩だけはいつも味方でいてくれた。


そんな先輩の彼女になれて幸せだよ。幸せだけど、隼人とたけちゃんは時がきたら帰っちゃうんだ。先輩とはずっと一緒にいられても、あの二人と過ごせる時間は短い。


だから、こんな風にすれ違ってばかりの毎日送るのはイヤだ。先輩とも仲良くしてほしい。こっちに来てよかったって思えるような思い出だって作ってほしい。


「空は優しいから人のことを優先しすぎるんだ。彼のことは心配しなくても如月が様子を見に行ったから」


「あ、波音さんいつの間に…」


「だからそんな顔してないで、折角海に来たんだから楽しもう」


「うんっ!」


先輩の優しい手がそっとあたしの髪を撫でて、ニコリと微笑んだ彼に複雑に渦巻いていた感情は不思議と薄れた。やっぱりあたし、南先輩が大好きだ。




***

「たーけし!風!夏祭り以来だな?元気にしてたか!」


「おう、お前こそ元気にしてたのかよ」


「勿論、俺が風邪なんかひくわけねーだろ」


俺と風が砂浜で座って話をしていたときに到着したらしい匠は、俺と風の間に割り込んできた。計算かは知んねーけど、苛っときたな今のは。


顔には出さないが、胸は苦しかった。さっき獄寺に話してた事もそうだけど、最近の俺はちょっとおかしい。


「そうね、元気だけが取り柄なんだから。風邪なんて地球がひっくり返ったってひかないわよね」


「一々つっかかんなよな。可愛くない」


「可愛くなくて結構よ」


俺は風とこんな風に言い争いになることはあんまねぇから、たまに空と獄寺見てっと羨ましかったり、今こうやって二人の会話を聞いてるだけの自分が嫌になってきたり、これじゃまるで嫉妬じゃねぇか。


「な?武も思うだろ?」


「何で武に振るのよ!」


「何の話だ?」


そんなことを考えてたから二人の会話は一切、耳に入ってきてなかった。だからいきなり話を振られても意味分かんねーんだよな。はは;


「だからさー、風がちっとも女らしくないだろって話」


「あんたに言われるのだけはムカつく」


「ほらまた、そんな──」


くしやっ────
俺は匠の言葉を遮る様に、前屈みになって距離が近くなっていた風の頭に手を伸ばしてくしゃりと撫でる。こいつはどんな女よりも女らしい女だよな。


「風は女らしいぜ。──素直じゃねぇだけだよな?」


「!っ//こら、髪がくしゃくしゃになるでしょ!」


「はは、そっちも似合ってるぜ?」


そうだ、こいつは誰にでも自分をみせたりしねぇから時々何考えてっか俺でもよく分かんなくなることもあるけど、風は風だ。いつも自分より他人ばっか優先すっから、見てるこっちとしては何かと心配なんだけどな。ほっとけねぇっつかさ。


「そんなことばっか言ってたら武だけ今晩ご飯抜きにするからね!」


「風それだけは勘弁してくれ;」


「クスッ、冗談よ冗談」


こんな風に笑っててくれたらそれで、さっきまであった複雑な気持ちはいつの間にか薄れていってた。


「───」


匠が何を思って俺たちの会話を聞いてたのか、この時の俺はそんな事これっぽっちも考えちゃいなかった。


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あきゅろす。
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