川下りと銀細工




「お前たち!今から川を下るぞ!」


いつもの数倍いきいきしている先生の顔を見て、きっと、このイベントはこの先生が企画したんだと誰もが思った。


北海道につき、まずやってきたのは山の中。目の前にはトタン屋根のついた小屋と数台の軽トラック。


台風がきたら、簡単に壊れてしまいそうな建物には少し掠れた字でラフティングと書かれている。バスから降りた私たちを迎えてくれたのは、日に焼けた肌の、長そでTシャツの上からでもわかるたくましい体をもったお兄さんだった。


中で説明を受け、ウエットスーツを着込み救命胴衣をつけ、いざ川へ。


まだ10月で本来なら夏の暑さが残っているのだが、さすが北海道というべきかここが山の中だからなのか、肌が出ている顔を冷たい風が撫でていく。


グループは明日行われる班行動の班を2つ適当に組み合わせたものだった。そのため、私含めたいつもの4人以外は顔もうろ覚えな男子が一緒だった。つまり、女子は私と空だけとなる。


インストラクターとしてついたお兄さんは最初に出迎えてくれた人同様に色黒でスキンヘッドの強面だった。でも喋りは、さすがベテランといった感じで、出だしから男子たちの心をうまくつかみ盛り上げていた。


オールの漕ぎかたや、川に落ちたときの対処法を冗談を交えながら説明するお兄さんを尻目に、オールを握りながらゆっくり流れる川を覗きこむ。さすがに魚は見当たらないが、水は澄んでいて底が見えた。


「なんか居たか?」


「ううん。でも落ちたくはないわね。寒そう」


実際、川を下り始めてからのほうが数段気温がさがっている。


「さあ、皆前を見てみましょう!あそこに急な下りがあるのがわかるかな?あそこに差し掛かったら合図をするので、そしたらオールをあげて中にいれるんだ。いいね?」


すぐ近くにいたボートが先に川の向こへと消えていった。ゴーゴーという水が打ち付けられる音が響き、いまでは声を張り上げないと聞こえなくなっている。


まるでジェットコースターのようだった。差し掛かったと思ったら、前に傾き水と共に体が浮かび上がる。跳ねる水が顔に打ち付けられる。一瞬だった。後ろに座る空から短い悲鳴が上がったと思ったときには轟音に何もかも飲み込まれていた。


それからも大小はあれどいくつかの下りを体験し、すっかり慣れた頃にはもう終わりに近づいていた。


「誰か川に入ってみたい人はいるか?いまなら、落としても大丈夫だぞー」


川幅の広い緩やかな流れに差し掛かったとき、お兄さんがいった。その言葉が合図だったように、違うボートで男子の静止の声が上がったと思ったらドボンと水に落ちる音と、笑い声があがる。


それを見て、斜め前のに座っていた男子がニヤリと笑うと、私の前の男子に襲いかかり始めた。その反動で私のほうに倒れてくる男子二人の避けようとする暇もないまま道ずれにされ川へと落ちた。


冷たい水が体を覆う。救命胴衣が浮き上がるに合わせて私の体も水面へと持ち上がる。


ひやっとしたのが背筋を伝ったのは、川の冷たさのせいだけではない。


川では見えるはずのない青い光が脳裏を過った。息ができない苦しさが思い出され、体が強ばった。


「風!!」


その聞きなれた声に引き戻された時には、ボートの上で今にも飛び出さんばかりの武と、彼の救命胴衣を持って押さえつけている隼人君が見えた。


私と一緒に落ちたのは、襲いかかられた男子だけだったらしい。彼はすでに友人によってボートの上に上がるところだった。


冷たい水に手が悴んでくる。ボートが近づくまでの間、周りを見回すと、薄暗い森が口を開けていた。


「ごめん!大丈夫?」


私と同じように髪を濡らした男子が手を差しのべてくる。


「うん。大丈夫よ」


差し出された手をとり、ボートに手をかける。気にしないでと伝わるように笑って見せる。寒いけれど、慣れれば水の中のほうが温かいかもしれない。


隼人君や武にも引っ張りあげてもらったあとに吹いた風を受けて、そう思った。すごく寒い。


そのあとは特に問題なくラフティングを終えた。


「風大丈夫か?」


「大丈夫よ。ちょっと寒いけど」


悴んだ手を擦りながら武に告げると、その手を彼の大きな手が包み込んだ。もともと私より高い体温なのだが、今は熱いぐらいに感じられた。武は、冷てえなと苦笑しながら、更にぎゅっ握ってくれる。


武の体温が馴染んできたころ、先ほど一緒に落ちた男子が近づいてきた。


「あのっ!大丈夫、だった?」


目をせわしなく泳がせながら、うかがうよう聞いてくる彼。


「大丈夫よ。そっちも、大丈夫だった?」


「俺は…、別に…。巻き込んで本当にごめん…」


罰が悪そうに頭をかく彼に、気にしなくていいから、とだけ告げて少し先で待っていた空たちのもとへ武と向かう。


ふっと、視線を感じて目線を上げると、武が何か言いたげにこちらを見ていた。


「?どうしたの?」


「…んー…、まっ、なんでもねえよ」


私の顔を一通り眺めた後、何かを自己完結したらしい武は私の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。


水に濡れているせいで、髪があられもない方に向いているのを感じて彼を怒ると、いつものようにからりと笑い飛ばされる。


「風ーっ、見てたよ」


「何よ。にやにやして」


「今の人、風にヒトメボレっぽくない?」


「そんなラブコメみたいなこと起こるわけないでしょ」


腕に絡みついてきた空を押し退けながら呆れた視線を向ける。


「風は優しいからなー。たけちゃんは気が気じゃないね」


「だから、そんなんじゃないわよ。巻き込んだから謝りに来てくれただけでしょ」


「モテる女はつらいね!」


こちらの主張は聞く気がないらしい空を隼人君に押し付けて私はさっさと着替えに行くことにした。










次は銀細工体験らしい。


一日目はこのラフティングとこの銀細工体験の二つのワークショップが行われる。結構ハードスケジュールだと思うのはあたしだけ?


隣で説明を聞く隼人はいつもの気だるげでやる気のない態度とは違って、目が真剣だった。さすがシルバーアクセサリーを常に身に着けているだけあるってことかな。


かくいうあたしも、ラフティングとかよりこっちのほうが好きだったりする。


銀粘土という、みかけは紙粘土のものを使って好きにデザインしていく。型などもあって、不器用な人でもやりやすいようになっていた。


すでに出来上がったものを見せてもらうと、リングやペンドントにもなるし、すごくかわいいものが多かった。


一通り説明が終わると、道具一式を手渡されて、粘土細工が始まる。


「なんか、こうしてると、幼いころに返ったみたいじゃない?」


「本当ね。粘土なんていつ以来かしら」


「隼人は?子供のころも粘土で遊んだりした?」


「うっせえ、今集中してんだから話しかけんな!」


スカルの型があったらしく、それで丁寧に型をとっている隼人。その指先は小刻みに震え、いつも以上に眉間にしわがよっている。


「そういえば、隼人君って美術苦手じゃなかったっけ」


「あ、そういえば美術の宿題で、すごい…、独創的なものつくってたよね」


あえて、下手とはいわなかったけど、あれは…、ないと思う。


「そういう意味では、武もこういうの苦手そうよね」


風が隣に座るたけちゃんに目を向けると、そうだなといってにこやかに肯定していた。


その手元にはすでに、意味のわからないものができあがっている。あれが、最終的にどうなるのかまったく想像できないけれど、本人が楽しそうだからいっか。


「でも、隼人って、確か爆弾はつくってるんでしょう?」


「爆弾じゃねえよ。ダイナマイトだ」


「一緒じゃん」


「全然チゲえよ!この違いがわかんねえのか!?」


「フォルムの違い?」


丸と円柱、みたいな。ちなみに、爆弾のイメージは、よくアニメとかでも手で持って投げられる黒く丸い球体だ。


「そんなんじゃねえよ!ダイナマイトはな、爆弾とは違って」


「あー、はいはい。説明はいいから、時間なくなっちゃうよ」


「てめえから聞いてきたんだろうが!」


耳元で怒鳴る隼人から少し遠ざかりつつ、あたしも手元を進めていく。


今回はリングとペンダントトップの大まかに二種類が作れる。


あたしはペンダントにした。トップを選べるんだけど、スカルもあれば動物型もあったり、星やよくわからないものまである。その中であたしは二つ連なっているはーと型にすることにした。


途中で模様も入れられるみたいで、オリジナリティもだせるらしい。


それからは集中して作業を進めていたから、気づいた時には始めてから30分も立っていてびっくりした。


まわりにはもう形が決まって次の工程に入っている人がたくさんにいる。


「空、できたの?」


「うん、できたよ。隼人は…、まだみたいだね」


隣で真剣に取り組んでいる隼人を見て苦笑する。おそらくあたしたちの言葉も耳には入っていないだろう。この状態の隼人に気づいてもらえるのはきっとツナぐらいだ。


普段の授業もこれぐらいの集中力をみせれば、先生も喜ぶだろうに。


まあ、何もしなくてもテストではほぼ満点を取っているんだから問題ないんだけどね。


少ししてようやく隼人も顔を上げた。その顔はすがすがしいまでの達成感に包まれている。


「隼人、できた?」


「ああ!出来上がりが楽しみだぜ」


本当にこういうのが好きなんだなあってほど、キラキラ目を輝かせて、まだ白い粘土を見つめる隼人。


乾燥に30分ほどかかるらしく、その間手についた粘土を落としたり、休憩で出されたお茶とお菓子を食べながら談笑する。


「隼人って、美術はだめだけどスカルとか作るのはうまいんだね」



ごついシルバーアクセサリがはまっている彼の指に目を落とす。今はつけられていないボンゴレリングは常に首に賭けられていることは知っている。それは、たけちゃんも同じ。


肌身離さずつけているのは、あっちの世界に絶対に帰るという覚悟の表れなのか、それともただ単に武器になるものがないと落ち着かないというだけなのか。


何にしても、あたしたちの世界で、その指輪がはめられたところは見たことがない。また、覚悟の炎も。


「?なんだよ」


「ううん、なんでもない」


「はあ?」
 

「はやく、出来上がるといいね!」


「?」


それから、なんだかんだで焼きあがったものを見て隼人は、この修学旅行で一番の思い出になったんじゃないかと思うほど、なんどもスカルを見ては顔をにやけさせていた。


思い出になってよかったのかな、と思う。


あたしのもうまくいったしね!


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