かわったものとかわらないもの

少し狭いシートにおとなしく座り、アナウンスにしたがって腰にシートベルトをつける。アナウンスの女性は淡々と離陸時の注意点などを述べている中、隣に座る親友に目をやった。


いつも冷静で、ポーカーフェイスが最近になってさらに板についてきたように思う風は、珍しいことに顔をこわばらせている。


彼女の手は白くなるほどきつく握られ、せわしなく視線を泳がせている。


周りの生徒は、これから向かう地のことへ思いを馳せては、テンションを高めて笑い合っている。騒がしい機内に少しため息をつく。


あたしたちは今、修学旅行のために北海道へ向かう飛行機の中にいる。


風が誘拐されたあの日、たけちゃんと風はまるで誘拐事件などなかったかのように仲睦まじく手をつないで帰ってきた。


それを見てすぐにわかった。


やっとこの二人もくっついたんだって。


本当にじれったかった。


傍から見ていれば、二人は明らかに思い合っているのに、なかなかくっつくないんだもん。それに楓ちゃんからも聞いたけどお母さんのこともとりあえずひと区切りはつけられたみたい。


「風、大丈夫?」


「……うん…」


強張った顔のままうなずかれても、と思いつつ苦笑する。


風は飛行機が初めてらしく、さっきから緊張しっぱなしだ。


運の悪いことに隼人とたけちゃんは席が離れてしまったから傍にはいない。もしたけちゃんがそばにいたなら、風ももうちょっと気が紛れたんだろうけど。


出発の合図に沸き立つ周り。きっと、一般のお客さんはうんざりしていることだろう。


空気を鳴らす甲高い音を立てながら動き出した大きな機体。深く腰掛け、少し先にあるモニターによって移される滑走路を見た。


やがて飛び立った機体とともにくる浮遊感に、周りが小さく悲鳴を上げる中、隣の風はぎゅっと唇をかみしめて耐えていた。


風とは小学校からずっと一緒だけど、こうやって弱みを見せるのは少なかった。最近は風のいろいろな表情を見る。


それらすべてがたけちゃんがらみなのが、少し悔しい。


たけちゃんにとられたみたいで寂しいけれど、風が嬉しそうだしいいかな、とも思う。まあ、泣かせるようなことがあったらいろいろしてやろうとは思ってるけどね。


ようやく安定してきた機体に、風が小さく息をついた。


それにあわせて、あたしも深く背中をシートにつけて肩の力を抜く。


「窓際じゃないのが残念」


ようやくシートベルト装着のランプが消え、機内にCAの人たちがカートを押しながら回り始めたころ、風がぽつりとつぶやいた。


「あとで見に行ってみれば?」


「うーん、この人ごみの中をいくのはね」


少し体を浮かせて機内を見渡した風は苦笑した。


見渡す限り、同じ学校の生徒たちだ。思い思いに立ち上がったり、近くの席の友人と話したりしている。たしかに、この中で立ち上がって窓際に行くのは面倒かもしれない。


そう思っていると、見知った顔がきょろきょろとあたりを見渡しているのが目に入った。そして目があった。


「よ!こんなとこにいたのな」


「武?どうしたの?」


「離れちまったし、どこ行ったのか探してたんだ」


「ふーん」


「なあ、空」


「何?」


「場所かわんねえか?俺の隣獄寺なんだ」


ちらっとたけちゃんは風を見ながら言う。


隣が隼人だからじゃなくて、あたしの隣が風だから変わりたいんだと思う。


まあ、当たり前か。


あたしも人のこと言えないけど、風たちは付き合いたてだし、一番楽しい時だよねきっと。


「うん、いいよ」


まだ外していなかったシートベルトを外しながら答える。



たけちゃんに席の場所を聞いて、交代する。


隼人のもとへ向かいながら振り返ると、さっきまで強張っていた風の顔が普通に戻っていた。その横でたけちゃんがいつものように笑っている。


……やっぱり悔しいかも。


隼人のところへいくと、イヤホンをつけ、難しい顔をしながら腕を組んで目をつむっている。完全に自分の世界に入ろうとしていた。


「隼人―!たけちゃんに風とられた―っ!」


隼人に抱きつきながらいってみたら突然のことにびっくりしたらしい隼人が目を大きく見開いていた。


「ああ!?」


「たけちゃんに風とられちゃった!取り返して!」


「何バカなこと言ってんだ」


「だってー」


ぶすっとした顔を向けたら隼人に笑われた。


それがバカにした笑い方じゃなくて、しかたねえなって感じの笑い方。


「こっちにいりゃいいだろうが」


「もちろん、ここにいるけどさ」


「俺がいんだからいいだろ」


ぼそっとつぶやいた隼人に驚いて、彼の方を見る。


彼はそっぽを向いて頬杖をついていた。でも銀色の髪からのぞく耳は真っ赤になっていて、その熱が移ってきたかのようにあたしまで顔がほてってくる。


「隼人、もいっかい」


「もう言わねえ」


「えーっ、もう一回」


「言わねえっつってんだろ!いいから黙って座ってろ!」


しつこく隼人の腕をひっぱっていると、我慢の限界が来たのかやっとこっちを向いた。


怒鳴っているけどその顔は真っ赤で全然怖くない。


「へへっ、」


「んだよ。にやけてんじゃねえぞ」


「しょうがないから、ここにいてあげる」


まあ、あれだ。


お互いさまってやつなのかな?


あたしも風も。





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あきゅろす。
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