異常者の背景

「隼人君、空、ご飯できたわよ」

「あ、うん!今行くね」


から元気に、笑顔を返して扉を閉める。
あの写真の一件以来、目に見えて憔悴しきっている空は、どこへ行くにも、びくびくするようになってしまい、傍にいる隼人君も、終始ピリピリとしているような日がここ数日続いている。


試験間近になり、休日に試験勉強しながら和気あいあいとしていたのが、少し前の出来事なのに遠い日のことのようだ。


「風」

「武……」

「お前までそんな顔してたら、俺が心配するだろ」

「もう、何よそれ」


くしゃっと頭を撫でてくれる大きくて暖かい手。この手に何度救われたか分からない。


隼人君と武が何かしら動いてくれているのは知っている。それでも二人がまだ行動を起こせないでいるのは、こっちが仕掛けることで、空に被害がいってしまうのを防ぐ為でもあるのだと、そう理解しているつもりだけど。


「早くまた、皆で笑って過ごしたいわね」

「そうだな」


犯人が分かっているだけに、余計にたちが悪い。匠を通して、南先輩から空を心配する声を聞いたけれど、それもまた頭を悩ませる種の一つにすぎなかった。


何でまた、空なのかと、そう思って、はたとある女の子の言葉を思い出した。


「ねえ、武」

「なんだ?」

「修学旅行のとき、私、ある女の子から忠告されたの」


そこまで言うと、武の纏う空気が少しだけ変わる。


「まだ何かあるかもって、空の事気を付けてあげてって」

「どういう意味だ、それ」


どういう意味かなんて私が知りたい。
武の問いにふるふると首を横に振れば、考えるように一瞬視線を外した武が再び口を開いた。


「その女って、神童の彼女の事か?」

「え、ええ。あの修学旅行の時に」

「……なあ、他には何か言ってたか?」

「ううん。なんかあまり言えないみたいで……。あの人は本当は優しいし、こんなことする人じゃないとかなんとか言っててそれ以上は神様が来たから聞けなかったけど」

「なるほどな……。わかった。この件はちょっと俺も動いてみるから。またなんかあったら教えてくれよ」

「ええ」

「風も、なるべく一人にはなるなよ」

「大丈夫。今はなるべく空から離れないようにしなきゃ」


武は慰めるように私の頭をポンポンと叩いた。












***

頭がぼーっとする。
お昼休み前の体育の授業なんて怠いだけだ。


ただでさえ最近よく眠れない。
夜中に何度も起きてしまうあたしに付き合って、何度も起こされているのに、隼人は嫌な顔一つしないで、あたしに付き合ってくれていた。


でも、やっぱり大分メンタル的にも、体力的にも限界が来ていて、ちょっとふらふらする足取りで体育の授業も見学する、と着替えもしないで風と二人更衣室から出る。


「風、あたしちょっとトイレ」

「一緒に行くわ」

「あ、うん」


一人になるな、という隼人の言葉をちゃんと守っているのはあたしだけではなくて、風も隼人やたけちゃんが傍にいないときは、決して私の傍を離れようとしなかった。


隼人とたけちゃんが待つ玄関口まで行く前に、更衣室前にあるトイレに立ち寄る。

そうしないで、二人の元に真っ直ぐに向かえばよかったと、この時の選択をあたしはこの先後悔することになるなんて思いもしていなかった。


「ちゃんと近くにいるから、行っておいで」

「うん」


一瞬。
風に優しく背中を押されて、トイレに入ろうとした瞬間だった。


後ろから鈍い音が響いたかと思って振り返れば、自分の腕の中に倒れてくる何か。


咄嗟に抱き留めて、そのまま支えきれずにしりもちをついたあたしは、腕の中にいるのが誰なのか分かって、ハッと我に返った。


「風!」

「しーっ。大声を上げないでね、空ちゃん」

「ひっ」


気を失っているらしい風を揺り動かしていたあたしの手は誰かによって止められて、その手から伝わる冷たさと、悪寒で瞬時に誰かを悟ったあたしは、小さな悲鳴をもらす。


「ねえ、一緒に来てくれるよね?」

「風が……っ」

「ん?彼女をどうしてほしいって?」

「っ!」


駄目だ。
ダメ。ぎゅっと風を抱きしめる。

何をされるか分からない。いう事聞かないと、あたしじゃなくて、風が。


「風には、何もしないで……っお願い…っ」

「うん、分かったよ。そんな怯えた顔しないで」


そっと頬を撫でる手に吐き気がする。つーと伝う涙を拭う指先がとても冷たかった。


隼人――。
たすけて……っ。


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