湧き上がってくる怒りにを必死に抑える。迎え入れた春日が俺を見て目を見開く。それを素通りして中へと入った。 今はあいつらに説明してやる余裕もねえ。 しがみついている空は離れる気配を見せにない。俺の腕にかかえられているこいつは、こんなにも小さくて弱い存在だったかと知らしめられた気分だった。 タクシーで帰ってきた俺たち。嗚咽を押し殺し、静かに泣くこいつはいまだに体が小刻みに震えている。それが治まるようにと、いくら抱く手に力を込めても意味のないこと。 俺が守るって決めていたのに、このざまだ。 タクシーの中でどれだけ自分を責めたかしれねえ。それでも収まらねえ。女ひとり守れねえ自分に反吐が出る。 後ろで山本があいつの名前を呼んだのを最後に俺は部屋へと入った。 「空」 ベッドサイドに下ろそうとするが、嫌がるように俺の首に回す腕に力を込める。それに小さくため息をついて、こいつを抱きかかえたままベッドサイドに腰を下ろした。 子供のようにしがみつくこいつの背中をなでてやる。 慣れた部屋に入ったからか、さっきまでより幾分か落ち着いたらしい空。顔をうずめていた肩は冷たく濡れていた。 「空……」 髪を指で好きながらなでてやる。もう、大丈夫だから。安心しろと伝えようと口を開いたとき、まるでそれをわざと遮ろうとしたかのように携帯電話が鳴動した。 しかも、その着信音は今一番聞きたくないものだった。 空が俺の腕の中で肩をはねさせる。さっきまで小刻みに震えていた体すらも固まらせ、まるで息をひそめるように動かなくなった空。こんな状態のこいつに、いや、こんな状態じゃなくてもあんな奴と話なんてさせたくねえ。 俺はこいつの携帯電話を取り出す。ディスプレイには忌々しい奴の名前。鳴り止ませるために折ってしまいたい衝動を抑え、俺は電話を取った。 『空!よかった電話に出て―――…』 最後まで言わせるつもりも、聞くつもりもねえ俺は、低い声で言葉を遮る。 「おい…」 『…ごくで、ら…君?なんで君が…』 「それはこっちのセリフだ。どの面下げて電話してきてんだよ」 『空は?いないの?』 空を一瞥したあと、電話に戻る。 「用件なら俺が聞く」 『空を出して』 「あんなことしたお前と話させるわけねえだろうが」 『いいから代われよ!』 怒鳴り声が漏れ聞こえたのか、空の肩がはねる。安心しろと伝えるように、背中に回す手に力を込める。 “大切って、それ、どういう意味で…?” もう、逃げるわけにはいかねえんだよ。 「――あの時の返事、今してやるよ」 『あの時?』 「一人の女として大切だ」 息をのむ音が聞こえた。それに嘲笑を浮かべる。 「わかったら、もうちょっかい出してくんじゃねえ」 それだけ言い捨てて通話を終了させた。ついでに電源も切っておく。俺的にはむしろメモリーも消してしまいてえぐらいだ。 「空」 相模の野郎からの電話のせいで、再び体を小刻みに震わせている空。 その背にしっかり腕を回し引き寄せる。密着するようになった体。溶け合うようにうつっていく熱。落ち着かせようと背をなでてやれば、こいつの体からわずかに力が抜けるのがわかった。 もう一度呼びかけると、ようやく顔を上げた空。赤くはれ上がった頬は痛々しく、その頬に行く筋もの涙の跡があった。すっかり憔悴しきっている空にはいつもの能天気な面影はない。 はれ上がった頬が痛まないようにそっと手を添える。熱をもったそこは、次第に青くなっていくだろうと予想させた。 「もう、大丈夫だ。……もう怖がらなくていい。もう、アイツは……相模はいねぇ」 “相模”その名前にビクリと肩を揺らした空は、その怯えた瞳に俺を映した。空のでかい瞳に映った俺は情けねえ顔をしている。 弱っているこいつは、いつも以上に小さく、弱く見えた。違う、もともと強くなんかなかった。 「……あんな奴、やめちまえ。さっさと別れろよ」 今でもまだ、思い出すだけで腹が立つ。こんなにも赤く腫らされた頬。なんで、もっと、こいつが傷つく前に駆けつけられなかったんだと悔やむ。 俺がそばを離れなければ、こんなことにはならなかったはずなのに。 「──遅れて悪かったな。もう一人にしたりしねぇから。俺は…」 こいつが大切だ。大切にしたい。こんな感情初めてなんだ。むかつくぐらいうざってえ感情なのに、捨てるのもめんどくせえ。 いつまでこっちにいられるのか知れねえ。突然10代目のもとに帰ることだってあり得るんだ。それでも、俺の中にくすぶる感情をごまかすことはもうできそうにねえ。 だから――… 「俺が、お前を守る」 「!──う、うわぁあああ…っ!」 堰を切ったように泣き出した空。叫びに近い声は部屋の中にこだましていく。その痛々しいほどの声に胸が締め付けられる思いがした。 俺の首に回されている腕からは、止まらない震えが伝わってきていて、どれだけの恐怖がこいつの心を支配したのかしれねえ。 助けを求めるように叫ばれた俺の名前に頭が真っ白になったあの時。俺が助けに入ったときの震える声が今でも耳にこびりつく。俺に助けを求めてくれたということにどうしようもないうれしさが募ったのは確かだ。 「──俺が傍にいる」 「はや、とー…っ」 空の後頭部に手を回してそのまま引き寄せた。重なる唇の体温が切なくて、愛しくて、何かが胸からこみ上げるのを感じた。 あの時、すがりつくように伸ばされた腕に漸く答えを見つけた気がした。 俺は、コイツに、空に惚れてんだ。 ゆっくりと名残惜しくも顔を離すと、泣きはらした目を目いっぱいに見開き俺を凝視している空がいた。それに自分がした行動を思い出し、顔に熱が集まる。 見られていることにいたたまれなくなって、思わず空の体をベッドに倒した。 「なっ、え、ええ!?」 「うっせえ。けが人はもう寝ろ」 ぽかんと口を開けて間抜け面をさらしているこいつに一言言い捨てて俺は部屋を出る。 部屋を出て待っていたのは、俺をからかう春日と相変わらずバカなこと言ってやがる山本だった。 |