風はどこまでも爽やかに吹き抜ける

マンションから出ると本当に武がいた。いつからいたのかは知らないが電柱に寄りかかっている彼の姿を見ると、すっと肩から力が抜けた。


「武」


呼びかけると空を見上げていた武が私を見た。目があうと武がいつものように笑いかけてくれる。


「風、おかえり」


「うん、ただいま」


胸から湧き上がってくるものがなんなのか、ただただ目の奥が熱くなって私は彼に抱きついた。彼はそっと私を抱きしめしばらく頭を撫でてくれた。


「なんか嫌なこととか言われたのか?」


「ううん。でも、もうちょっとだけ、このままでいさせて」


「おう。いくらでもいいぜ」


武に抱きしめられるととても安心する。不思議なことにぐちゃぐちゃだった心の中が少しずつ整理されていくようで、ゆっくりと心を落ち着けることができた。


それからしばらくしてようやく身を離した私たちは、手を繋いだまま歩き出した。帰る道すがら、学校帰りに攫われてからのことを武に話した。


武は静かに聞いてくれた。


本来ならば彼はここにいない存在だ。でも彼はここにいて私の話を聞いてくれている。武がここにいなかったら、私はこんなにも落ち着いた気持ちで今回の出来事を終えられていなかっただろう。


「ありがとう。武がいてくれてよかったわ。じゃないと、たぶんもっと拗れていたと思う」


見上げた武はどこか泣きそうな顔に見えた。


「俺、風が出てくるまでいろいろ考えてたんだ。なんでこの世界に来たんだろうとか、そういうのは難しくてわかんねえし、ボンゴレのこととか親父とかツナとかいるからやっぱりあっちには帰んなきゃいけねえんだと思う。でも、風も大切なんだ。風が悩んだり泣いたりしたときはそばにいてやりたいって思うし、笑わせてやりたいとか守ってやりたいとか、風が頼ったりするのは俺がいいって思う。俺だけがいい」


立ち止まった武と向かい合う。繋がれた手が強く握られた。


「風のこと誰にも取られたくねえんだ。いつか帰ることになるし、もしかしたらそれが突然ババッってなっていなくなるのかもしんねえけど」


こちらを見下ろす武の目はどこまでもまっすぐで澄んでいて、とても綺麗だった。


「風、好きだ。曖昧なままなんて無理だ。風の全部俺のものにしたい」


こんな時に、別れ際に楓が言った逃したらもったいないよという言葉を思い出して思わず苦笑した。


「武もいつか私を置いていっちゃうんでしょう」


「風……」


「酷い人」


「悪いな。でも、匠にも他のやつらにも渡せねえよ」


引っ張られたかと思えば彼の腕の中に包まれる。


「付き合おうぜ」


付き合って、でもなく付き合おうぜ。


こちらの返事など不要だというように言い切った武に思わず笑みがこぼれた。


「ふふっ、仕方ないわね」


「好きなんだ。風」


「私も好きよ。武」


自然と返した返事は、今まで言うことのできなかった言葉。


だからこそするりと出てきたその言葉に少しこそばゆくなりながら、私たちはお互いに顔を見合わせて笑った後、帰路へとついた。


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