隼人といつものように登校して、席に着いた途端普段はあまりしゃべらないような子たちに席をかこまれた8時5分。 目の前に鬼のような形相で迫る子たちに顔を引きつらせる。 「ちょっと!伊集院さん!聞きたいことがあるんだけど」 用事があったらしゃべるし、っていうぐらいの関係であるはずの彼女が、あたしの机に片手をバンと叩きつけ顔をずいっと近づけてくる。 「な、何…?」 「春日さんと山本君が付き合い始めたって本当なの!?」 「え!もう噂がまわっ……」 やばっ、と口を押えるも時すでに遅し。 あたしを取り囲む女子たちの目がきらりと光ったのを見た。周りの温度が2,3度下がるのを肌で感じる。 これはやばい。本当にやばい。 時計を見ると、野球部の朝練はそろそろ終わりを告げるころ。あと10分もしないうちに、着替えを済ませた風たちが教室へとやってくるだろう。 「っと、えっとー、そのー」 「本当なのね!?」 「いや、あのね」 「いとこじゃなかったの!?」 「いや、それはその…」 「どういうことよ!」 これは、どうしよう。というか、なんでもう噂がまわっちゃってるの!? 隼人に目で助けをもとめると、ふかーいため息をつきながら立ち上がった。 女子たちの後ろに立った隼人が一言重い言葉を投げる。 「空は、関係ねぇだろ」 「え…、ご、獄寺君」 かなり興奮していた女子たちのキンキン声の中に、低い隼人のうなり声が響き、彼女たちが固まる。 「聞きてえことあんなら、野球バカに聞きゃーいいだろーが」 ちょ、それ意味ないから! 彼女たちが、たけちゃんのところに行ったら確実にあたしが口を滑らせたってばれちゃう! 更に顔を引きつらせると、それを知ってか知らずか、隼人は私の腕を引っ張ると、立ち上がらせてそのまま教室を出た。 後ろをちらっと見ると、私の席を囲んでいた女の子たちが若干顔色を悪くしてこちらを茫然と見送っていた。 「は、隼人…」 「ほっとけ」 「で、でもさ」 「野球バカにでも対処させとけ」 いや、それは火に油を注ぐか何も変わらないままになると思う。 思わず隼人に呆れた目を向けると、ようやく立ち止まった隼人がもう一度深いため息を吐いた。 「首突っ込みすぎんな。お前が攻められんのは、俺が見てて鬱陶しいんだよ。わかったか」 「う、うん…」 「次、突っかかられても、取り合うんじゃねぇぞ」 「わ、わかってるんだけど…。でも、噂回るの早いね」 「良くも悪くも、あの阿呆は目立つんだよ。クソ女どもは、腐るほどいるんだからな」 腐るほどもいないとは思うけど、まあ、確かに、たけちゃん目立つからな。どこかで、視られている可能性は高そうだ。 あの二人、仲良く手をつないで帰ってきたぐらいだし。 それにしても、本当にびっくりした。 さっきのこともそうだけど、あの二人が、というより風が付き合うことに承諾したことがびっくりした。風はどっちかっていうと先を見据えて別れるぐらいなら付き合わない方がいいという考え方を持っていた。 それはたぶんお母さんのこととかあったからだろうけれど、あまり恋愛に対して積極的じゃないみたいだったし。 しかも、自覚あるかどうかはわからなかったけれど、相手は漫画の中の人だ。絶対にいつかあたしたちの前から姿を消す人だ。だから、きっとあの二人は平行線をたどるか、たけちゃんが我慢しきれずに風を襲うかのどちらかだと思ってた。 それを隼人に告げると、いくらなんでも襲わねえだろと呆れられたけど、たけちゃんって自分の欲には忠実そうっていうか、考える前に行動するタイプだし、衝動的に風に迫りそうだなって思う。 何があったのかは知らないけど、とにかくあの二人がくっついてよかったと思う。ただ、こんなにも早く学校でばれるとは思わなかったけど。またいじめられないといいんだけど…。 ふいに大きな手が頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。それにびっくりして顔を上げると、隼人が仏頂面であたしの頭を撫でている。 「あいつらなら心配ねえよ」 「…うん」 「だいたい、自分らで蒔いた種だろ」 「いや、風は隠すつもりだったと思うけどね」 「それこそ無理だな。あのバカが素直に隠せるとは思えねえ」 「そうだけど…。風、また大変になるね」 フンッと鼻で笑う隼人は再びあたしの手を握ると、歩き始めた。どこに向かってるのか聞くと、自販機と短い答えが返ってくる。ならば、ココアでもおごってもらおう。 あたしはケータイを取り出して、風に付き合ったって噂が回ってるよとだけメールで送ってあげることにした。 メールを見て頭を抱えため息を吐くであろう風に心の中で合掌した。 |