朝起きて見れば、すでにリビングの方ではパンの香ばしい匂いが漂ってきていた。空はまだ寝ているようで、起こさないように静かに部屋を出る。 部屋を出れば、案の定春日が朝食を作っていた。結構早くに起きる俺だが、こいつはいつも俺より先に起きてる気がする。 「あ、おはよう。早いね。いいね、朝に強い人って」 「あ?お前の方が早起きだろうが」 「これでも、朝は弱いのよ?」 苦笑に近い顔でそう返されたけど、にわかに信じがたいな。 でも、それ以上話を続ける気にもならねーし、テレビをつけてソファーに座る。そこで、昨日のことが思い出された。半分脅されるように承諾してしまった、あいつらの用事に付き合うっていう約束を。 でも、俺達は、その用事に付き合うってことしか聞いていねーから、詳細は明かされていない。 「おい、今日の用事って何するんだ」 「お楽しみよ。それより、もうできたから空起こしてきて」 「は?なんで俺が…」 「お願いね。私、武のこと起こしてくるから」 そういって、自分の部屋に入って言ったあいつの後ろ姿に舌うちだけして空を起こしに行く。 「おい、起きろアホ女」 「ん〜、あー、はや、と?」 「起きろ。飯ができたとよ」 「ん〜、おはよう…。……着替える」 のそのそと起き上がった空は這いつくばるようにしてクローゼットに近づく。俺は、起こしたから、とりあえず部屋を出る。 *** 風に起こされて、とりあえず出てもらってから比較的動きやすい服に着替える。起きた時に念押しされたからな。 着替え終わって部屋を出れば、朝食はもう机の上に並べられていて、獄寺がテレビを見ながらソファーに座っていた。空は俺とほぼ同時に部屋から出てきたようで、なぜか制服を着ている。 空は眠そうにあくびをひとつした後、俺に気づいたらしく、おはようと言ってきたので返しておく。 「なあ、空?なんで制服なんてきてんだ?」 「え?だって、学校に行くし?」 「ほら、ちゃっちゃと食べちゃって。もう時間があんまりないんだから。約束の時間に遅れちゃう」 空の言葉に再び疑問を口にしようとしたところで、風が俺達を席に着かせた。それから、タイミングがつかめず、学校がどういうことなのかということをきけなくなっちまった。 「おい、なんでお前は制服着てんだよ」 「だって、学校に行くには制服でしょ?」 「は?」 「空」 「あ、そっか。ここからはシークレットです!」 今日の用事が、学校に行くことなのか? しかし、それ以上風からも空からも聞き出せることはなく、何のために学校に行くのか、なんで俺は動きやすい服で行かなきゃいけないのかはわからずじまいだった。 それからは、風も制服に着替えて、俺達は家を出た。 *** 私たちは学校へと続く坂道を上っていた。朝の太陽はうれしいことに木々に遮られて日陰となって降り注ぎ、涼しい風が通り抜けていく。これで、上り坂じゃなければもっといい。 「暑い…」 「じゃあ、登らせんなよ」 「んなこといったって、行かなきゃいけないし。ね、空」 「そうそう。しっかり仕事を全うしてもらうからね。高校生らしく」 空がそういえば、獄寺と武は顔を見合わせて首をかしげた。私と空も顔を見合わせてクスリと笑う。 なんとかついた学校の中へ入れば、そこは少し懐かしいような感覚にさせる、それでもあまり来たいとは思わなかった風景が広がっていて、普段と違うところと言ったら、生徒の声が聞こえないことだろう。 「2人にとっては2回めだよね。あのとき、よく私たちの場所わかったよね」 「ああ、通りかかった女子に聞いたんだ。しってるか?って。そしたら教えてくれた」 「ケッ、あんときゃ、学校出るまで付いてきやがって…。だいたい、お前が届けに行くなんていわなきゃあんなことにはならなかったんだよ」 「まあまあ、おかげであたしたちは助かったんだし。たけちゃんえらい!」 「ハハハ!それにしても、学校で何するんだ?」 「空が言ったように、高校生の本分を全うしてもらうのよ」 「高校生の本分?」 首をかしげる二人をよそに私たちはどんどん進む。階段を上り、ついた場所は、 「理事長室?」 首をかしげる2人をよそに、私たちは2人に詰め寄る。 「いい?この中に入ったら2人は私の従弟だから。空のじゃなくて、私の従弟だからね?」 「お、おお?」 「は?意味わかんねえよ」 「とにかく、変なこと口走らなくて、私の話に合わせてくれればいい」 私がそういうが速いか、空はドアをノックした。 *** 部屋をノックしてから、返事も待たずにあたしはドアを押して中に入る。 「お父さん。連れてきたよ」 「やあ、風ちゃんは久しぶりだね。後ろの2人は初めまして、だね。私はここの理事長をしている伊集院だ。よろしくね」 理事長室では、机に肘をつき、こちらを見ているお父さんがいた。いつもは、親バカな奴だけど、理事長としては尊敬しなくもない。調子に乗るから絶対に言わないけど。 「では、さっそく教室に移動して始めてもらうよ。ああ、武君の場合は野球もだったね。じゃあ、隼人君から始めようか。風ちゃんは武君をグラウンドへ。あとは監督に任せてある」 「わかりました」 「試験の監督は2人それぞれにやってもらう。午前は隼人君は試験。武君が野球に。午後は隼人君は校内案内でも。武君は試験だ。わかったかね?」 「「はい」」 返事をしたのはあたしと風だけだった。2人を見れば呆然としていて開いた口がふさがらないという状態。 「じゃあ、あとで私も見に行くよ」 「わかった。じゃあ、あとでね。行こう?」 3人を促して理事長室を出る。出る間際に振り向けば、ハートを飛び散らしながら手を振っているお父さんがいた。…見なかったことにしよう。 せっかく、理事長姿はちゃんとしていてすごいな、とか思ったのに、何あれ! 「な、なあ?どういうことだ?試験ってなんの…」 「ちゃんと説明すると、夏休み明けからここに編入してもらうから。そのための試験。隼人は頭いいから勉強で。たけちゃんは野球ができるからそっちで受けてもらうことにしたの。でも、たけちゃんの場合一応普通の試験も受けなきゃいけないんだけどね」 苦笑まじりにそういえば、愕然とした表情の2人。まあ、そうだよね。 「仕事と、関係ねえじゃねえか」 「だから、学生の仕事は勉強することでしょ?そのために試験を受けてもらうのよ」 風が説明する。しかし、それで納得してくれないのが隼人だ。たけちゃんはどっちかというと諦めてるみたいなのかな? 「テメッ!騙しやがったのか!?」 「だましてないもん!言わなかっただけだもん!」 「同じだろ!」 「いいじゃん!だって、いろんな思い出作りたいんだよ!ううぅ…」 手の中に顔をうずめる。髪が重力に従って下にたれて、あたしの顔を隼人から隠してくれた。 「あーあ、獄寺が空のこと泣かしちゃった」 「なっ!お、俺のせいじゃねえだろ!」 「獄寺が、怒るから行けないのよ。ねー?武」 「そうだな。今のは獄寺がわりい」 「うっ…。わ、わるかったよ」 「……試験、うけてくれる?」 「そ、それとこれとはっ―――」 「うぅ〜、風〜」 「よしよし。獄寺はひどいねえ。別に受けるだけなんだからさ。私たちは2人がちゃんと高校生活を楽しめるように配慮しただけなのにね」 「そうだよ〜、はやとのばかあ」 「わ、わかった!わかったから!泣くな…。試験でもなんでもうけっから」 「本当!?」 あたしは、顔を隠していた手をどけて隼人の顔を見た。 「なっ!てめ!泣いてんじゃなかったのか!?」 もちろん嘘泣きです。隼人って優しいけど不器用だから、泣かれると承諾してしまうことが多いと思うんだよねえ。だから、嘘泣き。あたし女優になれるかも!風はわかったみたいで声が少し笑ってたけど。 「男に二言はない!ってことで、さっそくいこう!じゃあ、風とたけちゃんはあとで合流ね!お昼、屋上で食べよう?」 「わかったわ。じゃあ、またあとで」 あたしは、まだふてくされている隼人の手を取って、試験会場となる教室へと半ば引っ張っていく形で進んでいった。後ろを見れば、玄関に向かってたけちゃんと風が何か話し合いながら歩いている。 たぶん、今回のことの説明してるんじゃないかな?あたしもあとでちゃんと隼人に説明した方がいいのかな? ま、それは後で考えよう。とりあえず、最初の関門クリア!!あとは、隼人に頑張ってもらうだけ! |