三人しかいない生徒会室の中、波音さんは淡々と説明を続けていく。 「でもそれを察知した未来の綱吉くんが二人を一時的に保護することを決めた。そこで10年バズーカーの出番だったのだけど……。故障したみたいで彼らは未来へ来るどころか異世界へ来てしまった」 ランボが持つ10年バズーカーが故障するという描写は何度かあった気がするが、異世界へ飛ぶようなことがあるのだろうか。そう思ったけれど、漫画の世界だからなんでもありだと言えばなんでもありなのかもしれない。 「そしてそれを敵のファミリーも知ってしまったの。だから私が派遣されたわ」 「隼人たちは波音さんのこと知らないですよね。どうしてそれを隼人たちにすぐに教えてくれなかったんですか?波音さんは同じボンゴレなんだから隼人たちのこと知ってるんですよね?」 「もちろん知ってるわ。でも、こればかりはボンゴレのボス、つまり沢田綱吉からの指示としか言えないの」 「でもっ」 「あちらへ戻るにはタイミングを図らなければならなかった。月の満ち欠け、星の巡り。様々な要因が絡み合った時に初めて異世界へ渡れるとわかっているの」 波音さんはボンゴレのエンブレムが入った懐中時計をそっと撫でた。 「次のタイミングまでは期間が空いていた。その期間、彼らにはマフィアとは関係ない生活を送れるようにと、考えたのかもしれないわ。私の想像だけど、これはボスの優しさだと思うの。だって沢田綱吉が二人に悪いようにするはずがないわ」 「でもっ、帰れるかどうか不安に思ってました。あたし達だって、いつか帰っちゃうかもしれないとか、いろいろ考えて、それでっ」 空が言葉を詰まらせる。 武も隼人くんも私たちの前で不安を溢したことはない。訳もわからず異世界へきて、頼れる人も仲間もいない生活がどれほど心細かったか。 「あなた達にはこちら側の都合で本当に苦労をかけてしまったと思ってるわ。家に突然知らない男達が来て、一緒に住んでくれた。学校にだって通わせてくれて、彼らに普通の日常を遅らせてくれた。とても感謝しているわ」 「むちゃくちゃ、ですよ。こんなの」 「ええそうね。それで最初の質問だけれど、私は二人に接触を禁じられていた。だから、間接的に南くんや坂下くんに話を聞いていた。でも、私が二人に危害を加える理由はないわ。獄寺くん山本くんを預かってもらってるんだもの。そうでしょう」 「………たし、かに」 じゃあ、坂下先輩が言ったのは妄言だったのだろうか。 「それで、本題だけれど」 話題を切り替えるように波音さんが居住まいを正した。 「クリスマスに次の周期がくる。その時に二人を返すことになったわ」 「クリスマス……。もうあとちょっとじゃん……」 「それであの二人を返すには、ある時間に私の元へ連れてきて欲しいの」 「私達がですか?」 「あなた達と付き合っている彼らが素直に帰るとも思えないわ」 「私達に武達を騙せって言ってるんですか?」 「彼らはボンゴレに必要な存在よ。わかるでしょう?」 ボンゴレ10代目である沢田綱吉のファミリーであり幹部に相当する獄寺と山本。獄寺に至っては自称ではあるものの右腕だ。中学校の頃から仲間であるあの二人が、ボンゴレにとって重要な位置を占めていないわけがない。 帰ることはわかっていた。 「でも……。素直に話したらついてきてくれると思います」 「あなた達が私を怪しいと思ったように、彼らも私を怪しいと思っていると思うわ。そんな人間を信じてほいほいついてくると思う?でも、これを逃したら次はいつになるかわからない。お願いよ。彼らはあなた達を信頼している。あなた達にしか頼めないことなの」 そうやって頼み込む波音さんは真摯だった。嘘をついているようには見えない。それに、武たちが帰るのは最初からわかっていたことだ。 最初はすごく戸惑ったというのに、いつのまにかそばにいるのが当たり前になっていた。 「波音さんのこと、信じていいんですよね」 「ええ。ボンゴレのエンムレムに賭けて誓うわ」 空と顔を見合わせる。二人で決めた覚悟は、きっといつも頭の隅にあったのだ。彼らと出会った時、いろんな思い出を作った時、付き合うことを決めた時。 彼らの居場所はこの世界にはない。 「なんとかして、必ず連れて行きます」 「ありがとう。場所は当日わかるわ。当日知らせに行くから」 「わかりました」 頷いた私たちは、静かに教科準備室を後にした。 *** 夕暮れ時、風と二人学校を後にして黙って家までの道のりを行く。 さっき聞いた話がずっと、頭の中で無限ループみたいに回ってて、ああ、もう、あの二人との奇妙な同居生活も終わるのかと思うと、胸が苦しくて、ちょっと気を緩めたら、泣いてしまいそうだった。 「空」 「!……なあに?」 「これからどうしようか」 これから――。 家に帰れば、否が応でもあの二人と顔を合わせることになる。帰らなければそれで、きっとあの二人は心配して、あたしたちを捜しに来るんだろう。 どこへ行くとは伝えずに、風と二人でかけてくことなんて、数えるほどしかなかった。 二人と付き合いだしてからなんて、ほんとに、全然そんなことはなくて。 出がけに少し緊張で強張っていたあたしたちの空気に気づいたのかそうでないのか、二人は、送っていくと、珍しくそんなことを言って、玄関まで出てきていた。 それを押し切って飛び出してきた手前、今、こんな感じで二人で戻れば、質問の嵐が飛ぶのは目に見えていて。 「いつも通りって、むつかしいよね」 「そうね」 帰る日がもうすぐそこまで迫っていた。もう、本当に数えるくらいしか一緒にいられないんだと突き付けられた。 「波音さんに、協力してって言われた時さ」 「うん」 「嫌だって、思わず叫び出しちゃいそうになった」 「……ええ、私も」 でも二人ともそうしなかったのは、分かっていたから。隼人たちには、ボンゴレでやらなければならないことがあって、今あたしたちとここで過ごしている日常は、彼らにしてみれば、それこそ非日常だという事。 口にはしないけど、彼らは、帰ることをちゃんと頭において行動している。 一度だって、帰らないとは言わなかったんだ。 ほろり、と頬を伝い落ちる涙。 ここにきて、ようやく涙が出たんだと、思わず笑ってしまう。 「空……」 「ごめん、泣くのは、なしだよね」 「そうね、帰るまでにはひっこめて」 「!……風もね」 「分かってるわよ」 ごしごしと服の袖で涙を拭って、ぱしっと両頬を叩く。その音に驚いたらしい風が、何事かとこちらを見るので、笑顔を返す。 「やり残したこと、ちゃんとやろう」 「え……?」 「クリスマスまでに、いっぱい想い出つくろ」 この気持ちにさよならするために、最後は泣きじゃくって、嫌だと駄々をこねるのではなくて、たくさん笑って、たくさん甘えて、たくさん、大好きだと伝える。 あたしたちに引き留める選択肢はない。 だったら、もうやることは一つだ。 「私、明日、お父さんのところへ行ってくるわ」 「お父さんって、お墓参りのほう……?」 風がまだ小さい時に他界してしまった優しかった風のお父さん。お盆に墓参りに行っていたのは知っていたけど、このタイミングでいくということは。 「たけちゃんとだね」 「ええ」 「ちゃんと紹介しなきゃだもんね」 「そうしてくるわ」 そうだね。 もう、最後なんだから。あたしも本当は、両親に嘘つきとおしたまま、隼人の存在を隠したままにしておくのは、嫌だな。 かといって、挨拶するのも変なんだけどね。隼人とか、啖呵切って、お父さんと喧嘩しちゃいそうだし。 その構図が容易に想像できて、一人笑う。 「隼人君は難しいかもしれないけど、一度きちんと会わせてあげたら?」 「そうだね、考えてみる」 空をオレンジに染めていた夕日が沈んでいく。徐々に藍色に色を変えていく空を見上げていれば、ふいにこちらに近づいてくる足音が聞こえた。 「ほんと、心配性ね」 「いえてる」 走ってくる二人の姿をみとめて、二人で笑いあうと、止めていた歩みをすすめて、足を止めた二人の元まで真っ直ぐ歩いていった。 最後までの残された時間を無駄にしないと、必ず二人をあるべき場所にかえしてあげることを固く胸に誓って。 |